前のエピソード――――第9話 陰キャに厳しいギャル、バグる
https://kakuyomu.jp/works/16817330654769400140/episodes/16817330655058406066 第9.5話 旧友【梨衣目線】
――――バス車内。
美音とほの香と仲良くするためには、彼女たちに合わせないといけない、そう思い私は木崎くんと浜田くんの一班にいて、彼らはさもクラスの支配者みたいな感じでバスの最後尾の席に陣取ってしまった。
「梨衣、ボクの隣に座りなよ」
真ん中のシートに座った木崎くんに手招きされるが、私は前の方に座る鈴城くんと真莉愛が気になり木崎くんから視線を逸らす。
「えっと、どうしようかな……」
少し思わせぶりな態度で木崎くんの気分を害さないようにしているが、本当は真莉愛と席を譲って欲しくてたまらない。
真莉愛がうらやましいとさえ思っていた。
だって二人きりで彼のこともっと知ることができるんだから。
「ん~? 梨衣ちゃん座らないの? じゃ、私が木崎くんの隣も~らいっと。よろしくね、木崎く~ん」
私があえて迷ったふりをしているとほの香が木崎くんの隣に座ってくれた。
「宮城、おまえって奴は仕方ない奴だな。まあいい行きだけだぞ」
「うん、ありがと」
木崎くんは私が隣に座らなかったことを残念そうにするが、そこは女子から絶大な人気を誇る彼なので、ほの香の甘えを渋々受け入れている。
ほの香は木崎くんに気があり、私から彼の隣を奪ってしてやったりなのかもしれなかったけど、内心鈴城くん以外の男の子からは肌に軽く触れられるだけでも嫌悪感を覚えるようになっていて、ありがたいとさえ思っていた。
「あ~、ほの香。座っちゃうんだ……」
でも私は今後のことも考え、わざとらしく残念がっていた。
「んじゃ、伊集院よぉ、俺の横はどうだ?」
「梨衣は木崎くんの方がお似合いだって」
私が窓際の席に座ろうとすると浜田くんが呼び止めてくるがすくさま美音が割って入り、彼の隣の席を確保している。
「なんだ高崎、おまえこそ俺の女には不釣り合いって奴だ」
「じゃあ、試してみる?」
美音は胸元の開いたブラウスの襟元に指を差し入れ、小麦色に焼けた谷間を浜田くんに見せつけており、それを彼はごくりと息を飲んだようだったが、ぽんぽんとシートを手で叩いて美音に隣に座るよう指示を出している。
美音は私に手を上げて、失礼といった感じで席に座っていた。結局私はほの香の隣で窓際の席へ座ることになった。
「木崎くんは私のこと、どう思う?」
ほの香が上目遣いで甘えたよう声で木崎くんに訊ねた。
「まあセフレくらいなら、ありかな」
私は女の子にはっきりとそんなことを言ってしまう彼の神経を疑ってしまうが、ほの香の反応は意外なもので、信じられなかった。
「ほんとに~? じゃあ私、立候補しようかな?」
「冗談だ。俺には梨衣がいるからな」
「え~、ひっど~い。木崎くんが私をもてあそぶぅ」
美音は木崎くんの冗談に頬を膨らませるがどこか楽しそうにしていた。
それにしてもいつ私が、木崎くんの恋人になったのだろうか? 彼の思い込みが近ごろ、本当に気持ち悪くて仕方がなくなってきてる。すでに私は鈴城くんの虜だというのに。
「ちょっとやめてよ」
「ああ? いいだろ、肩に手をおくくらいよぉ。それに誘ったのは高崎だろ」
美音の肩に腕を回した浜田くんだったが、さすがに馴れ馴れしかったのか、美音は拒絶していた。
「安くはないよ、私は」
「ちっ、伊集院ほどの価値もねえくせに」
有能そうな男の子に自分を売りこむことに美音もほの香も必死だ。それが私が一番嫌いな女の子をただの性欲のはけ口にしか見ていない男子であっても。
いや昔の私は相手にすらされてなかった。
ああ、そんなことより鈴城くんと真莉愛がなにを話しているのか気になって仕方がない。いっそのこと二人の仲を邪魔するために真莉愛にLINEしてやろうかと思ったけど、それじゃまるで私が真莉愛に嫉妬してるみたいと思い直し、踏みとどまる。
もやもやしっぱなしのバス車内だったけど、一時間ほど我慢を重ねたころにようやく私たちはガブリパークに到着した。
バスの降り際に鈴城くんと真莉愛が普通に会話していたことに驚きと、胸がずきずきと痛んで苦しさを覚える。
真莉愛はバスの通路から低くなったステップを歩いていた私に気づいて、にっと笑いピースサインを送ってきていた。
どういう意味なんだろう?
真莉愛は鈴城くんをもてあそぶつもりなんだろうか? それとも私を?
高校に入ってから、一番仲良い友だちのことが良く分からなくなってしまった。
バスを降りて、駐車場内で先生たちからの注意事項の説明が始まったけど、気になるのは鈴城くんと真莉愛のことで説明がまったく頭に入らない。
私たち一班の列と遠く離れた八班の列だと二人がなにを話しているのかすら、分からなかった。
各班が事前に寿先生に提出していたオリエンテーションの順路で私は鈴城くんたちがどのルートを通るのか、実は把握していた。
問題はいつ一班から脱走し、鈴城くんと合流するか、それに尽きる。
私が鈴城くんを求めて愛の逃避行を考えていると、先生たちが説明している間にも拘らず、浜田くんが私に呼びかけてきた。
「なあ、伊集院。俺と一緒に回ろうぜ。手でも繋いでよぉ」
「ごめんね、私ちょっと早く見に行きたいところがあるの!」
「え、どこだよ」
どこって言われも鈴城くんの下へとは素直に答えづらい。
「いまは内緒。だって子どもっぽいって、浜田くんは笑うから」
笑わねえよ、と浜田くんは言っていたがかわいい仕草でなんとか彼をごまかすことに成功した。
私たちの目的地はどんぐり森にある“うしろのトロロ“に出てきたナツキとレイの家だった。一方、鈴城くんたちは黄昏の丘にある“耳をそばだてれば“の時空屋なはず。
どんぐり森はガブリパークの駐車場から最も東にあり、黄昏の丘は駐車場にほど近い。私たちが先に出発してしまえば、鈴城くんと出逢えずに午前中が終わってしまう……。
それだけは嫌っ!
先生たちの説明も終わり、判別行動の合図が出て十五分ほど歩いたときだった。班の列から木崎くんが離れ、お手洗いへと行ったらしい。
チャンスだ!
「ごめんね、私ね、“耳をそばだてれば“が大好きでそっちに行ってくる!」
「いや、おいっ! んな勝手に」
浜田くんの制止も聞かず、気づくと私の足は走り出していた。
「まあまあ、梨衣のことなんて放っておこうよ」
「いくところは分かってるんだからね」
追いかけてこないか、不安になり後ろを振り向くと美音とほの香が浜田くんを引き留めてくれている。
もしかしたら、私はクラスの男子からモテたことで美音たちの反感を知らず知らずのうちに買っていたのかもしれない。
だけど、いまはそれがうれしく感じる!
恋って、果実がゆっくりとお酒に変わるように落ちてゆくと思っていたのに、彼の家に行ったときから、もう私の身も心も彼の中に引きずりこまれて、囚われてしまっている。
鈴城くんのことなんて、私にちっとも関心を抱いてくれない嫌な男の子ぐらいにしか思ってなかったのに、いまは遭いたくて遭いたくてたまらない。
真莉愛が鈴城くんと笑って話しているのを見ただけで胸が痛い、苦しい。恋と嫉妬の炎で身が焦がされ、まっくろくろりえになってしまいそう。
ストーキングで調べ上げた限り、鈴城くんの趣味は清楚系っぽいから黒ギャル化した私は愛されないかもしれない。燃え尽きる前に急がなきゃ。
息を切らせながら、鈴城くんを求めてしばらく走っていると栞ちゃんたちの姿が見えてきた。でも鈴城くんと真莉愛の姿が見えない。
まさか二人で……回っているとかないよね?
私のほうが先に鈴城くんが好きになったんだもん。それに鈴城くんは真莉愛の趣味じゃないと思うから。
私が栞ちゃんの通り過ぎると彼女はうつむいていた。
やっぱり後ろめたいのかな?
そんなことよりも玉田と太田がなにか声をあげていたが、私は先を急いだ。
「うそっ!? なんで真莉愛と鈴城くんが!?」
私はまさかの二人が抱き合いながら見つ合っている場面に遭遇してしまい、呼吸が止まりそうになる。
真莉愛のいつものギャルっぽさはどこへやら、涙に濡れた瞳で鈴城くんを見つめており、彼に恋するただのかわいい乙女にしか見えない。
バサリと地面に落ちた私のしおり。
全身の力が抜けて立っているのがやっとだった。
見たくない、見たくない……私はさっきまで走ってきて、疲れているのにそんなことも忘れて、その場を立ち去ってしまっていた。
「待てっ! 梨衣っ!!!」
私に気づいた真莉愛が声をかけてきたが、彼女の声は聞きたくもなかった。私のほうが先に鈴城くんを好きになったのに……。
「待って、梨衣っ! どうしたの!?」
「栞ちゃん……」
来た道を逃げるようにして走っていると歩いていた栞ちゃんに呼び止められてしまう。私の泣き顔を男子に晒したくなかったのか、栞ちゃんは「二人ともごめんなさい。少し席を外してくれるかな」と言って玉田たちを遠ざけてくれた。
「私、梨衣に謝らなくちゃいけない」
泣きじゃくる私の背中をさすりながら、黄昏の丘と看板の出ているバス停のベンチへと導いた栞ちゃん。
「……謝るって?」
「うん、中学のとき、梨衣がいじめられてるのに助けてあげられなかったことだよ」
「もう終わったことだから、いいよ。それよりもなんで高校でも同じクラスになったのにいままで話して話してくれなかったの? 私、寂しかったんだからね」
「それは……梨衣って、高校デビューしてすごくかわいくなったから、話しかけづらくて」
「もしかして嫉妬したとか?」
「ううん、むしろその逆。私みたいな地味な女が梨衣の側にいたら、煙たがられると思って。私が梨衣と仲良くしてたら梨衣の過去がみんなにバレるかもって心配してた。梨衣になにもしてあげられなくて、本当にごめんなさい」
栞ちゃんはなにも悪くなかった……。
彼女が私を見捨てたんだって思っていたら、私のことを気づかって身を退いてくれていたんだと知って、自分のことばかり考えていた愚かさが恥ずかしくてたまらなくなる。
「梨衣、それよりもどうしたの? 悩みごとがあるなら話して、昔みたいに……」
「うん……実はね」
昔はいじめられたことをいつも、ずっと涙が枯れるまで栞ちゃんは私の愚痴を、悩みごとを聞いてくれていた。栞ちゃんにいじめを止めさせる力はない、けどそれだけで死なずにいれたんだと思う。
私は鈴城くんのことが好きになってしまったことをすべて栞ちゃんに打ち明けていた。
「じゃあ、鈴城くんにもう一度、告白しなきゃ! 私、梨衣がしあわせになれるように応援してる」
「ありがとう、栞ちゃん!」
「どういたしまして、梨衣」
私は栞ちゃんから勇気をもらい、再び鈴城くんにすべての気持ちをぶつけるつもりで告白することを決めていた。
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