第9話 陰キャに厳しいギャル、バグる

 今日は校外学習で俺たち一年生はバス数台で近所の大きな公園ガブリパークへ向かっていた。


 気まずい……。


 中村、太田、玉田の三列シートと俺と水上の二列シートに分かれて座る俺たち八班だったが、窓側の水上は窓枠に肘をかけながら頬杖ついて、ずっと車窓を眺めていた。


 まさか水上が女の子の日だったりしたら、すげえヤバい。


 かたや向こう側の様子と言ったら……。


「委員長はいつも勉強ばっかしてる?」

「そんなことないよ。漫画読んだりもするよ」


 意外と太田は積極的に委員長に話しかけており、二人は楽しそうにしていて、玉田が中に入ろうとすると、太田が玉田の顔を押し戻し阻止そししている。


 俺もあっちがいい……。


 そもそもそんな不機嫌そうにするんなら、なぜ俺たちの班に水上は加わったのか意図が分かんねえ。


 話しかけられたことにキレて、陰キャは黙ってろ! とか怒られやしないか怖かったが、俺は恐る恐る水上に訊ねてみた。


「なあ水上、いったいどういうことなんだよ」

「あん? なんのことだ?」


 頬杖を止め、俺に視線を移した水上はぐっと顔を近づけ眉根を寄せてながら睨んだように見てくる。伊集院が目立つのとクラスメートたちから怖がられてるが、水上は間近で見れば見るほどかなり美形な顔立ちをしていた。


 俺はサムアップした親指を玉田たちに向け、水上に伝えた。


「俺たちの班に来たことだよ」

「ああ、そんなことか」


 に落ちたみたいで水上は背もたれに、もたれかかりながら真意を語ってゆく。


「あたしはさ、スカした木崎のことがいけ好かねえ。女なら簡単に手に入るとか、思い上がりもはなはだしいってんだ」

「あー、それについては俺も同意する」


 水上は俺と共感して身を乗り出しながら、「だろ」とひとこと言い、どこか遠い目をしながら木崎のことを非難していた。


 俺はひがみから木崎を嫌ってるわけじゃない。あいつが伊集院と付き合うために、今カノを捨てるとかなんとか伊集院に吹聴ふいちょうしてることが気に食わないのだ。


「だからよぉ、あたしが協力してやるってば」

「協力?」


 いつもは近寄りがたいオーラを放ってる水上が口角を広げながら、ばんばんと俺の肩を痛いくらいの力強さで叩いてくるが、なんの協力なのかさっぱり分からず、きょとんと彼女を見つめて俺は訊き返していた。


 なっ!?


 すると水上は俺の首に手を回して、俺をぐいっと引き寄せて耳打ちしてきたのだが、シャンプーからなのか、ボディソープなのか分からないが女の子のいい香りが鼻腔をくすぐってきて、俺はどきどきしてしまう。


「梨衣と鈴城をくっつけてやるって言ってんだよ。それくらい分かれ、この鈍感」


 水上は言い終わるとベッドロックで俺のこめかみを万力のように締めつけてきていた。


 あ、やっぱ俺、こっちでいい……。


 だが嫌な気分にならないのは水上のやわらかな胸元に俺の頬が当たり、力が逃げていたからだろう。


「いやいやいや、待て待て! 俺は伊集院に好かれてもいないし、俺も伊集院と付き合いたいとも思ってねえから!」


 俺は締めつけられながらも、水上が認識違いをしていることを伝えたのだが……、


「んだよ、そんな照れんなよ。あたしに任せときゃ、ぜんぶ上手くいくんだから。泥船に乗ったつもりでいろよ」


 まったく理解されておらず、水上は俺と伊集院を彼女の思惑からくっつけようと目論もくろんでいるようだった。


「いや水上、それは大船だから……」

「細かいことは気にすんな!」


 だが、不安しかない……。


 ふと最後尾の五列シートにこのクラスの王者みたいな感じでどかっ座る浜田と木崎に高島と宮城が話しかけているが、浜田たちは適当に相手しているような印象を受けた。


 浜田たちのお目当ての伊集院は窓際の席でずっと外を見て、つまらなさそうにしている。


 実はぜんぶ俺をたますための演技で、水上と浜田たちはグルで伊集院に嘘告させて、有頂天になった俺をあざ笑う、って線もありうる。


 そもそも水上が俺にフレンドリーすぎて、妙だ!


 だいたい水上がオタクに優しいギャルとかあり得ねえ。



 一時間ほどバスに揺られ、国民的アニメ映画をテーマにしたガブリパークへと到着した。


 バスから降りた俺たちは駐車場で集合して、HRでも聞いた注意事項を口酸っぱく先生たちから聞かされている。


 ストレスからか前髪が後退してきた三十路過ぎの学年主任が眉間にしわを寄せて、集合した一年生たちに怒号のように叫んでいた。


 ――――絶対に馬鹿な動画や写真をSNSや動画サイトにあげないように! 一人の馬鹿げた行動が我が校全体の恥じとなることを忘れるな!


 そりゃそうだ。


 パーク内にあるガブリ映画に出てきた女の子の等身大人形の胸を揉んだり、スカートの中を覗いた写真をツイートして炎上した大人がいたんだから。


 だがうちの担任ときたら、俺とタメが張れるくらい無気力さを発揮している。


「あー、おまえらに無駄知識を授けとく」


 どうやら俺たちが生まれる前に開催された哀・地球博っていう環境破壊の進む地球を慈しむという目的の万博の跡地を利用して、パークが創られたと担任が実にやる気なさそうに棒読みで解説している。


「では各自、午前中まで班別行動な」


 各クラスの担任から自由時間の宣言がなされ、生徒は五人程度の固まりになり、散り散り駐車場から出てゆく。


「んじゃ、俺たちも行きますか」

「ええ」


 俺が八班メンバーに声をかけると中村が頷き、玉田が仕方ねえなぁみたいな顔をして、太田は歩く前から額に汗をかいていた。


「とりあえず黄昏たそがれの丘ってとこに行ってみようぜ!」


 俺たちみたいな陰キャの中にあっても水上はノリが良くて、思った以上に楽しそうにしていた。


 やっぱ陽キャって、バイタリティが陰キャとは違うんだな、なんて感慨にふけってると水上は道端にある人間大のキャラクター人形の大きい方に手を置いて心配そうに語りかけている。

 

「トロロじゃねえか! おまえ、こんな緑色になりやがって……。なにがあったんだよ」

「違うぞ……緑色のそいつはモブゾー。ちなみに隣のちっこいのはピッコロだ」

「な、なんだと……」


 俺は校外学習のしおりで見た情報を水上に伝えると顔を赤くして、見え透いたようないいわけを言っていた。


「それくれえ、し、し、知ってるぜ! 陰キャのおまえがツッコミやすいようにボケてやったんだよ」


 コンクリートに砂利をまぶしたような道を水上と並んで歩いていたのだが、彼女は恥ずかしさからか頬を膨らました顔を背けて「初めてくんだから、間違えることもあっだろ……」とぶつぶつ言ってねている。


 意外だった……。


 水上って、狂犬みたいなイメージがあったんだが、ただのかわいい女の子じゃん!


「ふつう間違えるかよ。これだから情弱は……」


 玉田が水上に嫌みったらしく言うと、水上が「うぜーぞ、玉田ぁぁ!」と不機嫌に一喝してしまったせいで玉田は逃げるように先頭を歩き、太田は中村と案外よろしくやっいて、三人は俺たちからギリ見えるくらい先を歩いている。


 水上って、好きな相手の前じゃデレるんだろうか?


 俺がそのデレを見ることは一生ないことだろうけどな。


 頬を膨らせながらも俺の隣を歩く水上を見てそんなことを思っていたときだった。

 

「ヒャアアアアーーーッ!!!」


 突然水上が奇声をあげて、顔を恐怖に歪ませながら、俺の腕にしがみついていた。


「どうしたんだよ!?」

「む、む、虫ぃぃ」

「虫?」


 水上は人差し指を震わしながら、ベージュ色のスクールベストのお腹に止まっているカナブンを指差していた。


「ただのカナブンじゃん」

「とって、とって、とってぇぇ!!」


 あの水上が半泣きになって俺に懇願こんがんしてくるのでよほど虫にトラウマエピソードでも抱えているのかもしれない。


 見かけが怖いだけで、水上からとくに酷い目に遭わされたこともないので俺は震える彼女の願いを素直に聞き入れる。


「怖いんなら、取ってやるよ」


 震えながら俺の腕にしがみついたまま、水上はこくこくと頷く。俺は服についたカナブンを掴んで引っ張るとコットン生地に足がひっかかり、むにょんとカナブンの足が伸びたあと服から剥がれた。


 ひょいと空中にカナブンをリリースするとそのまま羽根を展開して、どこかへ飛び去ってしまうが、水上は涙目で俺を見つめていたが、


「怖かったよぉぉぉーーーーっ!!!」


 えっ!?


 水上は突然俺に抱きついまま涙を浮かべてしまい、対処に困った。とりあえず俺はポケットからハンカチを出して、俺にしがみついて子どもみたいに泣きじゃくる水上の涙を拭っているときだった。


「うそっ!? なんで真莉愛と鈴城くんが!?」


 横道から出てきた伊集院が俺たちが抱き合っているのを目を見開いて口は半開き、手に持っていたしおりは地面に落として、棒立ちのままこちらを力なく見ていた。


 かと思うと伊集院は突然走り去ろうとしており、水上が声をかけて引き止めようとしていた。


「待てっ! 梨衣っ!!!」


 俺は伊集院を追いかけようとする水上の腕を掴んだかと思うと彼女の身体を抱き寄せる。


 水上が虫を怖がり、俺に抱きついてきたのは偶然の産物だが、これなら伊集院に嘘告される心配もないし、水上から嫌われて俺はこのあと頬を思いっきり叩かれるはずだ。


 そうこれも学園スローライフを送るためのたなぼた計画!


 俺をはめようとする陽キャグループの手のひらで踊ってたまるか!


 水上もすぐに馬脚を表すに違いない。


 俺がすべて陽キャどもの計画を叩き潰し、平穏無事な陰キャライフの算段を立てていると、水上はなにやらさっきのことで頭がバグっているようだった。


「す、鈴城がそんな優しくて、情熱的だなんて……でも梨衣に悪いから……」

「えっ!? 水上、おまえはなにを言ってるんだ?」

「真莉愛……って、呼んでくれなきゃ、やだ」


「お、おい水上?」

「鈴城が真莉愛って呼んでくれるまで、なんも答えない」

「いやいや水上。俺をからかうなよ」


 ひしっと俺に抱きついて離してくれそうもない。こんなパークの道で抱き合ってて、人が来たらどうすんだよ。


「……」


 俺が水上に苗字で呼びかけても、彼女は無言を貫いて俺の胸元に顔をうずめたまま。


 あうう、俺が名前呼びする女の子なんて、桜ちゃんと愛菜しかいねえってのに。仕方なく俺は水上を三人目にする覚悟を決めた。


「真莉愛、どうしたっていうんだよ」

「あと、三分間だけ……こうしてていいか?」


 抱きついたまま、水上は潤んだ瞳で俺を上目遣いに見る。


 俺は水上のかわいさに思わず、息を飲んだ。


 まさか馬脚どころか、本性を現したっていうのか!?


 俺の計画がすべてバルスしてしまいそうだった。


―――――――――――――――――――――――

梨衣以上に真莉愛はチョロインだった!?


作品フォロー1000、★300達成記念SS


第9.5話 旧友【梨衣目線】

梨衣目線のバス車内のやり取りと委員長(中村栞)と和解のSSです。


近況ノートへ置いておりましたが、性描写で運営からお叱りを受けないためにnoteへ移しました。

※現状、警告等はいただいておりません。

外部リンクは規約で貼れません。閲覧ご希望の読者さまは【note 東夷】で検索お願いいたします。


ご要望等がございましたら、フォロー、ご評価、コメントお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る