そういえば、物語冒頭で世界を支配しており、物語の中盤から終盤にかけて、むごい死に方をする役も多かった気がする。
昔のアニメだと、ヒローインの無能婚約者で、結婚式直前に花嫁を攫われて、国が危機になると、無能を晒して部下に裏切られて、流れ弾で死亡。その後、誰もそいつについては触れないという……哀しい人がいたな。
「数秒でいいから、亡骸の確認時間を割いてやれよ」と思ったな~。
後の憂いを断つという意味で、『強い敵には早期に退場の法則』があると聞いたが、憎まれ役もしくは、やられ役は、映画だと変化がない気がする。
『頭がいい』『金持ち』『おしゃれ』『大企業のCEO』『世界規模で悪いことをしながらお金を稼いでいる』くらいかな? (これもテンプレ?)
それで、因果応報が働き、〈悪いこと〉で惨たらしく死亡。
これも、読者が求めているからなのだろうか……。
ケジメではないにしても、責任を取る人がいた方が分かりやすいけど……。冒頭から出て来る〈死亡フラグ臭〉を漂わした人物がいると、テンプレを感じてしまう。
推理モノだとラスボスは、最後にならないと分からないのに。
世界設定の問題なのかな?
・悪いラスボスがいて、そいつを邪魔して倒せば世界が平和になる
・ラスボスが、主人公の邪魔をして来て、主人公がラスボスの事業を壊滅させる
・いいラスボスだったのだけど、主人公と対立する理由ができる
物語というか、読者を安心させるために、彼等ラスボスが倒される。ストーリーの為に。
私の作品の中には、やられ役がいない物語もあるな。主人公が、右往左往するだけの物語が多い。
これも、要考察といったとこかな。
思いついたので、忘備録として。