• 歴史・時代・伝奇
  • エッセイ・ノンフィクション

長編の翻訳途中に心がポキっといく問題。

こんばんは。
GWも終わりですね(泣

『続三国志II』は少々の書き溜めもできました。
しばらくは3日間隔の更新を再開できそうです。
よかったよかった。

だいたい月に10回と考えると、最終回までは
50回ほど残ってますからまあ5カ月、やはり
完結は秋風が吹く頃までかかる感じですね。

うげえ。

さて、二十一章の後、再び舞台は江南に転じ、
幕間劇的な杜弢の乱の顛末を挟み、そこから
ひたすら西晋の滅亡に向かう長い長い戦いが
始まるわけですが、ぶっちゃけ飽きそう。。。

さらに。
長編の翻訳を完結する人が意外に少ない
理由の一つに中盤の離脱がありそうです。

前作を訳してる時もそうだったんですが、
半ばを過ぎて止めるわけにもいかないし、
終わりまでがやたら長く見える中盤過ぎが
精神的には最大の難所になるのですねえ。

「十章 李特雄飛」と「十一章 成の建国」
あたりでマジで投げ出そうかと思いました。
もう2年くらい前の話ではありますし、今回は
2回目なので、「まーたこの時期に入ったか」
くらいの感じで心静かに苦しんでおります。

慣れて楽になるもんではないらしいです。

長編の翻訳をする人は気をつけないと、心が
ポキっといく可能性もありますからご注意。
ペースを落とすとか対策しないと危ないです。

そんな人は少ないと思いますがご参考まで。

9件のコメント

  • お疲れ様です。そろそろ東晋の勉強もなんとか終わったので、本文にコメントをしようと考えていたところですが、ちょっとしんどそうな気配を感じ(笑)どうしようか迷っていたところでした。

    どちらにせよ未完ですし、西晋が滅びるところで終わった方がテーマとしても綺麗なのかもしれませんね。

    こちらも企画書は投げたし、上海から大陸の論文を送ったという連絡もありましたので、このまま終わる気はありません。たくさんある三国志関連のそれなりに大きなテーマの内容を調べ尽くす作業ですから、さすがに簡単には終わりませんね。

    また、「古代郡県とその周辺」も届きましたし、中国歴史地図集とGoogle Earthでどこまでやれるか試したいと思います。

    しばらくは更新が再開されるということで楽しみにしています。
    お体にお気をつけください。
  • こんばんは。
    中盤の圧迫感を思い出しましたので、
    記録として書き残してみた次第です。

    振り返ると22万字書いたんかい!なのに
    前を見ればまた同じくらいの物量があり、
    崖を登って下を見て足が竦む、みたいな
    感じが近いかもです。進むしかないけど
    しんどいし、下に降りるのはコワイし。

    というわけでして、コメントとかは全然
    関係ないのでご遠慮なく。最近はかなり
    多忙でお返事遅れるかも、ではあります。


    〉西晋が滅びるところで終わった方がテーマとしても綺麗

    一理ありますね。蘇峻の乱はなあ。。。
    せめて劉曜と石勒の初手から不仲コンビ
    の結末までは欲しいところですよねー。

    ブツブツ言いながらも後編まで翻訳する
    だろうとは思いますが、前編完結時点で
    優先度を下げるか、工夫しないと途中で
    グダりそうでイヤな感じがしますねえ。

    後編はまあ、オマケ扱いかなー。


    〉このまま終わる気はありません

    『後傳』研究、ご熱心ですねえ。
    鉄は熱いうちに打て。調べるのが
    楽しいうちにやるのが吉ですね。


    〉「古代郡県とその周辺」

    駄作かと思いましたが地図を横に置いて
    読むと楽しいですよ。三国志ベースなら
    後漢書の分だけでいいかも知れません。

    かなり細かいところまで語られるので、
    歴史地図集では掴みにくいかもですが。

    GoogleEarthを駆使するとどうなりますやら。
    楽しみですね。
  • 後編は訳されても、私としてもかなり歴史に偏りすぎなコメントになりそうですな。

    あまり論文でも語られない分野なので、私も歴史解説といいながら、人のことを言えないぐらい、思い入れを込めすぎた歴史エッセイみたいになりそうですね。

    三国志の続きを知りたい人の好奇心は大体、西晋ぐらいまでが限界で、後編は「五胡十六国を知りたい人」って感じを受けますな。

    論文はもう三本、国会図書館に頼んでいるのでそれを読んでからコメントをしようと思います。しばらく更新を続けられるということで、ゆっくりと楽しみにしています。
  • こんばんは。

    〉後編

    個人的にはコッチのが好きなんですよねー。ブツ切れてるのがイヤなだけです。


    〉歴史解説といいながら、人のことを言えないぐらい、思い入れを込めすぎた歴史エッセイみたいになりそう

    好きなことを書いて、後でまとめて一本のエッセイにして公開するのもアリだと思います。
    歴史の入口としてはある程度まとまったものが必要ですからね。やはり好きなことについては、書かないとアカンと思います。


    〉あまり論文でも語られない分野

    語られないには語られないだけの理由があります。
    五胡については制度史を語りにくいという事情があり、それゆえに経済や支配構造を明らかにできない、というのがたぶんそれでしょうね。

    外形的に捉えられない事象は水掛け論になりがちですから、避けられたんだろうと考えています。
    解釈によりどうにでも転ぶ情報しかなく、事実を明らかにしたいという研究には不向きな時代だったんでしょう。
    逆に小説には向いていると思います。


    〉後編は「五胡十六国を知りたい人」って感じを受けますな。

    五胡の物語は貴重ですよ、うん。
    でもまあ、トバ口で終わっちゃいますが。。。
  • >解釈によりどうにでも転ぶ情報しかなく、
    >事実を明らかにしたいという研究には
    >不向きな時代だったんでしょう。
    >逆に小説には向いていると思います。

    なるほど。
    私が他の五胡関係の翻訳系以外のネットにおける歴史解説記事のことを「小説みたい」と思ったは、そういう事情があったのですね。あの言葉は語弊があってエッセイ、随筆みたいに思えるというのが正しいですが。

    三国時代までの漢民族は、儒教・老荘思想・法家など基本的な書物が読めるため、遊侠思想などを除けば、思想史などで研究できるため価値・道徳基準などを共有したり理解したりはある程度できるのに対し、五胡関係は、その理解が困難なことも理由としてはありそうです。

    twitter上で中国の解放文学の頁を知ることができたのでお伝えします。大体、知りたかった中国の古典小説類は網羅されていますね。繁体字ですから河東さんなら、一生、読むものに困らないと思いますよ。
    三国志後伝がないところを見ると、本当に大陸でも知られてないのだなとつくづく思います。
    http://open-lit.com/
  • こんばんは。

    〉思想史などで研究できるため価値・道徳基準などを共有したり理解したりはある程度できるのに対し、五胡関係は、その理解が困難

    あー、それはありますね。
    何を考えているかよく分からないです。
    フツーに烝したりしやがりますからね。

    遊牧民の風習を考えるとフツーなのか?
    と思ったりしますが、ホントかなあ。。。


    〉解放文学

    ほう。。。南北史演義がありますね。
    基本的に紙派なんでWebは検索くらいにしか使いません。たぶん、本とWebは同じく字を読むにしても、脳の処理的にかなり差があるんだと思います。
    なんか違うんですよねー、なんなんでしょうね。
  • >遊牧民の風習を考えるとフツーなのか?
    >と思ったりしますが、ホントかなあ。。。

    杉山正明先生はやりすぎだと思いますが、バイアスがかかっていて、蛮行と現代人から思える行動が、そういう風習なのか、誇張されているのかよく分からず判断に迷いますね。そういう意味で感情移入しにくいのかなと思います。劉淵と石勒、苻堅だけは人気はそれなりにあるのは、西晋が八王の乱など余りにも私権化が進んでいたので、虐げられた民が打倒に動いたイメージと、苻堅が陳舜臣氏のおかげで民族融和を図った理想主義者というイメージがあるからでしょうね。

    後、メールでもお伝えしましたが、企画書の方は、東洋文化歴史研究所から返事があり、原本を所蔵している東洋文庫に相談してそちらに申請をして欲しい、それをすれば東洋文化歴史研究所の方は申請不要とのことでした。

    訊ねてみると、東洋文化歴史研究所にあった複製は、恐らくは東洋文庫が所蔵する、戦後に台湾に持ち出された北平図書館旧蔵の善本(現在・アメリカの国会図書館所蔵本?)のマイクロフィルムから紙焼したものとのことで、徳田先生が見つけきれなかっただけで、東洋文庫にマイクロフィルムは存在しているかもしれません。

     とすると、東洋文化歴史研究所所蔵のものは、旧北平図書館に存在した原本のマイクロフィルムで現・北京図書館にあるものと同じものであり、その原本はアメリカ国会図書館にあるものかもしれません。とすると、これは3冊目ではなく、2冊目の複写ということになります。

    現在、東洋文庫に確認中です。まだまだこちらも時間がかかりそうです。
  • こんばんは。
    なんかバタバタで色々ダメな感じです。
    あーあ。。。

    〉杉山正明先生

    それまで遊牧社会の影響を軽視しすぎていたので、個人的には問題提起として支持しています。
    遊牧民が漢人に与えた影響は決して軽視できないレベルで深刻だったと思いますよ。顔之推によると義兄弟の契りなんてモロに北朝社会の残滓らしいですから。
    中国史を民族史として観るのはやはり難しく、「場」が中心にあって漢民族の定義は時代により異なると考えないと見誤るでしょうから、新しい目線は必要だったのですよね。

    鮮卑姓や匈奴姓は南北朝時代は異民族でしたが、『水滸伝』の呼延灼を匈奴という人はいませんし。


    〉蛮行と現代人から思える行動が、そういう風習なのか、誇張されているのかよく分からず判断に迷います

    これは、現代人だけじゃなくて唐代の人にとってもそうだったんじゃないかなー。北魏分裂から隋建国まで、隋建国から李世民登極まではそれぞれ約45年スパンという前提を置いて考えますと、
    約90年3世代あれば文化的な断絶はかならずあるはずですから、言い伝えはあっても実見した者はない、文化的には漢化して北族の習俗は薄れていたと考えてよいと思います。

    そうなると、唐太宗の時代に史書を編纂した人々にとって。北齊北周と北漢や北魏は実体験していない点では同じ、戦災で史料が散逸してしまえば、情報量もあまり変わらなかったかもしれません。

    そうなると、儒者の目に映る五胡から南北朝末期までは一まとめで暗黒時代みたいだったかも知れません。

    と、考えられるのも杉山先生の影響かな、とか思います。遊牧民目線。


    〉東洋文化歴史研究所にあった複製

    東洋文庫にはマイクロフィルムがあるんですかね。
    そんなら来歴も記録されてそうなものですが、余裕ができたら少し整理してみるのもいいですね。
    版本研究や伝播はホントに興味が薄くて。。。イマイチお役に立てず、すみません。
  • 杉山先生は異民族の色々な研究を開いてくれたと同時に、『史実』としてどう捉えればいいかを考えさせてくれますな。やはり、この時代のアプローチは、まずは小説の方がいいのかな、という感じです。

    先日、届いた論文も読み終えたので、そろそろ、本編の応援コメントを再開します。よろしくお願いします。

    >版本研究や伝播はホントに興味が薄くて。。。
    >イマイチお役に立てず、すみません。

    いえいえ、こちらこそ、無理にご協力いただいて。ご迷惑をおかけしています。ここまでくれば、画像掲載できるかだけで、後は時間の問題です。この件については、記事になった後でご報告します。
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する