こんにちは。
水洗じゃないです。それは便所、対義語はボットンになります。水戦ですよ、水戦。難しいですね、水戦。
日本の講談は、平家モノなんかは屋島や壇ノ浦の水戦がありますが、あれは海戦なんですね。船はわりと小さめですが。
一方、長江沿岸は湖沼がたくさんありますし、河幅もハンパないですが、こちらはあくまで河川、風向きの変化はあっても流れが変わることはありません。
なんで、戦の様相はかなり違うはずなんですよね。しかし、参照する資料が不足気味です。
さらに史料の読み込みが南北朝の北朝に特化しているので、江南の地名や進軍の定石が頭に入っていないのも地味にイタイ。進軍経路を確認するにも一苦労です。
具体的には、『讀史方輿』や『元和郡縣圖志』あるいは『通鑑』の注から位置を特定して正史の地理志あたりで裏付けをとる。GoogleMapsや『歴史地図』、毎度お馴染み『水経注圖』もフル活用しないとワケが分かりません。
廣州から九江に抜ける経路が古代からあったとはなあ。。。
やっぱり『通鑑』の進軍路を『水経注圖』に落とす作業を進めておけばよかったー!