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あらすじ置き場①

今、pixivでウマ娘の二次創作『ウマ娘 Way of Gold.』を書いていて、ようやく23万字弱書き終えました。終わりまでもうちょっとというところです。
https://www.pixiv.net/novel/series/9794200

ただ、二次創作ばかり書いていても、表には出れないということで、そろそろ一次創作に戻って、賞レースとかイベントにも参加して、今まで書き溜めて得たものを活かそうと思っています。

後、カクヨムでの活動も復活させたいと思っていて、pixivやXよりもカクヨムの方が素材置き場として近況ノートが使えるので、しばらくは近況ノートにアイデア出しをしようかと思っています。
人に見られてもいい範囲で、置いておきますので、興味がある方は覗いていってください。

取り急ぎ、今ハマっているウマ娘の二次創作から、今後書くかもしれない物語のあらすじを書きます。
趣味で書くかもしれない内容なので、書かないかもしれません。

これは、1983年のジャパンカップに、キョウエイプロミスというウマが出走したときから、翌年のカツラギエースの日本勢初制覇、そしてカツラギエースに憧れて20年後に同じジャパンカップの舞台で9バ身の逃げ切り勝ちを決めたところまでのあらすじです。

〇あらすじ

 世界のウマ娘に追い付けと、日本が国際招待レース“ジャパンカップ”を1981年に創設してから二年が経過した。しかし、日本の最強ウマ娘はトップレベルのウマ娘どころか、海外から出稼ぎに来る重賞レベルのウマ娘相手に5着に入るのがやっとと惨敗を喫していた。
 日本と世界の差はあと何十年あれば埋まるのか。
 そんな悲嘆の中、日本で19年ぶりに三冠ウマ娘ミスターシービーが誕生する。
 ようやく世界に勝てるかもしれない。大いに期待される彼女だったが、しかし、第三回ジャパンカップに、三冠ウマ娘ミスターシービーが同レース不出走を表明。なぜ日本最強馬が出ないんだと、落胆する国内外のマスコミ。しかしタカマツトレーナーは、日本最強馬としてキョウエイプロミスの出走を表明。これが最後のレースか。世界へ示したのは、脚をも犠牲にしての闘魂だった。
 キョウエイプロミスの激走により、日本勢は初めてジャパンカップで連対を達成する。しかし、アタマ差2着という光明の裏で、東京レース場の最後の直線で競争能力を失ったキョウエイプロミスは、レース終了後に引退を表明する。

 翌年、前年の三冠ウマ娘ミスターシービーに続いて無敗の三冠ウマ娘、シンボリルドルフが誕生する。三冠ウマ娘二人の参戦により、創設当初からの悲願であるジャパンカップ制覇に期待する日本国民だったが、ミスターシービーを生涯最大のライバルとする10番人気のカツラギエースは、日本勢ジャパンカップ初制覇の偉業達成のため、雌伏の時を過ごしていた。
 二人の三冠ウマ娘を退け、ジャパンカップを日本勢で初制覇するという偉業を達成するカツラギエース。不敗神話を穢されたことに強い怒りを覚えるシンボリルドルフ陣営は、回避予定だった年末の有マ記念に急遽参戦し、カツラギエースを打ち破る。

 ラストラン、シンボリルドルフの2着になったカツラギエースだったが、その走りは後の世代のウマ娘に大きな影響を与える。
 全身全霊をかけて三冠ウマ娘に立ち向かう映像を見ていた幼きタップダンスシチーは、カツラギエースの走りを見て、自分も中央トレセン学園に入学することを志す。

 トレセン学園に入学して5年目になるタップダンスシチー。堅実に勝ちを積み重ねてきた彼女だったが、G1レースでの勝ちはなく、トップレベルのウマ娘には中々勝てずにいた。そんな中、ついに念願のジャパンカップに出走することが決まる。
 4番人気で魅せた彼女の走りは、まさしく幼いころ憧れ、同じく東京レース場で走ったカツラギエースの逃げだった。シンボリクリスエス等、最強ウマ娘が参戦する中、タップダンスシチーの走りは後続に9バ身差をつけるという圧倒的なものだった。

2件のコメント

  • おかえりなさーい♫
  • どまんだかっぷさん、ありがとうございます😊

    ぼちぼちカクヨムでまた再開出来たらいいですね!
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