• エッセイ・ノンフィクション

介護職の経験

デイサービス勤務を3年ちょっと経験し、介護福祉士の国家試験を受け合格を機に施設サービスの仕事を始めました。同じ介護職でも内容は殆ど違い、日々仕事を覚える事に奔走しております。これからの予定は認知症ケア専門士の資格を取る事。。看取りケア専門士の資格も介護福祉士の実務経験を積み重ねれば2年後辺りに受験資格を得ますので取りたいと思いますし、5年の経験を積めばケアマネの資格も取りたいと考えています。他にも細々した資格も目指しますが、今回、施設介護のお仕事は大手の会社で正規社員として仕事をしている訳で社内の勉強もあります。何故、定年まで7年というこの時期にこんなに色々と目標設定しているか?と言えば、私の人生の取り戻し。。勿論取り戻せるものと戻せないものとあるのですが、「出来る事は精いっぱいやる。。」この積み重ねの時間を可能な限りやり遂げる事で、私の物語に実りの花を咲かせることが出来る。。そうしんじているからです。又そのように生きる事がこの人生で良かったのだという証しにもなるからです。
近親姦という特殊な被害を受け、又遅まきながら同じ被害者がたくさんいる事も知り、怒り、恨み、悲しみ。。いろんな負の感情の坩堝に紛れ込んだ時期があります。又それら感情を無意識レベルで抱えていた時間の長さからくる悔しさも目いっぱい噛み締めました。
この事を世に知らしめたいと願った時期もあります。。
しかし、その感情の根源は。。どこまで言っても結局強い負の感情ばかりだったと思います。
そんな最中に書いたものが「歪んだ座標軸~近親姦サバイバー~」だったと思います。勿論、書かれている事は事実です。

世の中の流れは決して正義だけでは語れません。
ある時、気づきました。被害者であるという事だけを必死に訴えたところで何も解決しない事に。
自分の人生をさらけ出す。。だけではダメだと思いました。
さらけ出し活動する事に重きをおいて、生きていたのではいつまでたっても被害者は被害者のまま。。

被害者ではなくなった事を書きたい。。そのように生きる事がどれほど実りがあるか?という事を書きたいと願ったのです。

そう思い始めると。。
「私が。。」という主語が変わってきました。
加害した「父」は苦しくなかったのか?と言う風に視点が変わって来ると同時に、私が重石のように背負い込んだものがドンドン軽くなることに気づきました。

介護の仕事は、最後の最後になって認知症になり、思いもしなかったであろう窮地に追い込まれた父の心理に近づく事を教えてくれました。
もう、
関わらないと決めた親であり、始まりは憎しみであってもその意味付けも変えてみると、形は変わらず、関わらない親であっても、どこかで生きている父親の心理を知る事が出来るような気がしています。
出来れば早急に自叙伝を書き替えたいのですが、まず、私が設定した目標を達成してから。。完全に被害者意識を消し去ってからと考えています。。

さしずめ、今の心境をここに残しておこうと思いました。

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