~81話までの、城に戻ってきてからのコレウス視点のお話。
書きたいところだけ書きました、という駆け足のお話ですが、ちょこっと投下しておきます。
2024年3月15日 23時UP→3月16日9:50手直し
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案の定、本人は気付いていなかった。
今日初めてベアトリスの絵姿を作ったコレウスは、城に戻ってきたところで、自分の作ったものとマクシミリアンの作ったもの、そして、ミレーナの作ったものを並べて彼の主人に見せた。彼はそれらを見比べて、眉を寄せる。
「お前、下手だな」
「下手ではありません」
「しかし、ビーがこんなにも違っているではないか」
主人が長い指で、女主人を撫でる。その指先の動きのひとつにすら、深い愛情が見て取れる。
「そうではありません」
練習するのに作った、この城で働いている面々の絵姿を取り出して並べる。どれも、かなり出来がいい。本人たちからも、そっくりだとお墨付きを得ている。
「うん? こちらはちゃんと出来ているじゃないか」
「私の目や技術が問題ではないということです」
「まあ、ビーの美しさはお前には表現できないということだな」
「違います」
どう説明しても納得しなさそうな主人の様子に、ドアを開けて廊下を通りかかったクララを呼び寄せる。
「どうしました? あら、旦那様お帰りなさいませ」
「これを見てもらえるか」
「前作ってくださった絵姿ですね、よく出来てますよねー」
続いて、女主人のものを見せる。
「どれが、一番奥様に似ていると思う?」
「これです。そっくりです」
クララが迷わずに指差したのは、コレウスが作ったものだった。どうだ、と主人を見れば、納得していない。クララに下がってもらって、主人に向き直る。
「これは、撮影者の視点がそのまま写し取られるものです」
「そんなこと、私に説明する必要があるか?」
「今日話してみておわかりになったかと思いますが、ミレーナ嬢は奥様を非常に好いておられるようです」
「ああ、まるで有名な劇団俳優に対するご婦人方のような盛り上がり方だったな」
「その彼女から見えた奥様の姿が、こちらです」
主人は黙り込む。しかし、まだ納得はしていないだろう。仕方なく、他にも数名呼び止めて、どれが一番似ていると思うかを指し示してもらう。全員一致で、ベアトリスに一番似ていると言ったのはコレウスの作ったもの。他の2枚は、キラキラしすぎる。と評価したものまでいた。さすがにそこまで言われては、主人も納得せざるを得なかったらしい。
「……それで?」
なにが言いたい、と睨んでくる主人に、コレウスは貼り付けた笑みを見せた。
「ご自分でも、ご理解なさったでしょう?」
「………………」
「では、お食事のお時間です」
主人を立たせて強引に食堂に連れて行ったのだが、そこでマクシミリアンは深く思い悩むことになってしまったようで、ベアトリスを心配させてしまうことになった。
今まで、自分の感情を見ないようにしていたツケが来たのだ。自業自得だ。
しかし、彼の様子を気にしている女主人を放っておくわけにもいかない。主人のフォローをするのも自分の役目だ、と彼女の相手をしていると、マクシミリアンはやっとこちらに気を払う余裕が生まれたようだ。
ベアトリスから聞かれたのは、主人の過去の恋愛事情について。なんだ、彼女も主人のことを憎からず思っていたのではないか。これならば、安心して計画に移ることが出来る。コレウスは今日こそ計画を実行に移そうと心に決める。
彼らが食後のお茶と語らいの時間に入ったのを見計らって、コレウスは主人の部屋に入ると、まずはベッド、それから次に横になることが出来る大きさがあるソファを部屋から撤去する。撤去と言っても、城の中にあっては意味がない。そこで、一旦魔導師の塔の物置に置くことにした。すぐに出そうとしても、あのごちゃついた大きな部屋の中から、最奥にしまったものを探し出すのは一苦労どころではない。
移動させる、と言っても、コレウスが自分の筋力などを使う必要はない。動かしたいものに転移陣を直接に書いてしまえば、自動的に設定した座標に送られる。旦那様の寝具を届けるぞ、とあちらに連絡すれば苦情で返された気がするが、そんなものは関係なく、問答無用で送り届けた。
そのうちに、なにやら元気そうにやっていた隣の部屋のドアが乱暴に閉められた音がした。どうしたのかと廊下を覗けば、夫婦の寝室の前で立ち尽くしている主人の姿があった。
「どうなさいましたか」
「追い出された……」
「なぜですか」
「……いや、私はなにもしていないんだが」
彼は、ベアトリスに召喚魔法が暴走しないように制御の術を掛けていたのではなかったか。自分がやる、とこの話が出てすぐに言い出したのを聞いていた。よもや奥様の身体になにか問題が? と思って尋ねる。
「術が失敗したということは」
「ない。成功している」
なにがあったのかはともかく、彼をこのまま廊下に立たせておくわけにもいかない。時間的に、ベアトリスも休む時間だろう。で、あるのなら、いつもなら彼も自室に戻る頃合いだ。
そう、いつもなら。
部屋のドアを開けて促せば、マクシミリアンはそこから見えた光景に呆気にとられた顔になって、すぐにコレウスを見た。
「なんだ、この殺風景な部屋は」
「必要ないものは、片付けました」
「は? 私に寝るなと言っているのか?」
「いえ」
だったらこれはなんだ、とベッドがあった場所に立って両手を広げる。確かに、大きな家具が無くなっているので、部屋はだいぶすっきりしている。
「ご夫婦なのですから、同じ寝室でお休みになれば良いではないですか」
「どうしてそうなるんだ?!」
「先ほども申し上げました通りです」
「同じ寝室などと――いや、冗談だろう」
冗談ではありません、とコレウスは真顔で返す。
女主人は彼女の夫のことを憎からず思っている。それどころか、主人の過去の恋愛を気にする素振りを見せた。どう考えても、お互いに意識しているではないか。
今押さなくて、いつ押すのだ。いつまでも目の前でじれったいことを繰り返されるのにはもううんざりだ。
「どうぞ、今日から同じベッドでお休みください。ご夫婦なのです。それぞれでお休みになることもないでしょう。ですので、必要ないものは撤去しただけです」
「必要だ。返せ」
主人は焦っているようだ。思わず、口角が上がる。
なんとも思っていないのならば、今までの女性と同じように適当に流して往なせばいい。それが出来ないのであれば、それだけマクシミリアンにとってベアトリスは特別な存在だということだ。そもそも、彼女があのように愛らしくキラキラとその目に映っているのだ。恋と言わずになんだというのだ。
「もう処分してしまいました」
「嘘を言うな」
「ないものはないんです。ご自分でできないのであれば、自分が説明いたします」
「あ、こら、待て!」
寝室との間の扉を開ければ、予想通りこちらを気にしている様子の女主人がいた。
――ほら、彼女だって旦那様のことが気になって仕方がないのではないか。
彼女を見下ろしていれば、主人は寝る時の姿、つまり異性に見せるべきではないだろう薄着の彼女をコレウスが見ていることが我慢ならなかったようだ。すぐにコレウスの目からベアトリスを隠すように立つと、自分を追い払うようなことを言う。
これ幸いとマクシミリアンを夫婦の寝室に置いて主人の私室から廊下に出れば、その部屋のドアに張り付くようにして中を窺っているクララとアミカを見つけた。
「お前たち、なにをしている?」
「わっ、コレウスさん!」
「しーっ!」
驚いた様子だったクララは、すぐに真面目な顔でドアを指差し「面白いことになりそうです」と使用人らしからぬ発言をする。彼女たちと並んで、中の様子を音だけで見守っていると、主人は自分の部屋の有様を見せたようだった。コレウスの目論見通り話は進みそうだ。会話を交わししながら、ふたりは寝室に戻ったようだ。
クララとアイコンタクトを取って、コレウスは素早く主人の私室から寝室へ続くドアにロックを掛ける。鍵ではなく、ロックの魔法。主人が、どうしてもと思えば強引に壊すことも出来るだろう。
果たして彼はどうするのだろうか。
「わぁっ奥様大胆……!」
中から聞こえてきたベアトリスの発言を耳にして嬉しそうな声を出したクララとアミカの首元を引っ掴み、彼女たちも下がらせる。これ以上はさすがに野暮というものだ。
明日の朝の主人の顔は、寝不足だろうか。それともつやつやと輝いているだろうか。可能性は、半々だ。
コレウスは、そう思いながらメイドふたりをずるずると引っ張っていくのだった。