――そのお婆さんはひとりぼっちだった。
小さい頃、近所に一人のお婆さんが住んでいた。
お婆さんは誰とも関わらないように生きていたらしく、ずっと一人で生活をしていた。
周りの大人も関わらないようにと、子供たちをお婆さんの家に近づけないようにしていた。
そんなある日のことだった。
私は誤ってお婆さんの家の庭に入り込んでしまった。
そして当然と言うべきか、お婆さんに見つかって……気付いたら家の中に招かれていた。
――殺される!
何故かそう思い込んでひとり顔を青ざめていた。部屋の中がひんやりしていたせいもある。
コトンという音にびっくりして肩が揺れる。
「……飲みなさい」
お婆さんの声が耳に入り、先程の音がマグカップを机に置いた音なのだと気付いた。
「い、いただきます」
断るわけにもいかず、カップを口へ運ぶ。
中身は甘いアイスココアだった。
「それで」
向かいに座ったお婆さんが、私をじっと見つめる。
「どうしてここに入り込んだの?
お父さんやお母さんから、ここには近づいちゃダメと聞いたでしょう?」
「……お花が」
マグカップを置いた私は、窓の方を指さした。
そこには桃色の花が溢れんばかりに飾られていた。
「お花が綺麗だったから」
「ああ、桜のブリザードフラワーだね」
お婆さんは立ち上がり花たちの前に立つと、まるで我が子のように花を優しく撫でた。
その姿はどこか寂しそうに見えた。
だからだろうか。
「お婆さんはずっとひとりぼっちなの?」
私は何故かそんな質問をしていた。
いま考えてみれば、本当に殺されかねない質問だったかもしれない。
でもお婆さんはこちらを向いて、静かに語りだした。
「私はね、この世界の誰にも愛されたくないし、誰も愛したくないの。
だからひとりぼっちでいるんだよ」
「でも、そんなの寂しくない?」
「そんなことない。
私の中にはね、ずっと、ずうっと想い続けてる人がいるの。
その人は手の届かない遠い場所にいるけど、きっと私と同じで、ひとりぼっちでいる。
だから私も同じでいたいと思うの」
「…………」
私はなぜだかそのお話がとても怖くて、悲しくて。
そして泣き出してしまった。
「どうして泣くの」
「だって、その人も、お婆さんも、可哀想だよ」
お婆さんは私の前にきて、頭を優しく撫でてくれた。
「あなたはいい子だね。
人のために泣けるっていうのは、誰にでもできることじゃないんだよ」
「人の……ため?
お婆さんは、誰かのために泣かないの?」
「私はね、悪い子だったから。
いつも、自分のためにしか泣けなかった。
だから、あなたは忘れないで。
誰かのために泣ける気持ちを。
それは、泣けない誰かを救えるかもしれないから」
短い時間だった。
だけどそれが、私とお婆さんの最初で最後の会話だった。
その数日後、お婆さんは亡くなった。
お婆さんは、悪い人ではなかったと思う。
今頃、想い続けていた人のところへ行けただろうか。
お婆さんの好きだった桜が咲き乱れる、小さな丘で。
会えていたら、いいな。