https://kakuyomu.jp/works/1177354054882146006/episodes/1177354054882451945「世界とは認識によって変化するものだ」
「異なる世界へ行くということは、認知・認識が利かない世界に突入するというが正しい」
「ただの人にとって、その世界では『眼』が『眼』でないかもしれない。『鼻』は必ずしも嗅覚を司る器官ではなく、味覚や聴覚などの感覚を得る器官として、異世界においては変質するかもしれない」
「多くのただの人は、そうした『変質』に耐えられない。とつぜん耳と鼻の位置が変わり、瞳が脚の裏にできたとして、おまえは普通でいられるか? 」
「しかし、ごくまれに、それに『適応』できる者がいる。耳を耳のまま維持できたり、たとえ瞳が脚の裏に移動しても支障はない。そういった者がいる。そうした『適応』を、我々は『適応度』と呼ぶ」
「適応度のより高い者だけが、『異世界』に生き残る。認識を壊さず、自分の見ている世界を維持できるもの。それが今、管理局にいるすべての異世界人職員たちだ」
「ただの人には、『適応度』は存在しない。突然変異か遺伝でのみ、『適応度』は発現する」
「管理局は、生物学的な遺伝子以外にも、概念的な遺伝子があると考えている」
「個々の性質、運命の方向性というもの。それも親から子へ、遺伝するものであると考えている」
「『適応度を保有する』ということは、それがその個体に科せられた運命の性質のひとつであると考える」
「現に、適応度のより高い個体は、本人の意志に関係なく、突発的に『異世界へ移動する』性質を持つことが多い。エリカ・クロックフォードがそれだ。父親である東シオンから遺伝された性質である」
「対して、同じく異世界人を親に持つビス・ケイリスク。彼の遺伝性質は、極めて珍しい」
「彼の『適応度』は、けして高くない。ダイモン・ケイリスクは能力的に平均的、肉体が強靭なわけでも、特逸した能力も無かった。彼の瞳はビス・ケイリスクに遺伝しているが、息子のそれよりもっと弱いもので、微かな未来視とランダムな過去視ができるだけ。壊れた鳩時計のように、偶発的に発動するものだった。ダイモンにとって、それらは病気の発作とそう変わらない現象であり、彼を『日常』から乖離させるだけのものだったから、常にその瞳を無力化する道具を身に着けていたし、能力を封じた彼はもう、身体的にも、精神的にも、ただの人と変わりはなかった」
「しかし、ビス・ケイリスクに遺伝したのは、その精神にある『異能』である」
「彼らの瞳の能力については割愛する。その能力は、ただの人に与えるには、やや複雑すぎるという点を挙げたい」
「ケイリスク親子は、その瞳でもって、常に『情報』を『観測』し『分析』し『判断』をしている。それらは普通の精神性を持つ個体では処理しきれない、膨大な情報量である」
「この親子は、これらの情報処理を無意識に常に行いながら、日常的な生活をこなし、コミュニュケーション能力にも申し分が無い。これは、極めて珍しく特殊な『異能』である」
「この親子間で遺伝した『概念的な遺伝子』の本幹は、『適応度』という自身の体を作り替える能力ではなく」
「『預言者』としての異能である精神性であるゆえに、瞳だけではなく、処理を行う脳、そしてそこに宿る精神性に宿る異能であると判断する」
「世界とは、認知によって形を変えると前述したが、ケイリスク親子にとっては違う」
「この『瞳』を持つものにとっては、世界とは、自分が認知しただけの形ではなく」
「自分以外に存在する無数の『眼』によって、確定した形なのである」
「簡単に言えば、彼らは記憶を視るのではない。『歴史』を見ているのだ」
「これこそが、彼らを『預言者としての能力』と示す理由である」
「であるからして、もう一人の息子であるスティールは、この脳に宿るほうの能力が発達していない、と仮説することが出来る。彼は鮮明に未来視をする能力を有しているが、その能力に、脳の方が耐えられない。コンピューターやエンジンがオーバーヒートするように」
「異世界人の認識の話に戻ろう」
「『適応度』が高い異世界人に何が起こるかというと、ほぼ確実に、『言語の取得』がある」
「その世界の言語を、教育されずに、移転した瞬間に取得する。実に便利だ。コミュニュケーション能力によって生き残る種らしい『適応』の仕方である」
「人類と呼ばれる種には、言語による意思疎通が生死に直結すると遺伝子レベルで刻まれているわけだ。群れないと死んでしまうのは、ウサギではなくヒトであるということさ。七百万年のあいだに、ヒトは畜産と農業と商売を学び、経済をつくった。世界に張り巡らされたそれらの上にキミたちは乗っている。もし、次に洪水が起こったのなら、ノアの箱舟には動物のつがいではなく、経済の種をキミ達は乗せるだろうと、私は考える」
「七百万年かけて、キミはそういう進化をしたのだよ」
「そしてそういう進化を一代で、世界移動のたびに行える生き物……それこそが、我らが『異世界人』と呼ぶ存在だ」
「……さて、私の講座は理解できたかな。読者諸君」
「それでは引き続き、我が部下の活躍を乞うご期待」