元日に 【花天月地】『月と太陽が出会う場所』にレビュー頂いてとても嬉しい🥰
しかもこれは策と周瑜の一番最初の『出会い』を書いた短編なのでなんか1日に縁起がとても良い✨
ありがとうございます!
孫家の感じを見て「この家で育ったからこういう孫策になったのかな」という言葉頂いて大変嬉しかったです
そうなんですよね。
勿論親がダメだけど、子供が他人を見て賢さを学び、親を反面教師として立派な子になるというのは全然あるんですが。
この子を見ると こんな家族なのかなぁ みたいに伝わって来る子いますね。
なんとなくイメージしていてある日会ったら、イメージ通りだったりするとなんか不思議と「わかるー✨」って楽しい気持ちになったりします。
ヤスぽろさんのところの連載、蓉さんの御実家に圭さんがお訪ねするシーンがあったのですが、その時にご両親が登場されるのですが、蓉さんの感じを見ていて、「凄くちゃんとしてるけど、無口な質で、娘のことには口を出さないけど、心の中で心配してるタイプ」の方か、そうじゃなかったら蓉さんの柔らかい感じから、お父さんお母さんもほんわかした感じの方かなあとか想像していたのですが、
どんな方だったのか、どうぞ皆さん実際お読みになってお確かめください✨
そうなんですよー!
私結構このドラマとか、小説とか、漫画とかで、「親当て」「兄弟当て」「恋人当て」クイズ一人でするの好きなんです🥰
ある人がいて「妹が一人いる」とか話に出て来ると、おっ、どんな妹さんだろう? とその人からやっぱり想像したりするのです。
で、出て来た時に印象が違ってても、合ってても、たのしい!✨という。
でも作家にとって、作家の感性を磨くために必要なのここだと思うんですよ。
「常に想像力を働かせる」という。
大切なのは合ってるかあってないかじゃなくて、「どんな人だろうー」って想像するそこを省かないことです。
妹を想像する時やはり元は「兄か姉」を素材にして想像するじゃないですか。
性格とか趣味とか。
「兄か姉がこんな人だから、妹はこういうタイプかな?」と。
作品に応用する時は、別にこれが兄弟間で影響及ぼしてても及ぼさなくてもいいんです。いいですか、もう一度言いますけど影響及ぼしててもいいですが「影響及ぼしあってない兄弟でもいい」のです。
私は家族の誰にも自分は似てないと思っていて、
そのことがとても自分で気に入ってるので、
中にはそういう人もいるのです。
一族の中でなんか君だけ雰囲気違うね? っていう。
我が【花天月地】でいうと郭嘉みたいなもんですな。あの人は郭家で、兄弟もいる設定ですが、早くに家も出とるし、ほぼ曹操様の許に入り浸ってたり単独行動多い人なもんだから、一族としては誰にも似てないのです。異端です。
でも郭嘉は大いにその自分の異端な感じを満喫しているので、
別に家族や兄弟は必ずしも似てなくてもいいのです
似たくない!! と思えば似ないでいられるのが私は人間だと思います。
実は、確かに似てる親子とかスポーツ見てると可愛いなーと思ったりして好きでもあるんですが、同時に、「心の関係希薄なくせに血が繋がってるだけで似るとか最悪だ」とも私は思ってるのです。
私が好きなのは、スポーツ選手の例もありますが、
心の関係が近い人は、似る気がするんです。
相棒が似たり、夫婦が似たり。
師弟が似たり。
実は私は血が繋がってない二人が、自然と似るのが一番好きかもしれません。
一番、心の引力で近くなってる気がする関係性だからです。
私は策と周瑜もすっごい似てると思うのですが、
この二人まさに「血は繋がってねえけど似てる🤗」の代表格なのですよ。私の中で。
兄弟のように育ったから似たというより、史実では別にそこまで兄弟のようにずっといたわけではないため、どちらかというとこの二人は【孫堅】の息子としての自覚をそれぞれ持っている為に、互いに疑似兄弟意識があり、「あの人の息子ならこうなるべき」という【理想】が多分すごい似てるんですね。
だからそこから似てるんだと思うんです。
まあ元々もちょっと似てて劇的に仲良くなった面もあると思うけどなこいつらは✨
父親をとても慕ってるとか、そういう「心の意識で自然と似る」のが好きなのです。
一番嫌いなのが、心の関係希薄なのに「血が繋がってるだけ」で似る、っていうのが最悪。不気味だし、気味悪いし、不愉快。
しかし家族ってそういう所もあるでしょ。
まあDNAが繋がっちゃってるからしょうがないんですよ。生物的に。
肉体的特徴が「あんなオヤジと似たくねえ」と思っても似てしまうとか最悪だし、
やっぱりあのよくある意地悪描写の「あんな親だから、子もそうなのねえ」みたいに罪のない無関係な人に言うてくるタイプの奴が一番ダメですね。
あれは言うたらあかんやつです!😊
そういう場合は私は小説でも「慕ってもねえ関係希薄な家族に似てるなんて言われるのは辛かろう」という作者の意識が働くので、逆に誰かに「貴方は誰にも似てないね」なんて言わせたりする描写とかを入れたくなったりします。
そうやって心の安定を図る。
しかしながら私個人的には「血が繋がってても心の関係希薄だったらそんな似ねえよ。似れずにいられるよ人間は」を信条としてます。
だから似てても似てなくても結局いいんですが、
ただ想像するのは楽しいのでしますね 答え合わせみたいな感じで、家族が出て来た時にやっぱりこの人のお父さんなら強くて明るくて立派な感じかなあなどと想像していて実際すげぇ強くて明るくて腕っぷしが強い人だったりすると、
お~~~~っ!✨やっぱりこうだったかー!! わかるわかる!!
だから息子さんこうなんだなあとか嬉しい時もあるし。
策と堅パパは似てる気がするな~~~~~~。
史実の情報見ててもそれ伝わって来るもんな。
陸遜と陸抗君も似てるよね~~~~~~~🥰可愛いなあ~~~~~✨✨
陸遜はそんなに、陸抗君とべったりいられたわけじゃないと思います。多忙な人だし。陸遜生粋の軍人さんだとは思うけど、あんま家庭人じゃないと思うんですよ。
ただ家庭に無関心とかではなく、きちんと息子がどういう風に育っているかとか、父親が不在が多くても、父親を侮らないように育てるようきちんと言い含めてるし、家に戻った時は「家でくらいゆっくりさせてくれ」なんて言わず、家に戻った時は普段会えない息子とかをとても気に掛けて、きっと土産なんかも買って来る人なんだと思うんですよ。
そんな遠く離れていても立派な功績を軍で立てるお父さんを多分、幼節君は「心」ですごく追って、近くにいたから言動似たんじゃないかなぁ。
そういう父子が一番可愛い……。
この前見た井野さんの【白川諒雨】。第一章では白川家はあまり事情出て来ません。
しかし諒雨さんの考え方や、言動がとても私はいいなぁお医者さんらしいなぁと思って好きなので、邪法を使ったために半分勘当されてるような状況ですが、でも……諒雨さんを見ていると、誰かしら家族の年上の人に、彼の考え方の助言者となるような、落ち着きや誠実さ、そういうものを教えた、または感じ取らせた人がいるような気がするのですよ。
それがお父さんなのか、誰なのかはまだ分からないんですが、
あまりお父さんもそんな現時点では「仲のいい父子」みたいな書き方されてません。
しかし、それだけじゃないような気もするのです。
なんとなく、意見が合わないこともあるけど、お父さんは当主でもあるから、当主は規則や規律を誰よりも厳格に守らなければならないものですからね。
自分は当主として、息子の行動を支援は表立ってしてやれないけど、でも心の奥底では自分とは違う道を生きる息子を応援しているのかもしれないし。
もしかしたらもっと状態の悪い父子関係かもしれませんよ。分かりません!😇 そこはまだ。ただお父さんいるのかーとか聞くとどんな人かなあとかやっぱり想像しますね。
実際キャラ作りの時、家族とか兄弟は似てても似てなくてもどっちでもいいのです。
しかし一つだけ言っておくと【人間には似たり、似なかったりする習性がある】という部分は強く書き手は意識に留めておくといいと思います。
それをここぞ!!! という時に最大限に利用すると、非常に魅力的なキャラ作りに生かせるからです。
似る理由、似ない理由。
それにもまた、人間が生きて来た痕跡が強く残るので、より現実感あるキャラにしたい時とか、そこからも波動を持って行くと、効果が出たり、人間関係を捉えやすくなったりします。
キャラを出しまくる人いますね。一人一人の描写や書き込みが不十分なのに、バンバンキャラを出す人。
長編小説はそういう意図はなくとも物語が長いので、最終的には人数がそれなりの規模になったりします。
でも長編書くのが上手い人は、何となく全てがバラバラに出てくるわけではなく、【関連性】があるのです。
この関連性が捉えやすいと、キャラが多くても混乱があまり起きず、綺麗に整理整頓なされているため、分かりやすくなったりしますね。
私はジグソーパズル愛好家ですが、1000ピースが主戦場です。
1000ピースともなると、ひとつひとつのピースを眺めても、全くそれが何か訳分かりません。
だから図柄や模様の分かりやすい所からとりあえず「分かる所から組み立てて行く」と、小さな塊、コロニーがいっぱい出来るわけです。
大きな図柄になると、それが全体図のどこに位置するかが捉えやすくなり、
配置場所が分かります。
配置場所が分かると更に手がかりが増えるので、更にそこから増やしていくと、小さな単独のコロニーだったものがやがて合体して、中コロニーに発達したりします。
1000ピースなどはそうやって小さなコロニーを育てながら、最終的に完成させるのです。
長編小説の理想的な完成の仕方もこれに恐らく近く、
人間関係において読み手が捉えやすくするためのコツがこの【コロニー作り】のような人間関係の出し方をすることなんじゃないかなと思ったりします。
「この話、人間関係捉えやすいなぁ」と思えるのはやっぱり書き方の上手さなんだと思います。
そして人間関係の捉えやすさを描くコツは、【関連性】を心がけるということなのかなと。
ジグソーパズルも いつまでも 誰とも組まない分かりにくい奴が最後まで残ることはあるのですが、それは段々と少なくなっていきますので、周囲がコロニー化すると、逆に今度は最後まで単独の奴の個性が引き立ってきます。
しかし割合としては単独のピースはそんなに多くしてはダメです。
読み手が全体像を捉えにくくなるので。
思いついたキャラをとにかく出すのはダメ。
エピソードや人間関係に関連付けて、計画的に出さなければ、常にジグソーパズルを箱から出したばかりの状況のままなので、なにがなにやら分からなくなります。
長編小説のキャラの上手い出し方や描き方はぜひ【ジグソーパズル戦法】で行って下さい 非常に読み取りやすくなりますね🤗✨