あけましておめでとうございます。
そして、こんにちは。凛子です。
先達ての記事でお伝えしていた、お年賀代わりの番外編をこちらに置いておきます。
作中(
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885012397/episodes/1177354054885012416)に出てくる「大陸創生譚」というお伽話が、バトンリレーして帰ってきたよ、というお話。
サミュンがフェイリットに語り聞かせていたお伽話の、発端者でもあるジルヤンタータ。そのジルヤンタータの、とある日の出来事です。
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■番外編・おとぎばなし■
朝食の給仕を終えて、次の仕事場へ詰めようと廊を歩いていると、どうにも見知った顔が立っている。
ジルヤンタータは意外な気持ちで、〝彼〟が〝待っていた〟のは自分であることを理解した。
「ご政務は」
五歩も離れて立ち止まり、ジルヤンタータは口を開く。
その人は皇帝の纏う正装でかっちりと身を固めており、胸元にさえ乱れが見えない。出会いがしらの場所がハレムであることを考えても、彼の乱れのない衣装には珍しさがあった。
「政務は途中だが時間を作った。良ければだが……暫し頼みごとを訊いてくれんか」
目線をすこしだけ外して返答を待つ様は、なんとも殊勝にさえ見える。頼みごととは、この自分にしか出来ぬことなのか。頭の中でなんのことやら、色々と考えを巡らせても、あまりしっくりくる答えを導き出せなかった。
「伽話を、いくらか知っていただろう」
「ええ、まあ……育ったのはバッソス寄りの遊牧民族でしたし、色々な国を見て参りましたからね」
「大陸創世譚の他に何か教えてほしい」
「大陸創世譚……」
懐かしさに言葉が途切れる。
砂漠の民族は、この伽話を聞いて育つものだ。自分もその例には漏れずに育てられたし、三歳にも満たなかった我が子にも、フェイリットがまだ胎に居たときのリエダにも……胎教だからと繰り返しせがまれたのを思い出す。
「ああ。どうにもそれと、砂漠の民の話……盗賊が財宝を見つける旅話くらいしか、頭に残っていなくてな」
ジルヤンタータは虚を突かれて身を固め、目の前の顔をまじまじと見やる。
「お、ぼえて」
「忘れていなかった、それだけだ」
苦いような表情をつくり、彼は深々と息を吐き出す。
「気が乗らんようなら、別のを捜す。断れ」
踵を返しかけた彼の横顔を見て、ジルヤンタータは小さく息をついた。息をついたが、もしかしたら笑ったのかもしれない。怪訝な顔の彼が、僅かだけまた振り返る。
「誰にお聴かせなさるのやら」
わたくしの部屋でよろしければ。そう言って彼の横を過ぎ、歩き始める。
「もう知っているだろう」
「心当たりはございますが、まだ本人が打ち明けてくださらないもので」
難い顔を見せながらも、ジルヤンタータの胸を喜びが占めていった。
語り聞かせた子らが、こうにも出会い、道を交わることになろうとは。若いだけの昔には、考え付けるはずもなかったこと。順に手渡された伽話が、巡り巡って自分のもとへ戻ってきた。この喜びを、どう言って聴かせたらよいものか。
ジルヤンタータはそれから、自らの知る伽話のすべてを彼に託した。
いつか彼に子ができたなら――きっとこのことが、笑い話に変わるのだろう。
妻のために、その母に話を聞きにくる。なんとも滑稽で……けれどなぜかあたたかい、
* * *
――お前の母が好きだった話をしてあげようか。
彼は膝に乗る小さな頭に手を置いて、優しい声で語りかける。
――お話?
――そう。この大陸の創世譚。神と、太陽と月の話だ。
――聞きたい。おとうさまのお話、ぼく大好きだよ。
* * *
……そんな日が、本当にいつかきっと――訪れることを、願って。
<番外編 おとぎばなし・終>
お読みいただきありがとうございます^^
それではまた。