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参考資料3 英国海軍における階級区分とその由来

 本稿では王国海軍――正確にいえばそのベースである、第二次世界大戦時のイギリス海軍における階級制度について概観する。

はじめに
 本題に入る前に、まず日本と欧米諸国における階級呼称の相違点について説明しておきたい。
 本邦では明治時代に西洋軍制を導入した際、階級については古代中国の官位制度を参考にしてその呼称を翻訳・採用している。たとえば士官は将官・佐官・尉官の三カテゴリーに分類し、各カテゴリーも大中小と更に分類するといった具合だ。現在の自衛隊では一等~三等としているが、意味するとところは変わらない。
 これに対して、欧米諸国ではいささか状況が異なっている。日本のように一等・二等などに相当する単語で区別するケースも確かに存在するが、一見すると前後の階級との連続性、あるいは関連性のようなものを感じさせない名称となっている場合が多い。例えばイギリス陸軍における佐官の呼称はそれぞれColonel(大佐)、Lieutenant Colonel(中佐)、Major(少佐)であり、大佐と中佐はともかく、少佐については他の二階級とまったく異なる単語が用いられている。
 この現象は、各単語が本来は階級や序列、地位といったものではなく、特定の役職名を表す単語であったことに端を発している。
 例えばColonelはスペイン語のcabo de columena 、すなわち『縦隊の指揮官』に由来しており、本来は隊列を組んだひとかたまりの部隊=一個歩兵連隊の隊長職を意味する言葉であった。それが次第に連隊長職にない、しかし同格の地位にあるとみなされた者にも一種の称号として付与されるようになり、後年(おおむね一八世紀の末期から一九世紀の半ばか?)になって役職ではなく階級の名前へと意味が変化していったのである。ちなみにMajorはColonelの下で部隊の兵站・風紀の監督を担う、副官的な立ち位置の役職であったらしい。(陸軍の小隊や中隊における、隊長と隊本部付下士官の関係に近いようだ)
 要約すると、欧米諸国の階級呼称は指揮する部隊の規模、あるいは役職に起源をもつものが多い。以上の点に留意しつつ、この原稿を読んでいただきたい。
 本稿は「提督あるいは将官」「佐官」「尉官など」「准士官」「下士官」「水兵」という六つの項目を設け、まずは各階級の名称を原語・日本語訳で提示したうえで各階級の由来を説明する。海軍における階級システムを理解するにあたって、僅かでも参考になれば幸いである。


その一 提督あるいは将官

 提督:Admiral
 元帥:Admiral of the Fleet
 大将:Admiral
 中将:Vice Admiral
 少将:Rear Admiral
 代将:Commodore

 海軍における将官全般は、日本では『提督』と一括して呼称されることが多い。この言葉は中国清王朝を起源としており、一つないし二つの省における陸上部隊、あるいは一つの水軍艦隊を指揮・統括する漢人武官の最高司令官をあらわしていた言葉だ(つまり、元々は海軍に限定された呼び名というわけではない)。本邦では鎖国体制崩壊の直接の契機となった黒船来航に際し、その指揮官、マシュー・ペリーの地位を表現する際にもちいられて現在の用法が定まったと一説には言われている。
 さて、英単語で提督に相当する言葉はAdmiralである。これはアラブ語のアミール・アル・バハル――『海の指導者』を語源としており、英語に限らず様々な言語において、提督を表す語のベースとなっている。各階級の呼称は代将を除いて、いずれもAdmiralから分岐するかたちで形成されたものだ。

 まず大将・中将・少将といった区分は六〇〇年代以前に、慣習として成立した海軍指揮官の役職に由来する。すなわち、
 総指揮官をつとめる提督(Admiral)、
 補佐役兼代理人たる副提督(Vice Admiral)
 後方警戒や撤退時の殿(しんがり)部隊を指揮する後衛提督(Rear Admiral)
 以上三職をもって艦隊の指揮中枢部が形作られていたのだ。ただこのシステムは飽くまで『役職』を定義したものであり、なおかつ副提督と後衛提督の地位は、その時々の必要に応じてさだめられている。与えられる権限も千差万別であった。
 これがイギリスにおいて提督間の序列、すなわち階級として機能するようになったのは、クロムウェルの治世下にあった一六六〇年のことである。一五〇〇年代にはせいぜい五〇隻程度であった海軍の兵力が、一〇〇隻単位の艦船を有するようになったのがその原因だ。すなわち海軍の指揮系統を細分化し、なおかつその司令官の序列を明確化したのである。
 当時のイギリス――正確にいえばイングランド海軍は赤・青・白の三個艦隊にわけられており、この時の政令によって各艦隊の兵力は、三役職がそれぞれ分割して指揮することとなった。そして同時に序列が設けられ、総指揮官を兼ねる提督を最上位とし、副提督が次席、そして後衛提督が最下位に位置づけられた。
 この時をもって各名称は役職のみならず、それを与えられた人物の地位をあらわすものとなった。これが次第に艦隊指揮官以外にも適用されていき、今日における大将・中将・少将という区分けの原型となったのである。また海軍元帥であるAdmiral of the Fleetは、三個艦隊を統括する『提督の中の提督』、すなわち海軍総司令官として、この一六六〇年の政令であわせて設けられた。
 なお以上のような経緯があるため、海軍大将の呼称と、元帥も含めた将官階級(日本語における提督)の総称がどちらもAdmiralの語であらわされる点に注意されたい。ただ英語では混同を避けるため、将官全体の場合はFlag Officerと呼ぶ場合もあるようだ。これは提督の所在を明らかにするため、座乗艦に旗(フラッグ)を掲揚することからきている。

 次に代将についてだが、これは厳密にいうと提督のカテゴリー外に位置する階級だ。本来は提督を置くまでもない、軍艦数隻からなる小部隊――戦隊Squadron、あるいは小艦隊Flotillaと呼ばれる――の指揮官職である。多くの場合は艦長たちのなかで最先任の、つまり一番古株の者が任命されている。『職務の関係から暫定的に提督の権限を付与する』という扱いがなされるため、序列上は飽くまで艦長たちのひとりにすぎない。
 こういった措置がとられたのは煩雑な人事手続きを回避したり、あるいは既存の昇給順位を崩すことなく有望な人材を司令官に据えたりするためであった。特に将官の任命に議会承認が必要なアメリカ海軍では、南北戦争勃発以前における軍人の最高階級が事実上この代将であったといわれている。前述のペリーも、訪日時の正式な階級はこれであった。
 ややこしいことに、この代将というモノは現在でも『階級』ではなく『役職』として用いられるケースが多い(例えば、アメリカ海軍など)。また階級であっても、将官に含める場合とそうでない場合があるので面倒である。『乙女の海上護衛戦記』においては、将官階級の一種と設定した。


その二 佐官

 大佐:Captain
 中佐:Commander
 少佐:Lieutenant Commander

 佐官の階級名は艦長職に由来している。指揮官の身分や座乗艦の種類などによって生じた呼称の差異が、そのまま階級上序列に置き換わって現在の形となった。

 まずCaptainは「代表の地位(にある人)」を意味しており、言うまでもなく船長あるいは艦長を指す言葉である。
一九世紀の前半ごろまでのイギリスでは、艦長職の資格ありとされた一部の士官に海軍本部が与える称号と定められていた。また任命三年以上のCaptainはColonel――すなわち陸軍大佐と同格であるとも規定され(それ以下は中佐:Lieutenant Colonelと同格)、これがCaptain=海軍大佐という現在の扱いにつながっている。
 Captainは海上決戦の主力である戦列艦と、その次に大きなフリゲートの指揮を任されていた。両艦種はイギリス海軍においてポスト・シップと呼称されるため、Psot Captainという呼び名が用いられる場合もあった模様だ。また最終的な任免権は国王が有していたことから、日本では『勅任艦長』としばしば訳されている。
(なお、Captainに任じられた士官は海軍本部管理下の名簿に記載され、その順番によって上下の序列が定められていた。将官への昇進も同様であったという)

 次にCommanderだが、こちらはCaptainではない士官が、艦長職へ就任する際に与えられる称号だ。階級は次項で説明する海尉であるため、勅任艦長との対比で『海尉艦長』という訳語がよく使われている。任免権は海軍本部が行使した。
 こう書くと一時的なものと思われがちだが正式な地位であり、彼らはコルベットやスループといった小型艦(ノン・ポスト・シップと呼ばれている)を指揮していた。また艦を指揮するという立場は変わらないため、儀礼上はCaptainと呼称することが許されていたという。経験豊富なベテラン士官がしばしば任じられ、勅任艦長への登竜門としても機能していた。(ただし、この職を経ずに直接勅任艦長となることも珍しくはない)
 余談だが、フランス海軍などではこのCommanderに相当する語をベースに、佐官階級を形成している。大佐を戦列艦艦長、中佐をフリゲート艦長と呼称する、といった具合だ。

 以上の二役職は身分の違いはあるが、どちらも正規の人事手続きを踏んで任命される。だが最後に解説するLieutenant Commanderは、現場で任命される臨時職であった。
 Lieutenant Commander(あるいはCommanding-Lieutenant)は、艦長あるいは司令官が部下の海尉に対し、必要に応じて与える職務である。徴発した民間船の指揮や鹵獲艦の回航、艦載ボートの操舵など、その職務によっておこなう仕事は様々だ。経験を積ませるため若手の海尉を任命する場合が多く、また一時的な役職であるため、Captainと呼ばれることは許されなかった。

その三 尉官など
 大尉 Lieutenant
 少尉 Sub Lieutenant
 士官候補生 Midshipman

 Lieutenantという語には「代理人」という意味があり、近世までの軍隊では副指揮官や、指揮官の代理人として各部署を統括する下級士官を指していた。
 一九世紀前半ごろまでのイギリス海軍において、Lieutenant(本来の発音はルテナントだが、イギリス海軍のみは伝統的にレフテナントという)は勅任艦長と海尉艦長を除く、全士官に与えられる階級であった。日本では現代の尉官階級と区別するため、『海尉』という訳語で呼ばれている。今日の少尉や大尉のような細かい分類は存在せず、任官順に一等・二等という具合に艦内での序列を設けるのみであった。(そのためある艦での四等海尉が、転属先で一等海尉に任命されるというような事例が珍しくなかった)
 このような歴史が背景にあるのか、現行のイギリス海軍では尉官階級はふたつ――大尉と少尉だけである。陸軍や他国の海軍のように、その間の中尉は設けられていないのだ。

 Midshipmanこと士官候補生は、一九世紀までは艦上勤務で経験を積んで海尉を目指すものとされていた(一八世紀の時点で士官学校は存在していたようだが、その関係性は不明である)。当時は勅任艦長三名による口答試験を合格しなければ、士官となることは出来なかった。また試験の合否――そして候補生への任命は親族間のコネなどがしばしば重視されたため、平民よりも貴族のほうが圧倒的に有利であったといわれている。

その四 准士官
 准尉 Warrant Officer
 准士官とは士官と下士官の中間に位置する階級である。国によっては下士官の一種とされるケースもあるが、イギリス海軍では『少尉待遇の下士官』という扱いがなされていた。前述のように士官となる道は狭いため、能力の高いベテラン下士官をこのような形で昇進させたのである。航海士や軍医など、現在では士官が担う役職の多くも、かつてはこの准士官が務めていた。
 旧日本海軍で相当する階級を挙げるならば、特務士官がこれにもっとも近いであろう。

その五 下士官

 兵曹長 Chief Petty Officer
 兵曹  Petty Officer

 下士官とは水兵の中から選抜されて昇進し、士官の補佐と水兵の監督を担当する。Pettyは「些細な」「下級の」という意味が含まれていることからこのような訳語となった。軍隊によってはNon-commanding Officerと呼ぶ場合もある。
 なお第二次大戦中のイギリス軍では、下士官と水兵の制服はデザインが異なっている。ただし兵曹のうち任官一年以内の者は、『新人の証』として水兵服を着用するよう定められていた。

その六 水兵
 上等水兵 Leading Seaman
 一等水兵 Able Seaman
 二等水兵 Ordinary Seaman

 水兵は海軍階級の最下層を担う存在であり、士官・下士官の指揮監督を受けて各種機材の操作、見張りや各種の雑務をおこなう。なお一九世紀前後までの二等水兵はLandman、すなわち艦上経験にとぼしい『陸(おか)の人間』と称されていた。

番外 〈リヴィングストン〉艦内における士官の序列
 軍艦内では士官に一定の序列が存在している。〈リヴィングストン〉を例に挙げると以下の通り。
艦長(Commander)
 文字通り艦の長、最高指揮官である。巡洋艦以上の大型艦ではCaptainだが、駆逐艦クラスではCommanderの語が用いられる。
先任士官(Senior Officer)
 艦長を除く士官で最先任――つまりもっとも古参かつ高位の士官を指す。作中ではリチャードのことであり、艦長の補佐役である副長(Executive Officer)を務める。
次席士官(Junior Officer)
 各科長を務める幹部士官たちである。艦長の意思に沿う形で各々の担当部署を指揮し、また自身の専門知識によって艦長を手助けする。
次室士官(Second Officer)
 士官の最下層であり、各科長の指揮下で水兵や下士官を直接監督する。次室士官という訳語は、彼らの生活区画が士官次室と称されているためだ。(英語ではGunroom。帆船時代、盗難防止の見張りもかねて下士官を武器庫で寝泊まりさせていたことに由来。次席士官の区画は士官室と呼ばれる)
 ただし駆逐艦は狭いため、〈リヴィングストン〉では士官室、士官次室の区分が存在しない。

1件のコメント

  • 英国海軍には中尉がないとは!。
    エマ中尉はどうなる。レコア少尉と並ぶかまさかクワトロ大尉と同階級?。
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