とっておきにしていた魔術を完封されたことに、少なからず衝撃を受けたであろうカレンシアだったが、それでも瞳の輝きは失われていなかった。再度エーテルを素早く集め、黒い靄に変えてフィリスに向ける。しかしフィリスが巨大杖を叩くと、3色の輝きが波紋のように広がり、先ほどと同じようにカレンシアの魔術を掻き消した。カレンシアは顔をしかめながらもまた同じ工程を繰り返す。何度やっても結果は同じだったが、カレンシアは止めようとはしなかった。――そういうことか。
「ダルムント、ニーナを頼む」
おれはカレンシアがやろうとしていることを理解し、居てもたってもいられなくなった。
「ねえ、何するつもりなの?」
困惑するニーナの腕をなるべく優しく振り払うと、ダルムントに託す。
「そうか……わかった」
ダルムントは小さく頷くと、嫌がるニーナを抱えて人込みの中に身を隠した。いつだってダルムントはおれの意図を正確に汲んでくれる。去り際にニーナが何か喚いていたが、おれは構わず近くの建屋に入り、大急ぎで階段を上った。
幸いなことに2階の窓からなら、広場に居るフィリスの姿がよく見下ろせた。おれは腰からナイフを取り出すと静かに〝装剣技〟を発動させた。2階には数人の男女が居て、おれを見るなり口笛を吹いたり罵ったりしていたが、この際多少の人目には目を瞑るしかなかった。ナイフを抜いた姿を見ても、襲い掛かってきたり、取り立てて騒ぎ立てたりしないだけマシだ。どうせ、事が済んだ後、全員口封じに殺すしかないんだ。
おれはフィリスを狙ってナイフを構えた。決闘への横やりは御法度とされる行為だった。表ざたになれば追放どころの騒ぎじゃ済まない。だがこのまま甘んじて負けを受け入れるほど、おれは人間できちゃいなかった。
しかし、おれは振りかぶったナイフをフィリス目掛けて投げることはできなかった。邪魔したのは情や良心――なんて負け犬どもの言い訳じみたものじゃなく、背後から忍びよる足音のせいだ。おれは振り返りざま、そいつ目掛けてナイフを投げた。忍び寄っていた男は分かっていたようにそれを躱し、装剣技を纏ったナイフは壁を突き抜けながらどこかへ飛んで行く。
「ロドリック、相変わらず卑怯な男だ」
立っていたのはデイウスだった。以前斬り落としたはずの右手には、抜き身の剣が握られている。どうやら治療師の手配は間に合ったらしい。
「なんだ? もしかして、また腕をちょん切られに来たのか」
おれは蛇のように揺れるデイウスの切先を見ながら、どのタイミングで腰に差した剣を抜くべきか考えていた。この距離で簡単に殺せるほど、隙だらけってわけでもない。おれが居なくなってから、随分と腕を上げたのか、それとも義眼代わりのアーティファクトの効果によるものか。
「サシで勝てると思ってるのか?」
おれは続けた。
「さあな、やってみないことには――」
デイウスが口を開いた瞬間、おれは半歩進みながら剣を抜いた。
デイウスの左目のアーティファクトが色を変える。