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旧バイト女子第1話:駄女神の罰ゲームで異世界





「哀れで健気な娘、|咲坂美幸《さきさかみゆき》。この運命神モイラがあなたを転生させてあげま・・・」
「ぜひ、異世界転生でお願いします!」

私は目の前にいる美しい女神、モイラ様に大声で願った。
3姉妹弟の避難先の合言葉。
もしトラックにはねられた時には、この世ではなく異世界転生を望もうと。

そう。
さきほど3人して歩道をさまよっていた時、トラックが突っ込んできたんだよね。気づいたら女神さまの前。

モイラという女神さまは両手を斜め上に振り上げてジャンプするという盛大なリアクションをした後、汗を拭きながら続けた。

「ま、まあいいでしょう。もともとそのつもりで声を掛けましたので」

咳ばらいをしながら私の目の前に浮かんでいる女神モイラさまは説明し始めた。

「あなたは現世で呪われていました。それも全宇宙最強の疫病神、アクタリオンにです」
「疫病神ですか?」
「心当たりがあるでしょう」

言われてみれば疫病神に祟られているとしか言いようがないことが私の周りで立て続けに起きている。

父さんが念願の和食料理店を出した1年後、食中毒を出して閉店。
母さんはガンにかかっている事がわかり、入院する道でトラックにはねられて他界。
父さんはそんな中でも必死で開店資金の借金を返そうとしたけど、その先で母さんと同じ場所でトラックに突っ込まれて他界。

私と妹弟の3人で必死に生きて来た。
私は中学を卒業してすぐにバイトを始めた。
高校、何それ美味しいの状態です、はい。
父さんに鍛えられた板前の真似事を認められて和食料理屋で働き始めることに。

もちろんその程度では3人で暮らせるだけの生活費はまかなえない。
ダブルワークで昼間は家政婦案内所に登録してアルバイトをした。

さらに数学が死ぬほど得意で天才かよというような中学2年の妹の|巡恵《めぐみ》と一緒にFXのトレードプログラムを作って突きに10万程度は稼いで生活費の足しにした。
トリプルワークだね。

2人の進学費にしないといけないと思って、必死で頑張ったんだよ。平均睡眠時間4時間。労働基準というものがあるという詐欺のような甘い言葉には騙されなかった。

いつも体も心もヘトヘト。
バイト先のおばちゃんよりもお肌が荒れていると言われたときはショック死寸前までMPが削られ大ダメージを受けたけどね。

でも。
一緒にいる時間は少なかったけど、笑顔で一緒にご飯を食べる時間が何よりの幸せ。お姉ちゃんはみんなの笑顔が何よりもの人生の喜びなんだ。

「アルバイトをしていた料理屋が流行り病で廃業しましたね。あれも疫病神の仕業です」
「そうなんですか?」
「はい。家政婦紹介所のスタッフがほとんど引き抜かれて解散したのも(ぷぷぷ)」
「疫病神の仕業?」

ではFXでロスカットオーダーを出し忘れたのも?

「まあ、それも似たようなものですね(ジト目)」

ちょっとモイラさま。心の中の言葉が駄々洩れですが。実はこれ~、いわゆる~、一つの~、駄女神という存在なんですね~。ミスターの口調がついつい出てしまったよ。

しかしロスカットで財産吹き飛んだのは、単なるうっかりミスのようだ。人のせいにしてはいけない。あ、神のせいにしてもいけない。

「アパートの火災も疫病神の仕業です。その前の家財道具を一切合切盗まれたのも」

何だか自分のことを聞いていて自分で泣けてきた。。。。

「そしてフィニッシュ。3人一緒にあてもなく歩道をさまよっていた時にトラックが突っ込んできたのです」
「なんで? なんで私たちの家族にそんな強力な疫病神が?」
「それは何とも申し上げられません。ただ……」

女神モイラさまは続ける。
異世界に転生して、そちらで生活すれば疫病神から逃げられるかもしれない、と。

「逃げられる《《かも》》しれない?」
「何事も100%はありません♪」

もしものことが起きたなら、地球とは違い向こうの女神さまに助けを求める事ができると言われた。
(こっちの神様は人の願い事なんか聞かないからねぇ。この駄女神?の方が役に立つ、のか?)

その異世界の女神さまの名前はソリティア。
なんでもモイラ様が異世界合同コンパでの賭け事に負けたらしく、その罰ゲームだとか!?
あの一人用カードゲームを二人でやった? と?

なにか大変引っかかるものがあるけど「はめられたな」とか言わず、気のせいということにしておいてあげよう。私は心が広いんだ。神に恩を売ればきっといいことが。ないって? そうですか。

「大丈夫ですよ。向こうでソリティアを強き女神にすればその庇護下に置かれて疫病神にも対抗できるでしょう、きっと!」
「全宇宙最強の疫病神という事ですがソリティア様はそんなに強き女神さまなのでしょうか?」
「えーと。それはあなたが彼女を助けて強くするのです~♪ それがあなたとの契約です(笑顔。やったね)」

なんか、嫌な予感しかしないよね。
でも逃げることはできない。
この転生を受けいれるしかない。

そう思い直し、条件闘争に移ることにする。
ラノベ好きな弟の|愉太《ゆうた》が言うにはここが重要だとの事。

「向こうの世界へ持って行けるものはございませんか?」
「本当はいけないのですが、手荷物的なものならばよいでしょう。死んだときに手にしていたもの限定です」

私は親方から18歳の誕生日にプレゼントしてもらった豪華板前セット(頑丈ケース付き)を手にしていたはず。
これだけは肌身離さず持っていたために泥棒されずに済んてホッとした。
あとは……
「手に持っていたもの。あの……妹と弟も抱くようにかばいながら死んだと思うのですが、あの2人も持っていたことにしてもらえませんでしょうか?」
「ちょ、ちょっと大きいけどそのくらいならば。戦力は多いに越したことはないし」
「戦力?」

何だか、これから大変な世界に転生させられる?
でもお姉ちゃん、三人分の旅行チケットをもぎ取ったよ。異世界行きの。久々のお出かけ~

「では転生時にスキルとか特技とか付くんでしょうか?」
「何か、欲しいものがありますか? 無い場合は現世で得意だった作業や才能がスキルとして発現します」

これもまさかと思ったけど異世界転生とかなった時は絶対に譲れないものがあると決めていた。

「運! これを最強にしてください! 幸せをつかむには努力だけでは駄目だと分かりました!!」

色々な考えの人もいるけど、努力だけでは届かない叶わないものが沢山あると18年間生きて来て身に染みて実感したんだ。

私は迷わず「運が足りなかった」と言う。
あと足りないものは努力で何とかできる。いや、してやる!
あの辛い修行も父さんと笑顔でやり続けることが出来たんだ。母さんやバイト先のおばちゃんの家事仕事も誰にも負けないほど頑張った。
それに3人でいれば幸せな日々がまた戻ってくると思う。

「わかりました。ご妹弟2人と一緒に向こうに転生。ステータスの内、運をカンストさせておきます。それからこちらでの趣味特技がスキルとして成長するはずです。おまけでステータスの底上げもしておきますね♪」

弟の愉太から言われたのはここまで。
あとは何か忘れたことは?
そうだ、向こうの世界の状況を。

「あちらの世界では大小の国ごとに神がいて、その勢力を競い合っています。技術水準は地球の産業革命時期です。しかしそのエネルギーが魔法であることが違います」
「その神様の一人がソリティア様なのですね」
「はい。その国の人口を多くして領土を増やせば彼女の力が増します。そうなれば、もし疫病神が襲来しても持ちこたえるだけの運はあなたに付与しました」

嫌な予感がますますレベル爆上げ。

「その……女神さま。ソリティア様の国はどのくらいの……」
「言いにくいのですが、彼女の国、というより領土、領地は」
「領地?」
「……男爵領です……」

き、聞き間違いか?
男爵領?
国ではないと?

「人口も2000人ちょっと……。が、頑張ってね!」

相当貧弱な女神さまだという事は分かる。いや、わかってしまった!

「ではこれからソリティアと連絡を取り、転生の手続きを」

「そうはさせんぞ! その娘は俺のもんだ!! 勝手に手出しをさせんぞー!!」

ぼろぼろのマントを身にまとった、ひげ面のおじいさん姿の存在が遠くからこちらへホコリをまき散らしながら迫ってくるのが見える。
あれが疫病神アクタリオン?

あ。こけた。
なんだか弱っちく見えるけど。

「急ぎましょう。座標は指示できなくなりました。だから3人は同じ場所に《《出る》》ことを優先します。3人で力を合わせて生きていってください」

なにか引っかかる物言いで運命神モイラさまが両手を広げて何かを口にすると視界が暗転。
これから異世界に私は転生するんだ。
目が覚めると赤ちゃんになっているのかな。
本当の父さん母さんみたいな優しい人ならいいな。

こうして私、咲坂美幸は異世界転生した。

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