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番外編02 元主人公の場合


 どうやら涼奈が体調を崩したらしい。

 珍しいこともあるものだ。

 彼女とは長い付き合いだが、ああ見えて体は強く、風邪などを引くのは見たことがない。

 それなのに今日は初めて体調不良で学校を休んだのだ。

 これはさすがに幼馴染の俺は心配になる。

 今の涼奈には恋人がいるのかもしれないが、さすがにお見舞いの品を渡すくらいは問題ないだろう。

 むしろ無視する方が幼馴染として薄情だと思われそうだ。

 ということで俺は行き慣れないスーパーに足を運ぶことに。

「とは言ったものの、何を買うべきか……?」

 生まれてこの方、お見舞いの品なんて買った事がない。

 一瞬何を買うべきか悩んだが、すぐに答えは出る。

「まあ、好きな物買っておけばいいか」

 短絡的かもしれないが、一番当たり障りのない判断でもあると思う。

 今すぐに口に出来なくても、元気が出た時に食べ飲みしてくれればいい。

 そうと決まれば話は早い。

 俺は、次々とカゴの中に商品を入れていくのだった。






「……こんなもんか」

 スーパーで買い物なんてしないので、どこに何があるか分からず随分と時間が掛かってしまったが。

 とにかく涼奈が好きな物は揃えることが出来た。

 お会計を済ませ、涼奈に渡すとするか。

「――進藤?」

 レジへと足を運ぼうとした瞬間に、背後から女子の声が掛かる。

「日奈星……さん?」

 茶髪をゆるく巻いたサイドアップで、星藍学園の生徒では珍しい着丈の短いスカート。

 一般的にギャルに分類される美少女が首を傾げて、俺の事を見ていた。

「あ、やっぱり進藤だ」

「ど、どうも……」

 やべえやべえ。

 クラスにいる時も異彩を放っている彼女だが、こうしてプライベートな空間で会うと必要以上に緊張してしまう。

 俺のことなんて見てみぬフリをすればいいのに、なんでわざわざ声を掛けてきたのだろうか。

「珍しいじゃん、進藤がこんな所で買い物なんて」

「あ、まあ……そうだけど」

 確かにその通りで、日常的な買い物は両親がやってくれている。

 しかし、それを当たり前のように察した日奈星さんの発言に違和感があった。

「そういう日奈星さんも、こんな所で買い物するの珍しいんじゃない?」

「え?あたしはよくここで買い物するけど」

「あれ?でも日奈星さんの家って街の方だって聞いてたんだけど……?」

 あ、さすがに住所とか、どこの建物とかなんて詳しい事情は知らないぞ。

 単純に彼女がそれくらいの情報が出回ってしまうほどの有名人であるということだ。

 たいていの人間は中心街近郊に住むわけで、物珍しさも相まって何となくクラスのメンバーは知っているのだ。

「うっ……それはそうなんだけど……いいでしょ。ここで買い物するんだから、あたしはっ」

 日奈星さんは一瞬、言い淀んだがすぐに開き直る。

 全く説明にはなっていないけど、日奈星さんのプライベートを俺が知ろうなんて恐れ多すぎる。

 まあ、彼氏の家の近くとかなんだろうな……。

 くらいには邪推してしまうのだが。

「それより、あたしが先に進藤のことを聞いたんだから。そっちから先に答えなさいよ、何しにここで買い物しに来たわけ?」

 語尾は強くなって、訝しげな視線を遠慮なく押し付けてくる。

 ほとんど話したことのない間柄なのに、どうして日奈星さんは俺にそんな興味を持ってくるのだろう。

 偶然会っただけにしては、妙に情報を収集してくるような感じだし……。

 しかし、俺も悪い事をしてるわけじゃない。

 ありのままを伝えればいいだけか。

「涼奈、今日体調を崩しただろ?そのお見舞いに行こうと思ってさ」

 俺はカゴを持ち上げてお見舞いの品をアピールする。

 過不足のない完璧な説明だ。

「……やっぱり」

 しかし、日奈星さんは苦虫を嚙み潰したような表情に様変わりする。

 え、俺そんなおかしなこと言いました?

「涼奈はあたしがお見舞いしとくから。もうそれ買わなくていいよ」

 ビシッと効果音が出そうなほど強く俺のカゴを指差してくる。

 元の場所に戻してこい、という意味だろう。

「いやいや、日奈星さんがお見舞いしてくれるのとはまた別でしょ。俺は俺でするから」

「いいって。涼奈はそんなにたくさん貰って喜ぶような子じゃないし」

 おおう……結構、日奈星さんも譲らないな。

 何をそんなに声高に主張してくるのかは分からないが、それならそれで俺も言うべきことがある。

「仮にそうだとしたら、やっぱりここは俺が行くべきじゃないか?」

「はあ?なんでそうなるわけ?」

「いや、日奈星さんと涼奈が仲良くなってるのは知ってるけどさ。こっちは生まれてこの方、物心ついた時からの付き合いなんだぜ?ここは涼奈のことをよく知る俺こそ適任だろ」

「……涼奈のことをよく知るぅ?」

 日奈星さんの表情がみるみるうちに歪んでいく。

 しかも、学校では聞いた事のないくらいの声の低さだ。

 美人の女の子がガチのテンションになるのって、怖いよな?

「そう、あいつの好みなら俺は熟知してるんだ。任せてくれよ」

 しかし、こうして大見得をきった以上は俺も引き返す訳には行かない。

 小さなプライドを頼りに俺は意見を曲げない。

「じゃあ、その緑茶のペットボトルはなに?」

「涼奈よく飲むんだよ」

「飲まない、涼奈は紅茶だから」

 え、マジ?

「そのせんべいもなに?」

「涼奈、渋いからな。こういうお菓子が好きなんだよ」

「好きじゃない。クッキーとかチョコとかの甘い方が好きだから」

 ええ。

 嘘だろ。

 甘いものはあまり好きじゃなかったはず……。

「いや、それはおかしいぞ」

「全然おかしくない。それが涼奈なのっ」

「さすがにそこまで急激に好みが変わったりしないだろ。日奈星さん、他の人のこと言ってない?」

「あたしが涼奈のこと間違えるとか絶対ないから」

 ふんっ、と鼻息を荒くする日奈星さん。

 なにこれ。

 女の友情ってやつ?

 いやいや、しかし、そっちはたかだが数か月の友情。

 こっちは何年来の腐れ縁だと思っているんだ。

「いや、涼奈はそんな西洋かぶれな女子じゃなかったぞ。もっと和を尊ぶ大和撫子のような存在であってだな……」

 ――ガシッ

 あ、あれれ……?

 なんか胸元がすっごい苦しいよ?

 ああ、そりゃそうだ。

 だって胸ぐら掴まれてるもん。

「それ以上、あの子のことを進藤の視点で語るのを止めて。あの子はもうあんたの知ってる涼奈じゃないのよ」

 と、鬼の形相で語り掛けてくる。

 えー?なんでぇ?

 俺そんな変なことしたかなぁ?

「いや、俺の知ってる涼奈はそんなすぐに好みを変えるようなヤツじゃ――」

「ましろ……じゃなかった。今の涼奈は好みも変わったのよっ」

「今ぜんぜん違う人と言い間違えたよな?やっぱり誰かと勘違いしてるよな?」

「はあ?ちがっ……ちがわないけど、ちがうと言うか……!」

「ほら、動揺してるじゃんっ」

「とにかく、涼奈はあたしの方がよく分かってるから。進藤は大人しく引っ込んでなさいっ」

 なんという論理のない暴論。

 それでこの俺を説き伏せられると思っているのか。

 女子に胸ぐら掴まれるくらいご褒美だぜ、この野郎。

「――あんたたち、店の中で何言い争ってんの?」

 そして突然の来訪者。

 そのクールで俺を蔑むような目を向けてくるのは、我が妹のここなだった。

「おう、聞いてくれよ。俺は涼奈にお見舞いの品を持って行こうとしたら日奈星さんがだな」

「ああ、はいはい。ストーップ。おっけー、状況は分かった」

 ここなはキョロキョロと俺と日奈星さんを見比べて、納得したかと思えば次の瞬間には溜め息を吐いていた。

「これは雨月涼奈に必要ない物なのね?日奈星凛莉?」

「そうよっ」

 言い切る日奈星さんに、気だるそうに頷くここな。

「だってお兄ちゃん。日奈星凛莉の言う通りだから、お兄ちゃんは大人しくカゴの商品を戻そうねぇ」

 はいはい、とここなは俺と日奈星さんを離してカゴを持って行くのだった。

「お、おい待てよ。俺はたしかに涼奈の好きな物をだな」

「お兄ちゃんは本当に分かってないのね」

「え、なにが?」

「女は変わるのよ」

「……ん?」

「そしてその変わった雨月涼奈を今一番よく知ってるのは日奈星凛莉よ。残念ながら、もうお兄ちゃんは出る幕無し」

 ぽいぽいとカゴの商品を棚に戻していくここな。

 それ探すのに俺すげえ苦労したんだけど……。

「マジ……?」

「マジ。それに見なさい、日奈星凛莉の顔を」

 振り返ってみると、日奈星さんは威嚇するような目で俺を見ていた。

 ……そ、そんな目で見なくてもいいじゃない。

「恋する女の敵にだけはならないことね。勝てっこないんだから」

「……どゆこと?」

「それが分かってない時点で、雨月涼奈のことを語る立場になし」

「……ええ」

 クラスメイトと妹に、幼馴染のことで問答無用で切り捨てられる俺。

 まあ、正直?

 こうやってズタボロにされるのも悪くないがな!

4件のコメント

  • 番外編、とても面白かったです。新作の件もある中、これ程短期間で書き上げてくれると思ってなかったこともあって、リクエストした者の一人として、驚きやら嬉しさやらで一杯な気持ちです。
    ありがとうございますm(_ _)m
  • 2018toji様

    こちらこそ読んで頂き、ありがとうございました。
    楽しんで頂けて嬉しいです。
    これからも頑張ります(ง •̀_•́)ง
  • 後日談書いていただけていたの今になって気付きました!ありがとうございます!

    進藤くん相変わらず鈍すぎるのはまさに元主人公…笑
  • れお様

    近況ノートなので、確認しづらいですよね。
    申し訳ありません。
    読んで頂きありがとうございます。

    さすがは鈍感系主人公です(笑)
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