冬になった。
この世界はどうやら四季がはっきりしているようで、12月を迎えると外の世界はすっかり雪景色に様変わりしていた。
白で統一された世界はこんなにも美しいのかと、自分でも珍しく心躍らせていた。
「真白、なにそんな外ばっかり見てんの?」
そんなわたしの行動がおかしく映ったのか、凛莉が不思議そうに声を掛けてくる。
今日は凛莉の家にお邪魔している。
高層ビルから見下ろす外の世界は圧巻だった。
「雪、綺麗だなって」
「……雪、好きなの?」
「うん、白くていい」
「……真白にも好きな季節とか、綺麗だなって思う景色あるんだ」
それはなんだか、若干失礼な物言いをされた気がする。
「わたしだってそれくらいの感情あるから」
ちょっと強めの口調で主張すると、凛莉は眉をひそめながら口を開く。
「……じゃあ、もっと外に出たら?」
「ん?」
「雪、好きなら外に出なよ」
おやおや、急に意味が分からないことを言い始めましたよこの人は。
ていうか、けっこう既視感のあるやり取りでもある。
「凛莉、冬は寒いんだよ?」
「そうやって言ってずっと家じゃんっ」
凛莉が急に憤慨し始めた。
「いやいや、学校行くときか外出てるし」
「雪降ってから急にバス通に変えたよねっ」
「え?雪の中を学校まで歩くとかムリでしょ」
凍えたらどうするの?
「それよそれ、その態度っ。よくそれで冬とか雪が好きとか言えたよねっ。絶対嫌いな人の言い回しじゃんっ」
「はぁ……凛莉は了見が狭いなぁ」
「え、なに。あたしが間違ってるの?」
「見て愛でるという愛し方もあるんだよ」
「……実際に触れるという選択肢はないわけ?」
「手、冷たいだけでしょ」
“うーん”と凛莉はキッチンで不満げに呟きながらも、手を動かし続けている。
時刻はお昼時、ランチを作ってくれているのだ。
「ほら、スキーとかスノーボードとかあるじゃん」
「……まさか、凛莉。スノボー滑れたりする?」
「うん。一式持ってるよ」
今度はこっちが溜め息をつく番だった。
「あー。なるほどなるほど。ウィンタースポーツの中でも最も陽キャ成分の多いスノボーを凛莉は嗜むんだ」
「……スポーツに陽キャ成分とかあるの?」
「あるよ、大いにあるよ。スキーならまだ好感もてたのに」
わたしはどっちにしてもやらないけどね。
「スキーも楽しいよ?」
凛莉はどっちもやるらしい。
「……わたしは凛莉のそのアクティブさが眩しいよ」
そりゃ雪を見るだけじゃ、冬を好きじゃないとか言い出すわけだ。
本当、どうしてこんな陰キャなわたしと一緒にいてくれるのか知れば知るほどよく分からなくなってくる。
「真白もやってみたら分かると思うけどなぁ」
「でも凛莉、そう言いながら今年はまだ滑ってないよね?」
「うん、そう」
「橘さんとかに誘われたりとかしないわけ?」
「あー……まあ。誘われはしたけどね」
歯切れが悪い。
こういう言い回しの時の彼女はだいたい何か隠している。
「なんで行かないの?」
「都合が合わなくてさ」
……そんなはずはない。
凛莉とはいつも一緒に過ごしている。
正直、ヒマな時なんていくらでもあった。
「わたしとこれだけいるんだから、時間あったよね?」
「……いやぁ。それはほら察してよ」
凛莉はずっと歯切れが悪い。
料理が出来上がったのか、お皿を持ってダイニングテーブルに運んできてくれる。
わたしもそれを察して残りを運ぼうとすると、“座ってて”とジェスチャーで制止された。
以前に手伝おうとしてお皿をひっくり返して以来、凛莉は本格的にわたしをキッチンから遠ざけている。
仕方なく凛莉の指示に従って席に着く。
「察するって……平日の放課後も、休日もわたしと一緒にいたんだから。どう考えてもどっかで行けるタイミングあったでしょ」
凛莉が配膳を全て終えて、一緒に席に着く。
食卓にはほんのりと甘い香りが漂っている。
今日のお昼はバケットに、コーンポタージュ、サラダだった。
「だから……ほら、それが用事じゃん」
ぼそっと凛莉は呟いた。
多分、今のが本音だ。
「……わたしといるから、全部断ってたの?」
「まあ、遊ぶのも好きだけど。真白といる時間を優先……みたいな?」
いや、そういうこと言うならもっとサラッと言って欲しい。
そんなモゴモゴしながら、照れ全開で言われるとこっちも反応に困る。
「いや、だからって断わったりしなくてもいいって。さすがにわたしも申し訳ないから」
全ての時間をわたしに費やせ、みたいな束縛をするメンヘラのつもりはない。
友人との時間も、大事にしてくれていい。
「ああ、ちがうちがう。そういうつもりで言ったんじゃないから。真白は気にしないでよ」
「いや、わたしが原因ならさすがに気になるんですけど」
「あたしが勝手にしてるだけだから」
「……なんで?」
我ながらイジワルな質問のような気もするけど。
でも、理由がはっきりしないとわたしも納得できないので聞いておく。
わたしとの何を理由に誘いを断っているのか、それくらいは知っておかないといけないと思う。
「……好きな人と一緒にいたいと思うからに決まってるじゃん」
「……へ、へぇ」
ああ、聞いといてなんだけど。
やっぱり恥ずかしいかなっ。
嬉しいけど、悶える。
「で、でも、ほらそうやって断ってばかりだと友人関係も上手く行かなくなるでしょ」
そうそう、それは良くない。
わたしみたいな友達ゼロのぼっちはともかく、凛莉は友人が多いのだから。
そういったコミュニティは大事にするべきだ。
「あ、大丈夫。それは何ともないから」
へらっと凛莉はあっさりと返事をする。
「すごい自信だね……やっぱりコミュ力あると、断ったりしてもどうにか関係を維持できるものなの?」
断れば断るほど、人間関係というものは希薄になっていくイメージなのだけれど。
「ううん、さすがに断わりまくってたら距離できるって。まあ楓は大丈夫だろうけど……他のみんなはそこら辺、敏感だし」
「え、じゃあ大丈夫じゃないでしょ」
「あたし、真白といるためなら友達いなくなっても平気だし」
「……ん?」
「え?」
いやいや、怖い怖い。
なんかサラッと異常な発言聞いた気がするんだけど……。
「わたしといるためなら、凛莉は友達いなくなっても平気なの?」
「友達はすごい大事だよ?大事だけど、一生一緒にいるわけじゃないからね。でも真白はこれからずっと一緒にいるんだよ?ならどっちを優先するかは決まってない?」
「あ、ああ……そうなんだ」
「うん、そうそう」
そこで会話は一区切りし、食事をすることに。
スプーンでコーンポタージュをすくい、口に運ぶ。
コーンの甘味ととろみが広がっていく。
……いや、食事の感想に落ち着くにはまだ早いな。
「……凛莉」
「ん?」
「友達いないわたしが言うのも変だけど、友達は大事にした方がいいと思うよ。わたしのことを優先してくれるのは嬉しいけど、バランスも大事だと思うからさ」
そう言うと、凛莉はにっこりと微笑んでくれる。
「うん、ありがとう。でもちゃんとあたしなりにバランス気にしてやってるから心配しないで」
……うん?
これでバランスを気にしてる?
完全にわたしに全振りじゃない?
凛莉の中でわたしと他の人の比重ってどういうことになってるの?
「あ、そう言えば今日はパンをバケットにしてみたんだけど、どう?」
「うん……美味しいよ」
硬い食感と、オーブンでの焼き目の香ばしさがちょうど良い。
「だよね。前はクロワッサンにしたんだけど、真白こっちの方が好きなのかなと思って」
「……ん?そんなこと言ったっけ?」
「ほら、前パン屋さんに行った時。真白、クロワッサンよりバケットの方を見てる時間の方が長かったから。そうなのかなぁって」
「……なるほど」
なんでだろう。
わたしのことを気遣ってくれているだけのはずなのに。
会話すらしていない視線のレベルまで感知されているとは……。
さっきの会話の後だと、またちょっと捉え方が変わるというか……。
「こうして真白の体になっていく食べ物を、あたしが料理するのって真白の一部なれている気がして嬉しいんだよね」
「う、うん……わたしも凛莉の料理美味しいから嬉しいよ」
な、なんだろう……。
全体的に愛が重くない……?