瀬戸内に面する地方都市、舞鷹市。造船やタオルなどの産業が有名な地方都市だ。そこは自然災害も霊的な災害もほぼ発生しない守られた結界都市と言う一面もあった。俺はそんな街でほそぼそと暮らしているただの中年男性だ。低賃金の仕事で未だに独身。
ただし、その生活にも満足して暮らしていた。贅沢を望まなければ暮らしていくのに何の問題もないからだ。
そんなある日、俺はこの街には場違いな黒いローブを纏った謎の人物を目撃する。たまたま休みで暇だった俺は、探偵よろしくそいつの後をつけていく事にした。黒ローブは寂れた神社の鳥居をくぐり、山頂に続く石段を登っていく。
そして、山の上にあった大きな石を何らかの力で破壊した。そこから何かが勢いよく吹き出していく。つまり、破壊された石はその何かを封じ込めていたのだろう。
俺はこの有り得ない光景にあんぐり大きく口を開ける。それよりも驚いたのは、いつの間にか黒ローブがいなくなっていた事だ。
「嘘だろ?」
俺は出口付近に陣取っていたから、黒ローブが戻るなら俺の方に歩いてくるしかない。それで見失ったと言う事は、瞬間移動したと言う事だ。もしくは、黒ローブなんて最初からいなかったか――。
俺は狐につままれた気になって現場を後にする。破壊された石の確認もせずに。
その翌日から、街では化け物が発生すると言う話や被害に遭ったと言う話が聞かれ始めた。噂によれば、ヒーロー特撮番組に出てくる敵のような容姿の化け物が襲ってくるらしい。神出鬼没で、警察も手を焼いているのだとか。
今のところ逮捕出来たと言う話は聞かない。いや、相手が本物の化け物なら駆除と言う方が正解か。
「物騒な世の中になっちまったな~」
「お前も気をつけろよ~」
「おうよ」
化け物が出現し始めて一ヶ月、周りでの出没情報は耳に入るようになったものの、幸い、俺はまだ化け物に遭遇した事はなかった。そうして、この一ヶ月を境に、何故か化け物目撃情報も減っていく。
それはどう言う事かと言うと、化け物を倒して回る魔法少女が現れたのだとか。この話を同僚から聞かされた俺は、飲んでいたコーヒーを吹き出す。
「ま、魔法少女?」
「ああ、マジだ。俺は彼女に助けられたんだよ」
同僚の話によれば、その魔法少女は見た目中学生くらいの背格好で、髪や服はピンクを基調にしていて、フリフリのミニスカートを身に着けて、ステッキを振って化け物を倒していたのだとか。
「嘘だろ? 信じられねえ」
「笑ってもいいさ。けどな、いつかお前の前にも現れるぜ」
同僚の目がマジだったので、俺はイジろうとしていた言葉を飲み込む。しかし、この街で一体何が起こっているって言うんだ――。
この日、仕事帰りに俺は書店に寄る。食指の動く本もなかったので手ぶらで店を出て家に向かってしばらく歩いていると、いきなり全身が緑色の化け物が襲ってきた。なんか昔ゲームで見た事のあるエイリアンにちょっと似ている。
「うわああああ!」
「ギョアアア!」
この有り得ない遭遇に、俺は生まれて初めて腰を抜かした。逃げようにも体が動かない。確か化け物被害で一番ひどいやつは食べられたと言うものがあった。ヤバい、俺……食べられる?
恐怖で頭が真っ白になっていると、また別の存在が俺の前に現れる。視線をそっちに向けると、今日同僚が話していた魔法少女がそこにいた。
「見つけた! 覚悟しな!」
「ギャオオオ!」
「マジカルシューティングピンク!」
魔法少女はステッキを振って謎のビームを発射。一撃で呆気なく化け物は消滅した。俺はその手際の良さに感心する。
「ぶ、ブラボー!」
ピンク髪のコスプレ美少女は俺の反応をスルーして化け物の消滅を確認すると、どこかに向かって去っていった。この時、もう体が自由に動くようになっていた俺は、魔法少女を追いかける事を決意する。正体が知りたくなったのだ。この好奇心は止められないっ!
常人を遥かに超える運動神経を持つ魔法少女に、体力の衰えたおっさんが追いつけるはずがない。ただ、この時の俺の直感は冴えていて、彼女の進路を先読みする事が出来ていた。
全力疾走とルートのショットカットで、人通りのない路地裏に着地した魔法少女を発見。彼女はまだ俺の存在に気付いていない。こっそり身を隠した俺は、魔法少女の観察を開始する。
ピンクのコスプレ少女は周りをキョロキョロ確認して、ステッキを頭上に掲げた。するとピンクの淡い光が彼女の身体を包んでいく。これはきっと変身解除をしているのだろう。やはりスーパーヒロインてのは正体がバレたらいけないんだな。
そう思いながら見ていると、彼女の身体を包んでいたピンクの光が消えていく。俺は思わず身を乗り出した。もうすぐ彼女の正体が分かると、ゴクリとつばを飲み込む。
変身を解いた魔法少女。その場に立っていたのは――少女とは似ても似つかない中年のくたびれたおっさんだった。
「なんで?!」
制服姿か私服姿の中学生女子を想像していた俺は、この有り得ない事実に思わずツッコミを入れてしまう。当然おっさんも俺の存在に秒で気付いた。
「誰だ!」
「ひぃぃ!」
その筋の人かと思うくらいのドスの利いた声に、またしても俺は腰を抜かしてしまう。おっさんはゆっくりとこっちに近付いてくる。絶体絶命のピンチに、俺の頭は思考を停止してしまうのだった。
(つづく?)