ある所に若者がおりました。若者は連日の作業で疲れ切っており、最近は寝不足が続いています。今朝も眠い目をこすりながら出かけていきました。
長時間拘束の末の帰り道、若者は人生の意味とかを考えながらトボトボと道を歩きます。
そんな時、見た事のない老人が前から歩いてきました。既に日も暮れてコンビニ以外の商店が閉まった真夜中、こんな時間に道を歩く老人は実はそんなに珍しくはありません。
夜の散歩は結構趣があって、元気な老人達の間ではブームになっていたりもするのです。なので若者も目の前から近付いてくる老人に全く警戒心を持ってはいませんでした。
「もし……」
若者が老人とすれ違おうとしたその時です。突然老人が若者に向かって話しかけてきました。一体何だろうと若者は老人の顔を見つめます。もう夜中だったのもあって老人の顔はよく分かりません。
「お前さん、疲れておるじゃろう。早く寝る事じゃぞ」
老人はそう言うと若者の前から去っていきます。若者は一体何だったのだろうと頭を掻きましたが、すぐに忘れて家に帰りました。
家に帰った若者はすぐにPCの電源を入れます。執筆途中だった小説の続きを書くためでした。
けれど、若者はまず巡回サイトをいつものように巡回してしまいます。楽しみにしていた動画などを見ていたら寝る時間を過ぎてしまっていました。ここで時間に気がついて眠ってしまえば、寝不足になる事もなかったでしょう。
巡回サイトも巡りきった若者は、何と事もあろうにその時間から小説の執筆を始めてしまいます。今から書き始めたら寝不足になるのは分かりきっているのにです。
実は若者はコンテストに向けて執筆をしていました。コンテストには時間制限があります。だから一日もサボる訳には行きませんでした。もう時間に余裕がなかったのです。
「お前さん、忠告を無視したね……?」
暗闇の中から浮かび上がる声に若者はたいそうビビりました。その声はさっきすれ違った老人の声にとてもそっくりです。それに気付いた瞬間、若者は近所迷惑になるのにもかかわらず、思いっきり絶叫してしまいました。
「うわああああああああああああ~」
老人はそんなビビりまくりの若者の肩にぽんと手を置きます。
「ババアの言う事は聞くもんじゃ。今日はこの程度にしておくぞい」
老人はそう言うとすうっと姿を消しました。そんなありえない体験をした若者のは恐ろしくなってその日は執筆を途中で止め、すぐに布団に潜り込みます。
次の日、若者が目覚めると口の中に違和感が……そう、口内炎になっていました。因果関係は不明なものの、若者はあの謎の老婆の仕業だと確信します。
この口内炎、どんな薬物治療も効果をなさず、結局2週間ほど痛みに耐えながら自然治癒で治しました。その間は食事や歯磨きの度に地獄の痛みを味わいます。
そうして口内炎が治った時には、長いトンネルからようやく日の当たる場所に出た時のような開放感を若者は感じたのだとか。
それから若者は出来るだけ睡眠時間を取るように心がけました。コンテストを目指した作品は間に合いませんでしたが、その次のコンテストには間に合って、二次選考で落選と言う結果になったと言います。
若者を口内炎にした老人は今も夜の街の何処かをさまよっていると言う話がまことしやかにささやかれていたりいなかったり。今夜あたり、あなたの前に現れるかも知れません。どうかお気をつけくださいませませ。