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不幸と幸福の定義

 あルエッセイを読んでいたら、内容がどんどん作者の身の上話になっていって、それはもうハードな人生を語っておりました。最後まで読んで、ああ、この人にかける言葉を思いつかないな……と、思ったものです。

 ハードな経験を積むと、その世界観でしか物事が見られなくなります。それでいい事もあると思うのですが、きっとなくしてしまうものもあるのでしょうね。例えば用心深くなりすぎて人を信用出来ないとか。

 それと幸福と不幸についても考えてしまいます。綺麗事を言えば、全ての出来事は糧になるので、どんな出来事も不幸ではないと言う捉え方も出来ます。勿論綺麗事です。物事が思い通りに進むか、苦難をしっかり乗り越えられた人がそう思えるのです。
 苦難が現在進行中の人は苦しみとどう折り合いをつけていいか、その事だけで頭がいっぱいです。そう言う人に綺麗事は通じない事でしょう。

 神様は乗り越えるだけの試練しか与えないと言う言葉もあります。じゃあそれを乗り越えられなかった人は人間失格ですか? 多くの不幸な事件や事故は? 結局はそれも後付設定みたいな感じもします。
 カルマ的な話を持ち出せば一応それで説明は出来るんですけどね、カルマ説は万能ですから。

 ただ、幸福も不幸も人によって同じ出来事を経験しても感じ方に個人差があると言う事は忘れてはいけないと思います。1杯の水を見て、1杯もあると思う人と1杯しかないと思う人がいる訳です。そう考えると、誰かを基準にして幸福や不幸は測れないと言う事になります。

 だとしても、多くの人の場合に通用しそうな定義はある気がします。それは自分がした事に対するリターンの分量で判断すると言うものです。
 自分がした何かしらの事に対して同じ分量だけのリターンがあった場合、これは普通です。このリターンが自分がした以上に戻ってきたら幸福を感じ、自分がした事よりリターンが少なければ不幸に感じるのだと私は思うのです。

 これは本人がどう思うかなので、数値化出来るようなものではないのですけどね。小さなリターンで多幸感を覚える人もいれば、多くのものが戻ってきているのに不幸に感じると言う人もいると思いますので。

 ちなみに私は幸いな事に苦労の少ない人生を今のところ歩んでいるので、不幸を感じた事があまりありません。恵まれています。今の環境に感謝です。いつかちゃんと恩返ししなくちゃいけませんね。

 人生経験と言う意味では、不幸な境遇の方がいい作品が書けそうな気がするのですが、実際はどうなのでしょう。きっと一概には言えないのでしょうね。

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