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特徴的な文体の人にその理由を聞くのは失礼なのだろうか?

 星ゼロ作品を読んでいると異様なほどに改行しまくりな作品があるんですよ。他にも会話文で最後に句点まで入れる作品や三点リーダーを全角で入力する作品、文の冒頭の一文字下げをしない作品、ルビ機能があるのにルビを使わない作品……。
 敢えてそうしている人ならいいのですが、知らずにそうしているかも知れない訳で、そう言う作法をしている人に声をかけていいのかどうか考えてしまいます。基本的に声はかけないんですが。

 ある人の作品で改行がたまに不自然だったのでそれを指摘すると、執筆ソフトとカクヨムの相性が悪くてそうなってしまったと、直そうとしても直らないとの言葉を頂きました。改行に関してはそう言う事もあるのですね。

 小説の作法を伝えるエッセイの反響を見るとそう言う作法は知らなかったって人もかなりの割合でいるみたいですし、かと思えば、敢えてそうしてるんです、ポリシーです、って言う人もいらっしゃいます。正直判別が難しいです(汗)。

 私も昔は全然作法を守っていませんでした。敢えて。当時は既存の作法と言うものに反抗したい青い気持ちがあったのです。(/ω\;)ハズカシィー。
 でもそれから少しずつその作法を取り入れてきた感じです。素直でない場合、何事も受け入れるのは時間がかかってしまいますね。

5件のコメント

  • 間違っているのであれば、指摘してもいいと思いますよ。敢えてそうしているのだとしても、気分を害することはないでしょうし。星ゼロなのであれば、アドバイスも欲しいですし。
    会話の最後に句点を入れるというのは、私ですね。文法のルール上一般的でないだけで、間違ってはいないと思うのですが……。まあ、作品の舞台が昔なので古い文法ルールで書いているというのがありますね。あと、癖です。
    長文失礼致しました。
  • 井上 桜さん こんばんは☆彡

    アドバイス有難うございます。口出しは余計なお世話になってしまわないかと遠慮していました。今のところ、指摘は誤字くらいにしています。もう少し指摘の範囲を広げても大丈夫なのかも知れませんね。

    句点の事に関しても何となく出来上がったルールなので根拠もなく、それに付き合う道理もないと主張する方、いらっしゃいました。ポリシーがあるなら構わないと思います。
  • 原則として失礼にはあたらないと感じる。そういう指摘をするのは多かれ少なかれ勇気や手間暇を要することであるし、多くの人はその事実に思いを致してその行為に敬意や謝意を覚えるのではないかと思う。
  • 自分は作法素通りですね。句点にしても、その登場人物のブレスの位置であったりします。また最後の句点も余韻とか言い淀むとかで、頻繁に使います。

    まあ、それもこれも今や直木賞作家、いや青春時代の節々の小説で必ずと言う程出会った佐藤正午という方がおりまして、面白い本を書いています「小説の読み書き」。この本読んだ時、ある程度は自由で良いのかと思ったものです。
    ただこの本で、太宰治の句点が多いのは謎のまま閉じられましたが、ああこれ分からないかと溜息。太宰治の句点って津軽弁のブレスなんだよなと独り合点したり。

    自分としては、日本は地方性が豊かなので、物語が卓越していれば文体は自由で良いかなと思います。
  • 青丹よしおさん こんにちは。

    そうなんですよ、ちょっと勇気が必要なんです。その壁を乗り越える事もまた必要な事なのでしょうね。その時も相手を気遣って優しい言葉遣いで指摘出来たらな、と思います。

    判家悠久さん こんにちは。

    句読点の使い方もまた作家の個性の出しどころですね。特に読点は何度も読み直して自然に感じる場所を常に模索しています。場所を変えるだけで意味が変わってしまったりしますからね。

    津軽弁のブレス、今では方言の壁も薄くなってきましたけど、太宰治の活躍した時代はまだまだ色濃かったのでしょう。同郷だからこそ解けた謎ですね。

    文体の事を考えたのは見慣れない文体のせいで読まれないパターンもあるからです。折角面白い作品なのに読まれないのは勿体無い、そう言う作品もあるかと思います。私自身、一度文体が気にかかるとその時点で読む気が失せてしまうんです。

    勿論、その表現じゃないとこの作品は完成しないんだ!って場合もあると思います。だから指摘も躊躇してしまうんですよね……。
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