「私、彼方ちゃんだったら同性でも大丈夫だなぁ~」
飲み会の喧騒のなかで、甘ったるい声が耳をくすぐる。
恵体のかわいらしい女性の柔らかい体が腕に押し付けられ、私はあはは、と愛想笑いを浮かべた。
合気道同好会。
この大学サークルは、仲間づくりのためのエンジョイサークルだ。
入っていれば、先輩から履修の話も聞けるし人間関係も作れる。
だから入ってるみたいなもので。
人間関係は狭く、深く、が個人的には好みで、そういう意味でもこのサークルの雰囲気は合わなかった。
何かあれば飲み会を開いたり、夜遅くまで通話をしたり、オールでカラオケだと盛り上がったり。
でも先輩たちと関わる場があれば、色々楽で、だから居たんだけど……
トキメキ、感じないんだよねぇ。
こう迫られても胸のトキメキのようなものを感じない。酔っ払い相手だからだろうか?
____寧々、なにしてるかなぁ?
時刻は21時。
そろそろ帰宅したい時間だ。
「ねえ、聞いてる~?彼方ちゃん」
「はいはい、飲みすぎですよ先輩」
「え~、そんなに飲んでないよ~。雪村さんだっけ?ぜったいあの子より満足させられる自信あるよ」
「はい?」
先輩の言葉に、反射的に首を傾げてしまう。
すると、すすすと先輩が離れて行ってしまった。
なんかそれどころか、周りの視線もこっちに向いてる気が……?
「ごめんごめん、こいつアホだからさぁ!」
「えっ、ああ、いや全然大丈夫ですよ」
先輩と仲良しの女性の先輩が、先輩を羽交い絞めにしている。
「美人の真顔怖すぎるよ~~~~」
先輩は羽交い絞めにされながらも体を捻って、先輩に抱き着いた。
え、ごちそうさまです。
内心、手を合わせているとスマホの通知が鳴った。
あ、寧々からだ。
『飲み会?』
『もう帰るよ』
『今、バイト終わったから駅にいるよ』
『おお、じゃあ行くね。カラオケでも行く?』
『行く。きょう泊まっていい?』
『いいよ』
ふふーん。
自然と笑顔になりながら鞄から財布を取り出す。
「5000円あれば足りますか?」
「大丈夫だよ!今の連絡って雪村さん?」
「はい」
「そっかぁ……こりゃ誰も勝てんわ」
先輩が、腕の中にいる先輩の背中をぽんぽんしながら呟く。
私は首を傾げながら居酒屋を後にした。
◆◆◆
駅に着くと、小さいシルエットが見えて小走りで近づく。
バイト終わりでちょっぴりお疲れ加減の寧々だ。
「彼方、飲み会大丈夫だった?」
「ん?ああ、みんな好き勝手抜けていくから」
「そういう意味じゃなくて」
寧々が近づいてくる。
私の前で腕を大きく広げるもんだから私は遠慮なく寧々を抱きしめた。
「別の女の匂いがする」
「なにそれ。酔っ払いの先輩に絡まれてただけだよ」
「知ってる」
「寧々こそバイト疲れてない?」
「めちゃくちゃ疲れた。けど彼方にあったら疲れが吹き飛んだ」
「じゃあこれから毎日会わないとだ」
あ、そうだ。忘れてた。
「寧々のバイト先って人募集してたっけ?」
「してる。でもホールだけ」
寧々のバイト先は喫茶店だ。
寧々はキッチンのほうで働いている。
「じゃあ応募しようかなぁ。サークルちょっと合わないし、バイトが忙しいって理由で辞めれそうだし、一緒のバイト先ならもっと寧々といっしょにいられるからね」
「私もそっちのほうがうれしい」
「なら決まりだね」
寧々が離れ、代わりに手を繋ぐ。
大学生は無敵の生き物だから多少人の目があっても気にはしないのだ。
手のぬくもりを感じながら、私たちは夜の街を歩き始めた。