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【氷輪は哀傷に昇る】spinoff1

⚠Attention
・作者本人が書く二次創作です
・作者のエゴまみれ
・ヒュウシュリのCP要素を含みます
・本編よりセリフが多いです
 また本編とはあまり関係がありません

それでも大丈夫な方はどうぞ!

―――――――――――――――――――――

「先生、『好き』とは何ですか」

 静寂が立ち込める事務所内に、少年の声が零れた。中性的で幼気のあるそれは、机を挟んだ向こう側にいる青年へと向けられる。
 問われた彼は数回の大袈裟な瞬きをした。

「……頭打った? 包帯巻く?」
「何故そうなるのですか。意味くらいは存じてます」

 青年は何処からか古い布を取り出すが、間髪入れずに少年に一蹴されてしまった。
 行き場を失った包帯を彼が渋々元の場所にしまう。

「いや、君がする質問にしては薄っぺらい内容だなと」

 動揺している素振りはなく、三白眼の青年は至って平然としていた。

「どうしてそんなことを僕に訊くんだい?」

 彼は物が散乱している机に肘をつき、自身の長髪をクルクルと弄り始める。普段の他人向けの笑顔より、ニヤニヤという表現が似合う顔をしていた。

「三百年も生きていらっしゃる貴方ならご存知なのではないかと思いまして」

 少年は師の怪しげな笑みに対して感情のない声音で答える。随分と慣れているらしい。

「なるほど? それは恋愛って意味で?」

 青年の問いかけに、少年は端正な面《おもて》で頷く。童顔の中央に垂れた異様に長い前髪が揺れた。
 彼の返答に師は尚更、口角を上げて見せる。
 平生は冷静沈着な弟子だ。そんな彼がしそうにない質問をするものだから、心底面白がっているのだろう。
 吊り目気味の青年は茶化すつもりで問いを重ねる。

「何だよー、好きな子でもできたの?」

 浮ついた雰囲気の師の一方、少年は整った顔を歪めることなく小さな溜息を吐く。 

「いえ。私が人間を好きになることなど有り得ませんから」
「っは、辛辣だな」

 自分の悪ふざけを含んだ問いを見事に躱され、師は残念そうな声色で相槌を打つ。どんなことを言われても狼狽する気配さえ見せない少年は、当然だと言いたげに肩を竦めた。
 青年は腕を組み、おもむろに踏ん反り返ると数秒唸ってみせる。そしてふと、右の人差し指を立てて言った。

「本能、かな」

 正面に立つ弟子は小首を傾げつつ、拙い口調で青年と同じ言葉を声にする。師は大きく頷くと、いつも通り八重歯を覗かせた。

「生き物の生殖本能、簡単に言うと性欲か。それの初期段階の気持ちを俗に『好き』と呼んでいるだけ。まぁ僕にとっては人間特有のよくある勘違いだと思うけどな」
「性欲、ですか」

 美少年が意味深長に呟く。少ししてから師が返した。

「シュリには無さそうだね」
「そうですね、私にはまだよく分かりません」
「分からなくていい。分かられたらちょっと困る」
「何故貴方が困るのですか」

 僅かに眉根を寄せて少年が尋ねる。
 机の向こうで深く椅子に座る青年は、気を取り直した様子で両頬に頬杖をつく。

「ある意味僕は君の親だからね。子の身を案じるのは当たり前だろう」

 察することが下手な弟子に彼は呆れているようだ。しかし彼の表情に反して少年の返事は質素なものだった。

「貴方の息子になった覚えはありませんよ」
「可愛くないな、相変わらず」
「すみませんね、可愛くなくて」

 彼の嫌味を滲ませた言葉に、師は優しげに目を細める。

「ま、とにかく君にはまだ早いって事だよ」

 最終的な結論に納得がいかないのか、少年は思いの外腑に落ちないような表情をしていた。だが彼の視界に師の机上が映ると、開きかけた口を噤んだ。
 視線の先には無数の書きかけの紙の束が広がっている。日課である調べ物の途中だったのだと気が付いたのだ。

「先生、お忙しい中つまらない質問に答えて頂きありがとうございました」

 軽く頭を下げると少年は踵を返した。彼も自身の仕事に戻るのだろう。
 しかし、それを青年の声が引き止める。
 名を呼ばれた彼は不思議そうな様子で振り返った。細い首元を飾るループタイが揺れる。青年は変わらず両手で左右の頬を覆ったまま肘をついていた。その口元はとても穏やかである。

「君は僕のこと、好きかい」
「……は?」

 血色の瞳が煌めく。
 唐突な質問に少年は唇を半開きにして静止してしまった。怪訝そうな眼差しを隠せず次に出す言葉をも見失う。
 弟子は間抜け面をしながら黙り込んだ。彼の反応に青年は不満そうに言う。
 
「なんで黙るんだよ」
「すみません、驚き過ぎてしまって」

 少年は自身の顎に手を当て、視線を宙に迷わせる。予想以上に動揺しているみたいだ。
 やっと可愛らしい年相応の反応を見るがことができて楽しいのか、青年は彼に答えを催促する。言葉が纏まったらしい少年は、ゆっくりと瑠璃色の瞳を師に向けた。

「――嫌いではありませんよ」

 双眼は透き通った美しいサファイアと言っても過言ではない。青年と出逢ったばかりの頃、彼は自身のその瞳を潰そうとしていたが今はその影を感じさせないようになった。
 彼の出した答えに、青年は失笑を漏らした。思わず少年はたじろぐ。

「笑わなくても良いじゃないですか、本当の事を言っただけですよ」
「いや正直すぎるだろ」

 この弟子らしい返答に、師はどうしてか満足そうにしている。
 理由も分からず喜ぶ青年が面白くないようで、少年は腕を組んで尋ね返した。

「そう仰る貴方はどうなのですか」
「うーんそうだなぁ」

 頬杖をやめ、木製の椅子を軋ませながら背凭れに身を預けた。顔を右に傾けると、青年の艷やかな長髪が肩から滑り落ちる。
 涼しい声が空気を優しく撫でた。

「――愛してる」

 彼は目を細めて更に口角を持ち上げた。言い方や態度は悪戯っ子のそれだが、纏う雰囲気に嘘は見当たらない。
 思いも寄らない言葉を掛けられ、少年は一気に頬を赤らめた。まるで発火してしまったようだ。
 取り乱す弟子に青年は、また嬉しそうに笑う。

「先生それは、私に使うべきでは」
「何? 本当の事を言っただけだけど?」

 この手の問答は師の得意技だ。口では決して勝てない。
 これ以上何を言ってもこちらが恥をかくだけだと知っている少年は、仕方なしに口を閉じる。だが青年はやめようとはしなかった。

「何度でも言えるよ。シュリ、愛してる。心の底から愛してる」

 充分に聞き慣れた彼の声で、聞き慣れない言葉を言われ続ける。
 耳までも真っ赤にさせた少年は、ついに耐えられず声を上げた。

「わ、分かりましたから! もう結構ですっ」
「えー恥ずかしがることないじゃん」
「先生の感覚は狂っておられるのですか?」

 恥ずかしさのあまり、つい辛辣な口を叩いてしまうが青年は気にしなかった。むしろ余計に楽しそうである。

「じゃあ、あんたが言ってよ僕に」
「どうしてそうなるのですか」
「いいからさ、ね? お願い」

 子供じみた師の頼み事に、弟子は譲らないといった様子でいる。しかし結局は、懇願する彼に根負けしてしまった。
 恥じらいつつ少年は言う。

「あ、愛して、います」

 つっかえながらの片言だ。彼の脈打つ心臓の音が体内中に鳴り渡る。
 願いごとが叶った筈の青年は暫く何も言わない。口元を押さえているが、どうやら赤面しているらしい。

「何か仰って下さい。これでは私が羞恥を晒しただけです」
「あ、ごめん、なんか思ってたより擽《くすぐ》ったいな、これ」

 青年の笑顔は引き攣り気味だった。声も微かに上擦っている。
 そうだろうと弟子が肯定すると、青年は八重歯が覗かせた。

「でも言われて悪い気分にはならないだろ」
「た、多少は」
「変な所で素直じゃないなー。僕は君に言われて嬉しかったぞ」
「心は込めていませんがね」
「辛辣ぅ」

 微笑む師に、少年は自分でも分からないほど小さな笑みを浮かべた。自然と零れた笑みだった。

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