作者がその作品以外のところであれこれいうのはナシだと思っているのですが、いわゆる処女作ということで、いくつかの点で私なりの思いを述べさせていただきたいと思います。
従って、そういう醜い言い訳のようなことをすべきでないし聞きたくもない、という方はこのまま読まずに閉じてください。
(余談ですが、折しも昨今、朝ドラの脚本家が視聴者の『不可解な展開』との意見に対してSNS上で“解説”をして、物議を醸しておられましたね。だから本来はタブ―なのでしょう。)
まず、ストーリー展開についてですが、100%満足はしていません。最初の作品だし、ストーリー展開のテンポよりも登場人物(特に主人公)の心情を含めた説明部分を重視したとの意識があるからです。
くどいかなと思う部分も多々あります。けどこれは一連の作品の中で最も重要な「登場編」のため、ついつい思いすべてを盛り込んだというか。
そのせいで経過がないがしろにされている部分もあると思います。特に生島修の事件については、今一つ不完全燃焼展開終わってしまったことは否めません。
そもそもあの事件が必要であったかどうかで見解の分かれるところかとも思います。しかしこれが「少年事件」であったことと、「父親と息子との関係のありよう」に根っこが潜んでいる事件であることで、少年課の刑事である杉原の事件に伏線的な影を落とし、そして鍋島の父親に対する暗い感情を投影させるという二つの役割を担わせようとしたつもりです。
でも、だからこそその役割さえ果たせばあとはあいまいに終わってしまったとも言えるでしょう。最後に芹沢が家裁の審判に足を運ぼうとする場面、ああいうのも彼と杉原との繋がり~刑事としてのスタンスの違いを表現する上で必要だったと思うわけです。
だから本当はそれを書く以上、修がどうなったかまでちゃんと結果を出すべきかとも考えましたが、あくまでサイドストーリーであり、そこまでの必要性はないと判断しました。
いずれにせよ、主人公たちの感情や行動に場面を割くあまり、展開のスピードが遅くなってしまい、他の場面で急ぎすぎたところがあるのも事実です。そう言うところがまだまだ未熟だと自覚しています。
次に、警察の描写についてですが、組織や内情についてはそれほど深い調査をしているわけではなく、かなりアバウトなのですが、常々考えるに、例えばそれが事実とは違っていたとしても、その虚構に一定基準のリアリティーを持たせてあり、読み手側がそれを受け入れられるのなら、それで物語は成立するのではないかと思うのです。
例えば、刑事ドラマの主人公が闇雲に走っていたら犯人に遭遇した、という展開ははっきり言って実際にはありえない話だけれど、その過程にある程度のリアリティーがあり、見ている側が気にならないのならそれは「可」なのだと。
そもそも、突き詰めれば小説というのはしょせんすべてが作り話で、乱暴な言い方をすれば全部が「嘘」であるわけだし、その嘘をどれだけリアルに近づけるか、なのだと思うのです。
ファンタジーやホラー、SF小説は別として、舞台を地球上に置く以上は時代はいつであれある程度事実にそぐわせる必要がある。でも現実に忠実であることにこだわるあまりドラマティックでなくなると、小説としては途端に面白くなくなる。その折り合いの付け所が難しいのだと思います。
最後に、今後の作品についてですが、この「ロング・ウェイ・ホーム」を第一部として、第四部まで完成しています。
そのあいだにスピンオフ、つまり番外編が三作。「カクヨム」では現在、番外編の一作目を掲載中です。
よろしければご賞味ください。
それでは、これにて。お読みいただき、ありがとうございました。