第2話 1校だけ
たとえ1校からのみだったとしても、強豪と言っていい高校から特待生枠をもらえたことは、誇るべきことだと思う。
誘われた高校自体はもっとたくさんあった。
ただ、他の高校からはセレクション免除だけであったり、入学料免除のみといったところで、いわゆるS級の評価をしてくれたのは、その1校だけだった。
複数の高校が、自分程度の選手を欲しいと言ってくれたのだ。喜ぶべきことなのだと、頭では分かっている。
それでも同学年の二人が、どうやら自分より遥かに多くの学校から特待生枠でのスカウトを受けているらしい事実を考えると、どうしてもその差に歯噛みしてしまう。
分かっている。単純に能力が、実力が不足しているのだ。二人の方が力がある。二人の方がより結果を、実績を残している。
それに加えて、二人には自分にはない、どう努力しても持ち得ないものを持っていた。
それは例えば大きな体躯であったり、ボールを捉える際の特別な感覚であったり。
外角低めギリギリに決まったストレートを引っ張ってスタンドに運ぶ、なんて俺にはできそうにもないことを、あの二人はいとも簡単そうにやってのける。
使い古された、反吐が出るほどに陳腐な言葉を使うのならば、生まれ持った才能が違う。ああいうのを、天才とか、怪物とか言うのだろう。
あんなのがいれば自分程度の才能では追いつけるはずがない。冷静に考えればそうなのだ。
けれど腹立たしいことに、本当に面倒で面倒で仕方がないことに、俺はそれを認められなかった。
初めから決められたものだけですべてが決まってしまうなんて、あまりにもくだらない。
どうして俺が、たかだか生まれ持った才能なんて曖昧でどうしようもないもののために、自分の道を諦めなければいけないんだって、そう思ってしまった。
俺は、誰よりも優れたバッターになりたかった。
どんなピッチャーも苦にせず、どんな状況であっても打てる強打者になりたかった。
プロ野球選手になりたいのか、そう言われると少し返答に困る。
答えを先に言ってしまうと、イエスだ。もちろん、それはそうだ。
ただこれは感覚の話でしかないが、俺の言っている一番というのは、なんというか、今いる世界の一番なのだ。
シニアリーグに身を置いているのならその中での一番。
高校野球に身を置くのならその中での一番。
そうやって進んでいく中で、プロの世界に入れば、入ることができたなら、その中でも一番になる。一番と、誰もが認める存在になる。それが俺の望むものだった。
自分でも、自分の考えていることの傲慢さに辟易してしまう。
中学生だけという枠組みの、シニアリーグの中でさえ一番になれない、せいぜいが1チーム内で四番を任せられるようになるのが精一杯の俺が、どうしてそんな大それた望みを抱くのか。自分のことなのに笑えてしまう。
けれど困ったことに、俺は本気だった。
だから、というわけではないけれど、誘われたその強豪校、私立清興高校が地元から遠く離れた九州地方にある学校だと知っても、特にためらいはなかった。
地元の高校からもスカウトはあった。
県外の高校で、より甲子園に行ける可能性が高くなるだろう強豪校からも誘いは受けた。
だから地元に残って野球をすることもできた。
甲子園を目指すことだけ考えれば、他の県外高校に入る方が確実だった。
両親も、俺の行きたい高校に行けばいいと言ってくれていた。
うちは大して裕福でもないけれど、お前一人県外の私立校に行かせるくらい問題ないと、そう言ってくれた。
だけど俺は、俺を一番評価してくれた高校に行きたかった。
野球をするために両親に無駄な負担をかけるのは忍びないという気持ちも、少しはあった。
特待生で入学すれば、授業料や寮費が免除される。県外に行っても、両親の負担は少しで済むのではないかと思った。
「気をつけてな」
清興高校に向かう当日、玄関で父さんが言った。俺はああと言って頷いた。
少しそっけない言い方になってしまったかもしれない。けれどこういうとき、どんな答え方をすればいいのかどうにも分からない。
「身体に気をつけてね」
母さんが言った。
言っていることは父さんとほとんど一緒だ。
分かってると答えた。やっぱり心配になるものなのだろうか。親の気持ちは、息子の俺にはよく分からないけれど。
それでも送り出してくれたことを、俺はきっと感謝しなければいけない。
「行ってきます」
希望に胸溢れてなどいない。けれどまだ、憂鬱になる必要もないはずだ。
ほとんどの荷物はすでに寮へと発送済みだ。俺は最低限の荷物を持って、最寄り駅へと向かって歩き出した。