『竜王伝説伝』の再掲載をします。新作が仕上がっていない状況だったり、忙しくなってきていたりと最近は慌ただしく過ごしているのですが、これを機に何かやろうと思い、出させていただくことになりました。掲載そのものは不定期なので、次回いつ出すのかはわかりません。予めご了承ください。
というわけで、どうぞ。
『竜王伝説伝』第0ページ目
辺りは薄暗かった。今にも雨が降りそうだ。雲によって日差しは当たらず、夜だと言われれば信じてしまいそうだ。そんな天気の中、今まさに歴史においての大きなピークを迎えていた。それは、
「おい、早く歩け!」
僕は手足に鎖をつけられ、動きが不自由な状態の中、ひげを生やした筋骨隆々なおっさんにそう言われた。顔は強面で見ていて少し冷や汗が出る。顔には縦横無尽に引っ掻き傷のようなものがあり、それはまるで拷問に耐え抜いてみせた猛者を思い浮かべさせた。そんなひげのおっさんは今にも僕を蹴り飛ばしそうな勢いだ。今は勘弁してほしいけどね。僕はそのおっさんに言われるがままに歩いた。
僕はもうすぐ死ぬ。竜王と讃えられていた時代もあったけどそれはすぐに消え失せた。名声から汚名に。一瞬にして仲間だと信じていた人々に裏切られてこうなった。いや、こうなってしまった。
なんでこうなってしまったのだろうか、と僕は考えてみるものの、答えは今もなお出ていない。死ぬまでには答えはでなさそうだ。
「これより公開処刑を行う。これからはこのような罪人が現れぬことを望む限りである!」
マイク越しにこの国、【ナガスティナ王国】国王が全国民に聞こえ渡るようにそう言った。
【ナガスティナ王国】国王は、ひげが長く、頭はツルツルテカテカだ。それはつまりハゲということだね。僕がそんなことを言えば、処刑が早まってしまいそうだけど。
その国王の声にざわめきが起こった。歴史に残るであろう瞬間に今、自分がいることが信じられないのだろうか。それともやっと始まるのかと待ち望んでいるのだろうか。僕としては、どちらでも別に構わない。僕はどちらにせよ処刑されることには違いないのだから。
僕はそんな国民たちを冷めた目で見た。これまで何度となく手を貸すように言われてきたが、何か不都合なことが生じると手のひらを返す。今回だと僕が竜を滅ぼしたことか。人々から恐怖をなくそうと奮闘したのだけどそれは逆効果だった。結果、僕は処刑されることになった。
ほんとに国民たちは何がしたいのか。僕は英雄でもなんでもないというのに。
僕は首をギロチンの前へと突き出された。そんな僕を見て国王は、
「死ぬ前に何か言いたいことを言わせてやろう。まぁ、竜を滅ぼした罪人のことになど聞く耳すら国民は持たないだろうがなぁ」
いやみったらしく僕にそう言ってきた。僕は苦笑いを浮かべる。国王は僕のそんな様子に青筋を立てていた。そんなにシワを寄せたらすぐにシワだらけになってしまうよ。まぁ、僕がそういえばさらに眉間にシワを寄せることになるだろうけど。
「···········」
それにしても一言、か。僕の家族は最後の力を振り絞って隠し通し、どうにか保護してもらっている。この国と違い、奴隷がなく、平和な国だ。上手くやってくれていることだろう。だから心配なことは何もない。
家族に向けてはもう言った。言うことはもうない。でも···········最後に嫁と息子の顔は見たかったな。でも今はもうできない。
なら、
僕が言うことはただ一つだ。
「また竜は現れる!国が怠け、貴族が仕事をサボり、奴隷制度をなくさぬ限り!僕はその時まで生き続ける。たとえ、今日ここから姿を消したとしても!」
汚名をすべてかぶり、僕はこの瞬間に死ぬ。でも、それは無意味ではないのだと僕は信じている。いつしか本当の平和が訪れてくれることを祈って。僕は次の世代に任せることにした。この力もその任せられると判断した人に託そうではないか。
ギロチンで僕は首を切り落とされた。血しぶきが上る前に僕の視界は暗くなった。
僕は死んだ。
◇
ゆらりゆらりと何かが漂っていた。それは何かを探しているようだった。草原が風に揺らされてもその何かは干渉されず、そのままの形を維持している。
何やら声が聞こえた。
『もう800年か。まだこの力を授けられそうな人材はいないなぁ。僕もこの状態をいつまで保持できるのか分からないし、竜神の復活も思ったより早い。僕の封印が解けかけているのだろう。まぁ、800年も経ってるしね。それは仕方がないか。····それだけでなく、竜神宗のヤツらの動きも活発化してきている。対抗手段をすぐに作らなくては手遅れになる』
ゆらりと蠢くそれはそう言って音もなく横へと移動していく。
ゆらりと蠢くそれは800年前に公開処刑された青年の魂であった。なんとなしに処刑される前に言ったことが何というわけかこうして地縛霊のようなものとして800年もの間を過ごしていたのである。これは、青年から見ての話だが。実際は何かのロジックがあるのかもしれない。しかし、青年が持つ知識ではこの状況を完全に理解するには足りない。
殺されてすぐに魂だけが残されたが、青年の肉体はとうの昔に焼却されており、すでにこの世にはない。青年の存在も消されているかもしれない。国民の記憶から。しかし、
『おそらくだけど僕の存在は消されてないと思うけどね』
青年の魂はそう言った。それもそのとおりであった。あの公開処刑は歴史に残されるべき瞬間であったのだから。
『さてと、僕も早くこの力を誰かに授けて次の世代に任せるとしようか』
青年はそう言って動き出した。宛もなくゆらゆらとそれは動いた。
この物語は、竜王が死んでから800年経った時代から始まる。奴隷がなくなることなく今もなお続いていて、一つの国が滅ぶことから物語は始まる。
一人の青年が立ち上がり、竜に立ち向かうための力を手にした。かつて竜王が願っていた本当の平和を手にするために。
竜王は死んだ。けれど、竜王の願望は、意志は消えていない。消えることなく引き継がれ、やがて人びとは知ることになるだろう。
竜王の伝説は永遠のもので決して消えやしない、ということを。