「第一幕」
~日常の世界~
・輪花視点。六月二十六日の土曜日。つまりはスウィンドラーがジェミニ、タナトスを伴って懲悪にいそしんでいる日。スウィンドラーが仕事で事務所を空けることがあらかじめわかっていて、ほかに予定もなかったことから、輪花は美乃里との相談を経て、入院している秀斗のお見舞いに行くことにしていた。烏野組などの輪花を狙う組織に見つからないよう、適当な理由をつけて輪花はその日、病院での現地集合という形を取ってタクシーで秀斗が入院する病院に足を運んでいた
・そんなこんなで病室にて、輪花は秀斗が思いのほか元気そうだったことでほっとする。美乃里も顔に表れこそしないが胸をなで下ろしているらしいことがわかる。秀斗は苗山監督にやられてから、後日になって事件が解決したことを知り、生徒会長こと栗栖秋奈も極めて軽傷だったため、事件そのものについてはもう気にしていない感じだった。とはいえ、全身を完膚なきまで打ち据えられたので、どんなに早くても全治二か月はかかりそうであり、せっかく勝ち取った野球部のレギュラーの話はうやむやになりそうだ、としてやや気落ちしていた
・対して輪花は、(誰になるかはさておき)新しい監督に秀斗の実力を認めてもらえればきっとレギュラーになれるよ、と前向きに励ます。美乃里は、友達のよしみだからと、たまに様子見もとい勉強を教えに行くから、と告げる
・そんな美乃里に、秀斗が「自分の苦手な教科を教えてほしいだけだろ」と突っ込むと、美乃里は悪びれもせず「勉強会だし」と返すのだった
・秀斗のお見舞いを終え、輪花は美乃里がトイレに行っている間に帰りはどうしようか、と考える。またタクシーを使うと「付き合いが悪い」と美乃里に悪印象を与えてしまうし、かといって歩いて一緒に帰るとなると危険が伴う。そこで軽くインターネットで交通網を調べ(ここで輪花が最新の人気機種へと携帯電話を機種変したことを説明。若者らしく、携帯電話が新しくなってもすぐに慣れたことも説明しておく(この機種変によってミツキが仕込んだ盗聴用のウイルスが間接的に無力化される))、病院から北へ徒歩5、6分のバス停から真白駅に向かうバスに乗れることを確かめ、それくらいなら、と輪花は帰りの足を決める
~冒険への誘い~
・そのとき、輪花は不意に浮遊感を覚える。足は床を離れている。服の後ろ襟をつかまれ、持ち上げられた――とっさにそう気がつき、頑張って首を後ろにねじると、そこにはあろうことか、須佐美一家の構成員の中でも幹部に収まる男、マーヴィン・ダンがいた
・輪花は驚きながらも、ダンに「わっかお嬢様」と間違った呼び方をされたことにもう何度目かになるツッコミを入れる。それはそれとして、なぜダンがこんなところにいるのか、なんとなく察しが付いてしまう。案の定、ダンの言葉によってこの病院に狙撃事件で重傷を負った須佐美竜苑が入院していることが判明する。同時に、輪花は五月のうちに桂楓一郎と交わした「父親のお見舞いにいつか必ず行く」という約束をすっかり忘れてしまっていたことを、輪花は思い出してしまう
~冒険への拒絶~
・ダンは(約束のことなど当然知らず、ただ家出していた輪花がごめんなさいをしにきたのだと思って)さっそく、輪花を竜苑のもとに連れて行こうとする。心構えもへったくれもない輪花は、楓一郎との約束に目をつむるかのように拒否の姿勢を見せる(じたばたするが、しかしどうにもなりそうにない)
・輪花を無理やり連れて行こうとするダン。するとそこに、美乃里が現れ、190cm超えの大柄な黒人男性を前にたじろぎもせずに輪花を離すようガンを飛ばして威嚇する。ここで美乃里がかつては不良少女であったこと、輪花や秀斗との出会いから徐々にその面は鳴りを潜め、高校入学の頃にはもうただの(?)ギャルもといプロJKになったこと、などを説明する
・美乃里の性格から、こんな場面を見つけて友達を見捨てることなどできるわけがない、と輪花にも納得はできたが、しかし相手は須佐美一家の幹部であり、腕っぷしも見かけどおりに強い。ゆえに輪花は助けてほしい気持ちをぐっとこらえ、ここは病院だからと、美乃里に落ち着くようなだめようとする。しかしそれで輪花の状況が良くなることがないのは美乃里にも明白であり、加えて秀斗の一件からあんなことはもう繰り返させない、と美乃里は思っていたらしく、美乃里に引き下がる様子はまったくない
・病院の廊下にて、一触即発の事態になったところで、輪花にとってはとても恐ろしい声が仲裁に入る。廊下から己が足で歩いてきたのは、なんと須佐美竜苑その人だった
・場面変わって竜苑の病室。相変わらず豪華。かつ竜苑の口から、ここは特別な病室であること、ゆえに茶や菓子、書物などには融通が利くこと、などが語られる。だからというべきか、輪花、美乃里は竜苑に病室でありながら、入院患者に紅茶のもてなしを受けていた。異様な感じに美乃里は感情がほとんど表れない顔を珍しくぽかんとさせていた(輪花は、竜苑には地元の名士の顔があり、こういったもてなしはいつものことだ、として、びくびくしてこそいるが、このもてなし自体にはさほど驚いていない)
・輪花は竜苑が自分で歩けていたことについて、順調に回復しててよかった、などと当たり障りのないことを言う。それに対してダンが、来月の頭には退院できそうだ、ということを輪花に教える
・しかし竜苑は(なぜ輪花がこの病院に来たのかや、今までなにをしていたのか、などの前置きをすっ飛ばして)輪花に、家出はもう終わりにしなさいと直言する。その言葉に、美乃里は輪花が家出をしていたことを初めて知るも、中学時代に輪花から須佐美一家がどういう家系かをある程度聞かされていたので、「(裏で悪さしている)おじさんのせいだし」と輪花を擁護する
・(竜苑にその場逃れの嘘偽りは通じないとわかっていた)輪花は、恐れながらも美乃里に同調する形で、今の須佐美一家には帰りたくない、と正直にこぼす。対して竜苑は、家業を継ぐのは子の役目であること、(一般人の美乃里がいる都合で明らかには言えないものの)須佐美一家の家業(≒真白市の安定した支配)は真白市を守ることにもつながる大業であること、などを理由に反論する
・対して輪花は、いかにもまっとうな感じで説得をする竜苑に納得できず、つい繚乱会のことを――須佐美一家が現在、指定暴力団こと烏野組と、マフィアことRAILと同盟関係を結んでいることをやり玉に挙げ、そんな組織とかかわることを大業だなんて思いたくない、と訴える
・竜苑は輪花が家出している間にそこまでのことを知ったのか、とやや驚く(具体的には、輪花ひとりにそこまでの内情を探ることはできないとして、とりもなおさず輪花にそのようなことを教えた何者かがいる、と確信を得る。それが誰かまではわかっていないし、よもや楓一郎だとはつゆほども思っていない)。一方で、それら二組織を好き勝手に暴れさせない「押さえ木」の役目を須佐美一家が担っているとして、繚乱会における須佐美一家のかかわり方については、けして輪花の思うような悪しきものではない、と断ずる。自らを初代とすれば名士の家系でもある須佐美一家以外にこれの代わりは務まらない、だから真白市を守り続けるためにも次期当主が順当に成長し、跡目を継がねばならないのだ、とも
・話が難しく、複雑になり、なおかつただの家庭内の問題とも言いがたいために、美乃里はろくに口を挟めない。輪花はこれまで見てきた悪人や悪の組織を思い返して、確かにそういった勢力がのさばらないよう《《誰かが》》、《《率先して》》、《《相手をしなければならない》》と、竜苑の主張の一部に納得させられてしまう。だが、そこで脳裏に浮かんだのは、諸悪を懲らす真白の仕事人たるスウィンドラーだった。
ゆえに、輪花は竜苑の意に反して、(烏野組などの悪の組織と戦うのは)須佐美一家でなくてもいいはずだ、自分は多くの人々が当たり前を謳歌する日常茶飯の世界で、和やかに語り合える友人と過ごしていたい、とわがままを言う。わがままだが、しかし輪花にとってはそういったものに寄り添えることは紛れもない自由であり、人としてふさわしい欲求だろうと思っての発言だった
・(多少の差異こそあれ、悪でありたくない、極道はいやだ、といった思いが桜花と同じであることに気づかされ、血は争えないのか、と心の中で嘆息しつつも)輪花の思いの丈を聞いた竜苑は、しかし理由はどうあれ、自分が狙われた事実をもって須佐美一家の次期当主たる輪花にも危険が迫るであろうことを踏まえ、実家に帰るのだ、などと輪花に言う
・対して輪花は、かたくなな竜苑に家出した当時の心境すなわち反抗心をたぎらせ、須佐美の生き方を押しつける竜苑に反発し、「お父さんに頼らなくても生きていけるもん!」と啖呵を切る。そうして輪花は興奮したまま「行こ!」などと美乃里を促し、勢いよく病室を出て行ってしまう
※ここで輪花は「竜苑(父親。あるいは須佐美一家)に頼らない」というスタンスを示す。だが、スウィンドラーとともに逃げるうち、このままではじり貧であることや、そもそもスウィンドラーがこんな目に遭っているのは自分が巻き込んだから、ほかならぬスウィンドラーに頼っていたからだ、といったことを思い、苦悩の末に(スウィンドラーにこれ以上の迷惑をかけないために)「竜苑に頼らない」というスタンスをひっくり返す。それが本章における輪花にとっての、いわゆる「復活」フェーズに当たる
・対して竜苑は、ダンとふたりきりになったところで、輪花がどこで生活しているのかを探る=ひそかに跡をつける仕事を病院近辺で待機させている須佐美一家の構成員に連絡するよう、ダンに命ずる(※この親心ともいえる命令によって、須佐美一家の構成員たちの多くが、のちの御園による命令を「竜苑の意を汲んだ命令」であるかのように誤認し、御園の独断専行を実現させてしまうこととなる)。対してダンは、今から自分がつけたほうが見失わずにすむのでは、と進言するも、たとえ車を使おうともお前では目立ちすぎる、と竜苑に返されるのだった
①日常の世界(旋風視点)(サブ1)
・場面変わって、竹縄旋風視点(日付が変わってるかも)。クーガーイーツの配達をセーブしつつスウィンドラーに命ぜられた「ハイッセム教団」の調査もとい教団員の尾行に精を出していた
②冒険への誘い(サブ1)
・そんなある日、ようやく不審な場面を目撃する。教団員が数人集まって、突如、コンビニの外壁にこっそりスプレーで「|疾風怒濤《シュトゥルム・ウント・ドラング》、参上!」と、ご丁寧にふりがなまで振った落書きをしていたのである
・教団員たちがその場を離れたあとで旋風が確認しても、間違いなくそう書かれている。なにかの偶然か、といぶかしみながら尾行を続けると、やはりその教団員たちは意図してそうしていることが明らかになる
③冒険への拒絶(サブ1)
・別の日には、気弱そうな学生を捕まえて路地裏で暴行を加え、みな口々に「疾風怒濤、最高!」「疾風怒濤、万歳!」などと(いわゆる「徒歩暴走族」のように)言っていた。そのまた別の日には、「疾風怒濤に逆らうな」と書いた紙で包んだ石をこれでもかと投げて表に張り出した衣料品店のショーウインドーを割り、車でさっさと逃走する場面もあった
・まるで旋風には、とっくに解散したはずの『疾風怒濤』の仕業に見せかけて悪事を働いているようにしか見えなかった(動機は旋風の頭ではわからないが、とにかく許せない、と思い至る)。罠のようにも見えるが、それでも旋風は危険を承知で、根気強く尾行を続ける
④メンターとの出会い(サブ1)
・そうしてとうとう、旋風はハイッセム教団の教団員が今まさに『疾風怒濤』を騙って悪事を働こうという場に間に合った。当然、旋風はすかさず飛び出し、店先で大立ち回りを演じ、ひとりを除いた数人の教団員を取り押さえることに成功する
・取り押さえた教団員らは目の前の店の従業員との連携によって警察に突き出された。旋風は「あいつらは偽物だ」「疾風怒濤なんてチームはもうどこにもねえんだ」と従業員に言い置いて、その場をあとにする。しかして旋風は、ひとまず「ハイッセム教団がなぜか『疾風怒濤』を騙っている」という情報を携えて、スウィンドラーに報告に行こう、と思い立つ
・だが、配達と尾行に使っていた自転車のところに戻ると、なぜか自転車のタイヤがパンクさせられていた。子どもじみたイタズラだ、と憤りながらも、旋風は自転車を歩道の脇に寄せ、備えていた簡易の修理キットでとりあえず直す
・少々の時間を使って、旋風はわけもなくパンクの応急処置を終える。だが、突然迫ってきた鎖の先端が自転車に直撃したことで、乗車は叶わない
・がしゃん、と吹っ飛んだ自転車に驚かされたのもつかの間、旋風は前方にフードをかぶった黒いレインコート姿の人物を発見する。鎖を目で辿った先で、その人物が鎖を手にしていた――これだけで、旋風は喧嘩をふっかけてきたのがその人物であることに気づく
・自慢の愛機を壊され(チェーンが思いっきり外れている。直そうと思えば直せる状態ではあったが、それはそれとして)、旋風はいきり立ってレインコートの人物に挑みかかる。しかし相手は言葉ひとつ交わすつもりがなく、もう一回、鎖をすばやくたぐって攻撃しようとしていた
・それを見て、旋風は先攻して捕まえようとするも、建物と建物の間でひそんでいたらしき先ほどの逃げた教団員に奇襲され、ナイフで太ももを刺されてしまう。その後の鎖による攻撃はかろうじて避けられたものの、思わぬ深手を負ってしまったことから、自分ひとりで自転車を壊した現行犯(ついでに自分を刺した教団員)を捕まえるのは難しいことを悟る
⑤第一関門(サブ1)
・旋風は足の痛みをこらえ、背負っていたクーガー用の大きなバッグをかなぐり捨てて、現場からの逃走を始める。同時に警察にも通報して、事態に収拾を図ろうとする。しかしレインコートの人物が旋風の予想以上にすばやく、取っ組み合いに引きずり込まれてしまう。こうなっては通報どころではなく、旋風は我が身をいとわず攻勢を続けるレインコートの人物に対して、逃げつつ反撃するので手一杯だった(教団員のほうは、ナイフの一刺しだけが役目だったらしく、旋風を追うどころかとっくに姿をくらましている)
・レインコートの人物の不意を突いて、旋風は距離を稼ぐことに成功する。なおかつ、少し走れば間に合いそうなところにバスを見つけ、渡りに船といった気持ちでそこに急ぐ。速さが取り柄の旋風とてけがを押して走るのはつらく、己が脚では振り切れないという直感が働いたのである
・どうにかこうにか、旋風はバスに間に合い、バスは発車する。ここでようやく、旋風は一難去ったことを痛感するのだった
・止血のために、腰に差していた黒地のタオルを太ももに強く巻きつけ、旋風は数分バスが走った先で停車したバス停で下車する。それから携帯電話を取り出し、歩きながら警察にあらためて通報し、事情を説明し終え、次は医者に診てもらうべく病院に行くか、と思うも、現実は――《《死神》》は、そう生やさしくはなかった
・普段から耳にしているはずの、車のエンジン音がいやに響く。それどころか、どんどん近づいてくる。ふと旋風はエンジン音に振り向かされ、驚愕する。旋風の視界に飛び込んできたのは、猛スピードで道路を走行する乗用車と、その車のサイドミラーに鎖を絡みつけ、水上バイクさながらに牽引されているレインコートの人物の姿だった
・鎖をぴんと張って、あろうことか靴をアスファルトにこすりながら、それでもレインコートの人物は旋風にまっすぐ迫る。曲がり角の先でも、すぐ横にある建物にでも逃げ込もうと、そう旋風は思ったが、脚の痛みによってほんの少しの間だけ、動けなかった。たった数秒、それが命取りとなり、旋風は猛スピードで牽引されながらタイミングよく跳躍したレインコートの人物に頭を後ろからつかまれ、車の勢いでぐんと体をのけぞらされ、前方に思いきり押し飛ばされてしまう(その拍子に鎖が電柱に絡んでぶち切れる)
・そのまま顔面から歩道に激突し、旋風は激痛で目をふさぎ、手足の激しいしびれを覚える。もはや逃げる力はない。立ち上がる力など言わずもがなであり、通行人がめいめいに悲鳴をあげる中ですばやく逃げ去るレインコートの人物に旋風は声ひとつかけられなかった
・ふと、旋風の脳裏に、学生時代に自転車で暴走したあげくにすっころんだ光景がよぎる。旋風はそれを走馬灯のようにとらえ、しかして速さに固執するあまり、自分としたことが死に急いでしまったのだろうか、と後悔しながら意識を落とすのだった