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近況ノート小話『もうすぐGW』

【このお話はフィクションです。『君は今日も斜め上を突き進むっ!』の中の一エピソードがネタ元です】

 息子のケンタが学校から帰ってきた。正確にはまだ家に着いていないが、家の前の道路から威勢のいい声が聞こえてきたからわかる。

「じゃあなー。ばいばーい」

 子供というのは体より先に声が帰ってくる。私は手にしていたスマホをテーブルに置き、おやつのホットケーキを作るべく立ち上がった。

 スマホの画面には、小説投稿サイト『カコヨモ』のワークスペースが表示されている。私はこのサイトに小説を投稿しており、家事や育児の合間にせっせとスマホで小説を執筆しているのだ。いわゆる『web作家』というやつだ。

 作家、なんていうと格好いいが、どんなに書いても、殆ど読まれない。スマホは連載中の小説のPV、『3』の数字を私に見せつけた後、黒い画面に変わった。

 *

「ママ、今日はね、さんすうで足し算やった」

 ケンタはホットケーキにメープルシロップをどろどろとかけながら、得意そうに話し出した。

「へえ。あの『さんすうセット』は使った?」
「つかわなかったー」
「ええ⁉ あんなに苦労して名前つけたのに使わなかったの⁉」

 「さんすうセット」とは、小学生が算数を学ぶときに使う教材なのだが、細い数え棒だの指先くらいの大きさのおはじきだのが大量に入っている。それらすべてに名前をつけないといけなかったのだが、これがなかなかの苦行だった。

 油性ペンで一個一個、「くが」と苗字を書き込んでいく。
 「くが」「くが」「くが」「くが」と百単位で書き込んでいくうちに、苦痛を通り越して悟りを開きそうになったものだ。
 あんな思いをしたんだから、授業ではがっつり使ってもらわないと困る。

「ママ、おやつたべたら公園行こー」

 口元に牛乳の髭をつけた笑顔で、私を見る。

「えー……」

 反射的に、そんな声が漏れる。

「え、だめ?」
「う、ううん。いいよ。でも宿題やってからにしようか」
「はーい」

 無邪気に右手を上げるケンタを見て、少し胸が痛む。
 今、「公園に行ったら小説が書けない」と思ってしまった。それなのにケンタは、素直に私の言うことを聞いてくれた。

 私の一番の趣味、「小説書き」が、このところ全然できない。ケンタの小学校の入学準備もあったし、入学したらしたで色々とやることがあった。
 それらがやっと一段落、と思った途端に、ゴールデンウィークときた。

 ケンタは今のところ、宿題は自分でできるので、私がしているのはチェックだけだ。だから宿題をやっている間は小説が書ける。

 私は今、胸の痛みを自覚しながら、自分の都合を考えている。

 *

 ……と思っていたら、私が洗い物をしている隙に宿題を終わらせてしまった。

 いや、いいことなのだ。宿題が終わるのが早いということは、勉強でつまづいていないということなのだから。いいんだけど。だけど。

「おわったー。公園行こー」
「ちょ、ちょっと待ってっ」

 スマホを見る。白い画面は相変わらず『PV3』を見せつけてくる。
 昨日も3。一昨日も3。既に何話も書いているのに、PVは第一話の3だけで、フォローはゼロ。

 このサイトを利用して随分経つのに、もう何作も長編を書いているのに、読まれない。
 どんなに書いても、思いを込めても、読まれない。
 この小説を読んでくれた人が、わくわくしてくれたらいいな、どきどきしてくれたらいいな、と思いながら書いているけれども、読まれない。

 使われないさんすうセットの名前つけを思い出す。

 画面を消して、ワークスペースを開く。また消して、開く。
 PVもフォロー数も変わらない。
 最終更新日は二週間前。今日、更新できれば。もっと更新すれば。そうすれば読まれるかもしれないのに……。

「ぼくは」

 ケンタの声で我に返った。彼は牛乳の髭のついた、悲し気な顔で私を見上げていた。

「ママとあそぶの、楽しいよ」

 一度俯き、再び私を見る。

「ママ、ぼくと遊ぶの、楽しい?」

 語尾が微かに震えている。

 自分のしでかしたことに気づき、心の中で自分の頬を張り飛ばす。

「勿論よ」
「でも……」
「ごめんね。ママ、スマホ見過ぎだねえ。でもケンタの顔を見るほうが百億倍大好きだよ」

 ケンタの目を見て微笑む。ケンタお気に入りの緑と黒の市松模様のマスクを取り出し、つけさせる。

 今日は、ケンタが寝るまでスマホ禁止にしよう。

 *

 夜、ケンタが寝た後、『カコヨモ』の近況ノート作成ページを開いた。
 私の近況ノートなんて誰も読んでいないだろうが、一応書いておこう。

 *

こんにちは。マミです。
現在連載中の小説『月とスッポン―飛べない鳥、吸血鬼を討つ―』ですが、更新はGW明けとなります。
のんびり更新で申し訳ないですが、お待ちいただけますと嬉しいです。

物語は最終章に入っています。
GWのおともに、是非読んでみてくださいね♪

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894862801

【おしまい】


(上記のURLは『月と蜂蜜―飛べない鳥、鬼を討つ―』のものです。GWのおともに、是非読んでみてくださいね♪)

4件のコメント

  • ケンタくんも、ママも、ついでに部長も好き(^ε^)-☆
  • うるうるうるうる……。
    おはじきの名前……、まち針の名前……。
    ケンタくんのマスクは、ひょっとして、人気アニメキャラの服の模様で、ママの手作り?
    (『月とスッポン~』も読みたーい!)
  • たまひよさん
    こんにちは(о´∀`о)ノ

    この家族のこと、好きと言っていただき、ありがとうございます♪

    わ、部長までヽ(´▽`)/
    このお話では、部長はまだ、仕事から帰ってきていないみたいですー。
  • 静流さん
    こんにちは(о´∀`о)ノ

    うふふ(о´∀`о)おそれいります。

    (さんすうセットの名前つけ……)

    ケンタのマスクは手作りです。
    はい。お面ライダー卒業後、今は某鬼退治アニメにはまっているようで、よく友達と刀を振り回しています笑。

    (月とスッポン……。てことは、ヒーローがスッポンみたい、なのか……)
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