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新作『月架のヘルデルーテ』お試し版

こんばんは。

10月末の北海道の朝は寒いです。
週明けには、街にも雪が降りそうです。
少しでも遅い積雪を願うばかりです。

さて、今回は『サポーターさま先行公開』した新作のお試し版を載せます。
魔女狩りがモチーフの復讐譚なので、陰惨なシーンも出て来ます。
本編連載に行きつけるか分かりませんが、とりあえずプロローグを二回に分けて披露いたします。



 ◇ ◇ ◇


【プロローグ・教導陰にて】

  *
  *

 鐘が鳴った。
 朝課を告げる鐘だ。

 ウールの荒織りの毛布から頭を出し、瞬きをする。
 閉じた窓板の隙間から、一条の月光が射している。
 それは、汚れた光だ。
 
 神さまの名を二度唱え、汚れを払う。
 すると、傍らで眠っていた猫が起き上がり、ベッドから飛び降りた。


「起きる時間だよ。朝課の祈りに遅れないように支度をしよう」
「はーい」
「いま起きるう~」

 子どもたちは、木の床に素足をペタリと落とした。
 指示を出した最年長のアーシュは短い祈祷を唱え、窓板をそっと左右に開く。
 燃え残っていた蝋燭の火を、壁際に並ぶランプの芯に移していく。
 室内は、うっすらと明るくなり――みんなは着替えを始めた。

 窓枠の隙間から見える空は、まだ暗い。
 三日月は中空で輝き、星も瞬いている。

「キリアン、月を眺めていると呪われるよ」
「ごめん、気を付けるよ」

 アーシュにたしなめられ、慌てて窓に背を向ける。
 木と藁で編んだサンダルを履き、麻のシャツの上から灰色のチュニックを被る。
 細長いベルトを腰に巻き、クイッと締める。

 逆立った黒髪を手で撫で付け、木彫りの玉を繋いだ首飾りを掛け、そのヘッドに口付けをする。
 ヘッドには、『天空神アストラヴァン』を象徴する紋章――交差する四枚の羽根が描かれている。
 
 
「厠で用を済ませてから手と口を洗って。それから礼拝堂に行くよ。急いで」
 アーシュは、新入りの子どもの一人にチュニックを着せている。
「キリアン。他の子たちを連れて、水場に行っててくれ」

「うん、分かった。行くよ、みんな!」

 彼は、子供たちを率いて部屋を出る。
 ここに連れて来られたのは、赤子の頃だと聞いた。
 それから十年以上が過ぎた。
 あと三年も経てば正式に受戒し、修道士となる。
 この地を離れ、戒律に従って、祈りと奉仕の暮らしを送る。
 その後は、伝道師となって色々な街を訪れ、神さまの教えを広める。
 
 それが、キリアンの夢だった――。
 
 
 彼らの住まいは、木造の二階建ての古い館だ。
 二階部分は食糧庫にもなっており、猫たちが放し飼いされている。
 五日前に五匹の仔猫が生まれ、ここに住む子どもと同じ数になった。
 司祭と二人の助祭、子どもが十五人と猫が十五匹。
 そして、下男が二名。

 山間の辺境の暮らしは、辛いことも少なくない。
 それでも全員が助け合い、日々の糧を得ている。

 
 舘と礼拝堂は渡り廊下で繋がっていた。
 若い助祭と老いた助祭が、礼拝堂の入り口で子どもたちを迎える。
 
 古い礼拝堂は石とモルタルで出来ており、中はひんやりとしている。
 『天空神アストラヴァン』が地上に降りられる以前のもので、大昔は災禍の神を祀っていたと言う。

 しかし、神さまの啓示を受けた騎士たちによって、汚れた神像は砕かれ、礼拝堂は清められ、今に至ったと教わった。

 祭壇上に掲げられた神さまの紋章と、後ろの壁に描かれた十三人の天使さまの姿は美しく、子どもたちは憧憬の眼差しを崩さない。

 
 やがて――司祭が、横の扉から入って来た。
 四十歳を超えており、髪には白髪が混じっている。
 濃い灰色のチュニックを着て、祭儀用の純白のストラを首に掛けている。

 司祭が祭壇に立つと、子どもたちは横並びに整列した。
 助祭がランプを持って立ち、老いた助祭は神さまに赦しを乞うて椅子に座る。
 後ろには、下働きの男たちも控えている。

 司祭は一同に頭を下げ、身体の向きを変えて、掲げられた紋章に向かって無言の祈りを捧げる。
 アーシュもキリアンも、首飾りの紋章を両手に包み、瞼を閉じて祈った。

 偉大なる神さまは、自分たちを見守って下さる。
 邪悪を遠ざけ、地上に平穏をもたらして下さる。
 そう信じて疑わなかった。

 


 長い祈りも終わり、子どもたちは礼拝堂の椅子に掛けて足腰を休めた。
 
 「みなさん、おはよう。今日も健やかなる日となりますように。では、朝ごはんにしましょうか」
「はい、司祭さま」

 子どもたちは、大好きな司祭に笑顔で返答する。
 昨夜の夕食以降は、何も口にしていない。
 子どもたちは疲れも忘れ、舘の食堂に向かう。
 
 

 長テーブルに付いた子どもたちは、手のひらを合わせて祈る。
 平皿には、茹でたジャガイモと少量の塩と、スプーン一杯の蜂蜜。
 深皿には、キャベツと人参と香草のスープ。
 木のカップには、澄んだ井戸水。

「いただきます」

 子どもたちはスプーンを取り、温かいスープをすくう。
 甘い蜂蜜を舐め、ジヤガイモにかじりつく。
 司祭たちは、笑顔で子どもたちを見守りつつ、スープを口にする。

 飼っている猫たちが足元を走り回るが、食べ物をおねだりしない。
 猫たちは、二階の食糧庫で自給自足をするのだ。
 
 昨日と同じ穏やかな情景だ。
 明日も、同じように笑顔で過ごす。
 ここは、神さまの祝福を受けた地だ。
 悪い人も、悪い神も近づけない。
 キリアンは、そう信じていた。

 
 
 朝食を終え、後片付けを手伝った子どもたちに、司祭は告げた。
「みなさん、今日はお客様が来ます。ですから、森に行って遊んでも良いですよ」

 子どもたちは、わあっと手を上げた。
 掃除や洗濯などの奉仕をしなくて良い。
 晩課の祈りの時間まで、自由に過ごせるのだ。

「キリアン。君がパンを持って行きなさい。アーシュ、川遊びには気を付けるのですよ。必ず岸辺に座って、足を川に浸けて下さいね」 
「はい、司祭さま!」

 アーシュが頷くと、幼い子たちはその手に殺到する。
 みんな、彼が好きだった。
 齢の割にしっかりしていて、来年には受戒して此処を発つと噂されている。
 キリアンは、彼と同じ修道院に入りたいと思っていたが、無理かも知れない。
 でも伝道師になれば、彼の住む街に行くこともあるだろう――

 キリアンはパン籠を受け取り、アーシュの輝く金髪を眺めた。




 一行は、森に通じる一本道を行く。
 森にはシカが住み着いているが、人間に危害を加えることはない。
 
 古い道の周囲は草が生い茂り、みずみずしい香りを放つ。
 神さまを称える詩を暗唱しながら歩いていると――見慣れぬ一団が、左の丘の上を進むのが見えた。

 騎乗の騎士と、従者。
 武装した兵士が二十人ばかり。

 従者の一人は、太い縄を持ち――首枷を付けられた人々を引きずっている。


「あれ、なあに?」
 小さなレッダは、無邪気に首を伸ばす。
 が、アーシュはキリアンに合図し、急いで子どもたちを伏せさせる。

「みんな、黙って」
 キリアンも、ラアルの口を押えた。
 噂には聞いていたが、見るのは初めてだ。

「『贖罪の尼僧』……だよね」
「うん……」

 アーシュは、草葉の陰から行列を睨む。

 首枷で繋がれているのは、七人の『女性』たちだろう。
 髪を剃られ、両目と耳を潰された『魔女』たちだ。
 粗末な麻の服一枚で、裸足で百八の礼拝堂を回り、贖罪の旅をするのだ。

「……あの人たち、金髪なんだよね」
「たぶんね」

 金髪の女は魔女――。
 
 それは常識だ。
 生まれつき『月の魔力』を持ち、『魔女の神』を信仰し、人に危害を与える。
 ゆえに、天空の神さまに仕える『天照騎士団』は、『魔女』を処罰する使命を帯びている。

 
 キリアンは、『魔女』たちを眺めた。
 遠目で表情は分からないが、両目の周りが赤い。
 火傷の痕のようにも見える。
 
 そしてアーシュは……自分の金髪を撫でていた。
 短めに切っているが、その輝きは隠せない。

「……大丈夫だよ、アーシュは男の子だし」
「……ありがとう」

 アーシュは微笑んだが、二人とも同じことを考えている。
 彼を産んだ人の髪色を――。
 
 その人が金髪であったなら、その人はどうなったのか――。
 連行されている魔女たちは、これからどうなるのか――。

 見上げた空は青く、けれどどんよりと頭上にのしかかって見えた。



  ――続く。


  ◇ ◇ ◇

お目汚しでございました(*_*;

ここまでで、三千文字前後です。
予想より長くなりましたが、この続きは後日の近況ノートで公開いたします。
まだ設定が練り切れていない部分もありますが、とりあえず形にした次第です。

 
そして日付けが変わり次第、『日記・エッセイの本棚』企画を立て直します。
よろしくお願いいたします。


 mamalica

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