こんばんは。
取り急ぎ、前話の続きです。
不覚にも、二話では終わりませんでした🙇
◇ ◇ ◇
外伝 ――『水淵の姫・其の弐』――
「だずげでえええええっ!」
黄泉千佳は半泣きで叫んだが、『水影月』はスルリと壁から抜け出し、二人は対峙する形となった。
黄泉千佳は背を壁に密着させ、懇願する。
「ごめんなさい、許して、許してっ!!」
「はーん? お前は別に悪いことはしてないよ? それより、下を見てみなよ」
言われて目線を下に向けると――ひと筋の水が、ドアの下から流れて込んで来た。
「ははははははっ!」
『水影月』は、黄泉千佳のベレー帽を引っ掴み、水の上に落とした。
すると、ベレー帽から白い煙が上がり、焼けた臭いが個室に立ち込めた。
ベレー帽は溶け始め、泡を発して縮んでいく。
「ひいいいいいいっ!」
黄泉千佳は足踏みして下がろうとするが、狭い個室で逃れるスペースなど無い。
『水影月』は笑いながら、刃の先で床を突く。
「私は水使いだよ。黄泉の水を呼び込むことも出来る。これは極めて濃い水でね。あんたみたいな粗末な人形は、濡れたら溶けちゃんだよ。はっはっはっ!」
「ななな……ナシロっちぃ!」
黄泉千佳は飛び上がり、トイレの壁の上部にぶら下がった。
が、それ以上は動けない。
トイレの壁と天井の狭い隙間に身体を押し込むことなど出来ない。
見ると、個室の下部に水が溜まりつつある。
流れ込む水は勢いを増し、ドアの下の隙間が完全に水没している。
「あああああああっ!」
黄泉千佳は、必死で膝を曲げる。
すでに、ぶら下がっている腕の指先は限界に達している。
水位が膝下に達する前に、下に落ちるのは確実だ。
全身の筋肉をピクピクさせ、懇願する。
「お願い、何でもします! 許してっ!」
「じゃあ、死にな! あのクソ名月を絶望させるのが、私の望みだよ!」
「どうしてですかっ!」
「さあ? ただ、あのクソ名月が悲しめば良いんだよ!」
水位は、『水影月』の足首まで達している。
しかし、術を掛けている本人にはダメージは無いらしい。
「あああああ……ああ……」
黄泉千佳は目を見開き、天井を見上げた。
指先の痛みは限界を超えている。
もう駄目だ、と目を閉じた時――
耳をつんざく音が鳴った。
ふわりと浮き上がり、身体が何かに引っ掛かった。
「ああああっ!?」
黄泉千佳は目を凝らす。
個室の壁は消え、そこには樹木が生えている。
身体はその樹木に引っ掛かり、宙に押し上げられていた。
見回すと、周囲には果てない湖が広がっている。
そこには、ぽつんと生えた太い樹木が一本だけ。
上には水灰色の空が広がり、冷たい風が吹き付ける。
「……ゲスイねえ」
振り返ると、紫の水干を纏い、烏帽子を被った女が後ろに立っている。
「こんなカエルを潰したところで。メシがマズくなるだけだろうに」
「……あ……ああ……」
黄泉千佳は、女の顔を見つめる。
蓬莱天音に似た顔だが、雰囲気がまるで違う。
自分を襲った『水影月』同様に毒々しく――けれど、こちらは不思議な高貴さを醸し出している。
「おい、カエル女。泣くなよ。泣いた顔をクソ名月には晒すな!」
「は、はいっ!」
紫水干の女に命ぜられ、黄泉千佳は目元をこする。
「ふん。クソが!」
『水影月』は刀を構え、飛び上がる。
紫水干の女――黄泉姫も抜刀し、『水影月』の刀を易々と受け止めた。
同時に樹木の枝が広がり、湖の上に網目状の舞台を描き出す。
黄泉千佳の周囲にも枝が伸び、鳥かごのように彼女を覆った。
「カエル女、騒ぐな。気が散る!」
「はいっ!」
黄泉姫の言いつけに頷き、黄泉千佳は口を押さえる。
「クソ姫とやら。術士とは云えど、近衛府四将の剣術を舐めるな!」
「だな……」
『水影月』の妖しい笑いを――黄泉姫は受け止める。
近衛府の術士の剣術は侮れない。
「なれど、我が剣術も侮って貰っては困る。我が母は、近衛府で剣士の真似事をしてたからね」
黄泉姫も刀を構え直した。
◇ ◇ ◇
続きは、次回の近況ノートに掲載いたします。
お読みいただいた皆さま、ありがとうございます。
それにしても『クソ名月』を連呼される主人公が不憫だ🥺
mamalyca