ふう。プロフィール他にも書いたのですが、オリジナルものの
小説執筆自体、実に8年ほど前に本格的に書き始めたばかりで、
それも例の3・11以来、現実は虚構より奇なり。という強烈な
体験の後、本当にずっと書きかけのまま凍結状態となっていた本作。
満を持して?こちらのカクヨム様にて駄目元で応募がてら、自分
自身にようやく再開の号令をかけたものの。今もって試行錯誤中、
ああでもないこうでもないと考えに考えながら書いているもので...
書きながら考え、考えながら書く。とても最初からラストまで
全ての青写真が見えているわけではなく。そういう実に曖昧模糊
とした実験的な書き方で(もしいらっしゃるとすれば)本当に読者の
皆様には申し訳ない作りであると作者自身激しく反省してもおります。
でも、それだけ非常に難しい題材なのだと自身でも思います。
そしてある意味ではとても危うい、そういった類の作品でも。
だから単なる娯楽として、小説作品自体を純粋に楽しみたいという
方々には、尽くスルーされてしかるべき宿命を背負っているとも。
筆者にとって物語とは、それそのものを架空のお話として
そのように純粋に楽しむものでありながら、けれど特に今回の
作品は作者自身が思うがまま、当たり前にある世の様々な物事
について、あまりに素朴な疑問として文章に綴りぶつけたものに
すぎません。...だから様々に熟考しながら書き、書きながら考える。
神々・信仰・日本そして人の心。もしもそれらを作品によって
深く突き詰めることが、上述のあまりに危険な行為であるなら。
でもそれ自体は作者が一人の人間として当たり前に思い、解明したいと心から考えた末の行為であればこそ、ここにこうして立ちあらわれ、
これまで時間をかけ書き綴ってきた、長い長い物語に他なりません。
作者自身が幼少時より慣れ親しんできたアニメーションの世界。
そしてオタクと自他共に揶揄すること。今の年齢の時点では、
ある程度それらから距離を置くことをしながら、同様にこれまでも
断続的に触れつつ自分なりに考察を続けてきた、世界や宇宙といった
様々な物事について...そういった諸々が自ずと反映された本作。
創作とは純粋に自分自身が楽しみつつ生み出すものでありながら、
同様に様々な思考の狭間に目に見える表現として表出してくるもの。
一昨日のサイトオープンから、つらつらとページを眺めながら、実に
これだけの数の作品が集まり、そしてその数だけ自ら作品を自由に
生み出そうとしている人たちがいる。その事実は実に驚くべきこと
だと思います。特に(多分)自分より一回りもふた回り以上も若い方々。自作も含め上手い下手そして人気があるなし関係なく。それこそは、「自ら物語を生み出したい」という強い欲求のなせるがワザに他なりません。
その事実に優劣などつけることはできない。たとえ誰にも読まれなくても(勿論読んでくれるに越したことはなくとも)物語を綴ることで
少しずつ見えてくる何か。その行為はもしかしたら自分自身そのものを
見つめ、ありのままに形作っていくことでもあるのかもしれない。
私自身(物語という形を取らなくても)そうやってこれまでも、
独りの時間を様々に文章を書き連ねながら思いのままに埋めていき、
「考える」という行為自体を豊かに蒸溜していくことで、密かに
揺るがぬ自分自身というものを形作ってきたと思います。だから
書くこととはそのまま、自己を育て成長させていくこと――。
個人的にそれはあまりに情熱的な行為だったと振り返ります。
それだけで一つのストーリーになることを知って以来、もしかしたら
小説を書くことは、それほど難しいことではないのではないか?
そう思い立って以来、おこがましくも密かにその舞台に立たせて
いただいております。これは詩(作詞)などにも言えることですが、
優れた作品に触れ感動を刻み込むことは、何よりの創作の第一歩であると。
それは勿論、小説やアニメーションなども同様で、だからか拙作にも
様々な過去のアニメ体験などが反映されているのは見ての通り。
これからの時代は、何よりそういった広義の創作などの自己表現が、
多くの人の心それ自体を救い、そして自ずとその文化が世界そのものも
潤わせていく。とは、とある占星術家の方の弁ですが、それは多分これからも今までも、ずっと変わらないような気もしています。何より
筆者自らが、それにより自分自身の孤独な魂を救われてきたのだから。
創作は未だもって試行錯誤、成長過程の五里霧中。
たとえそれが完結しない物語でも、その中で人は何かを見出す。
書くことは生きること。私自身にとっても変わらないその事実が、
多くの方の生きる指針と糧となることを願って。
追伸:一応昨日の件を運営様に問い合わせてみたのですが。
今日見てみたら、ちゃんとピックアップにて自作発見!(笑
も、もしかしたらブロック解除?未だ返信はありませんが...
要するに後は「自己責任でやって」ということか(汗笑
書くこと=覚悟を決めること、でもあるのだなと暗黙の
プレッシャーが押し寄せる3月初旬、吉日夕。