あてんしょん!!
こちらは仁志水ぎわ様がエッセイ内で募集していた企画への参加作品です。
https://kakuyomu.jp/works/16816452221290903720/episodes/16816700427793300354水ぎわさん、Yプロリレーで一度ご一緒しただけの仲といえばそれだけなのですが、なにやら久しぶりにカクヨムに復帰されたとのことで、私も企画の賑やかしに参加させて頂きました。
それではお楽しみください。
【#疾走! 背脂パンダ】
パンダは走っていた。白と黒の毛並みが風に流れてゆく。
息が上がる。目の前がゆがむ。しかし止まれない。なぜなら背後から―――
「待でやごるぅぁあああ!!!」
「今日こそケジメつけちゃるぁあ!!!」
世にも恐ろしい形相をした、二匹のレッサーパンダが追いかけて来ているからだ。
「や、やめろ、話せば、話せばわかる!」
パンダは、つまり一頭のジャイアントパンダは、切れ切れの息で辛うじて背後に叫びかける。
「じゃかぁしぃんじゃこのデカブツが!」
「明日の朝にはテメエの駄肉ぅ市で売り捌いちゃるけえのぉ!!」
背筋に走る悪寒に凍り付きそうになったパンダだったが、それで足を止めては元も子もない。必死に背脂を波打たせながら走り続ける。
「や、やめろ! ジャイアントパンダの肉なんて売れるわけがない! ワシントン条約を知らないのか!」
「安心せぇ! 何の肉だか分からんくらいに小間切れにして豚と混ぜちゃるぁあ!」
「ふざけるな! グラム単価が違う肉を混ぜたら市場が混乱するじゃないか!」
「安心せぇ! ここは天下の中華人民共和国じゃあ!」
「そうだった!!」
(く、くそう。完全に論破された。この超大国が今さら辺鄙な市場の食品偽造なんか問題にするわけがない)
悔しさに歯噛みするパンダの頬を笹の葉が掠める。
もうどれほどこの竹林を疾駆しているだろう。このままでは、林を抜け、人里に出てしまう。
大体、なんであの二匹がパンダを執拗に付け狙うのか、パンダ自身には全く身に覚えがないのだ。
そうだ、なぜジャイアントパンダの自分が、あんな、あんな――。
「あんな、劣等種ごときに……!!」
「「そういうとこじゃ貴様ごらぁ!!!」」
背後の殺気が増す。
パンダはますます混乱しながら後ろに語り掛けた。
「ええ!? 僕が何か変なこと言ったかい!?」
だって!
だって、名前がそう言ってるじゃないか。
劣った(レッサー)パンダだって言ってるじゃないか。
「ふざくなよ貴様ぁ……!」
「ことあるごとにレッサーレッサー言うてワシらを馬鹿にしよって……!」
「ワシらのサイズが基準なんじゃボケカス! てめえらだけ勝手にジャイアント名乗っとりゃいいじゃろうが! なんでワシらが劣ったことになっとんじゃ!!」
「その理屈なら馬場正平以外の馬場さんはみんなレッサー馬場じゃろうが!!」
パンダは戦慄した。
まさか自分はそんな理由で殺意を向けられているのか。
「だって! 君らにできて僕らにできないことなんてない! たかだか後ろ足で立ったくらいでチヤホヤされてたのがその証拠じゃないか!」
「風太の兄貴ぃコケにするつもりならいよいよ容赦せんぞ貴様ぁ!!!」
びゅん。
パンダの頬を何かが掠めた。
目の前の地面に突き刺さったのは、竹を割って作った即席の投げ槍だ。
「どぅぉら!」
「ぜぃやぁ!」
一匹が竹を割り、もう一匹が爪でそれを研いで槍にしていく。
「ひ、ひぃ!」
出来た端から投げつけられる槍が次々と白黒の毛皮を掠めていく。
パンダの逃げ道を塞ぐように、竹槍の雨が降り注ぐ。
ここは竹林。弾は無限にある。
ダメだ。飛び道具まで持ち出されたらもう逃げきれない。
彼らが何に怒っているのか何一つ分からないが、どうやらここまでのようだ。
(ああ。ごめんなさい。お父さん。お母さん。子孫を残す前に命を散らす僕の不孝をお許しください……)
しかし。
「あれ?」
いつの間にか、竹槍の弾雨が止んでいた。
そういえば先ほどから罵声も届いてこない。
恐る恐るパンダが振り返れば、そこには二人仲良く竹槍づくりに没頭している二匹の姿があった。
「えっさ!」
「ほいさ!」
流れるようなコンビネーション。
小さな手足を器用に動かして、二匹の小動物が上手に竹槍を作っていく。
「えっさ!」
「ほいさ!」
「えっさ♪」
「ほいさ♪」
「わぁ、可愛い!」
「「し、しまった! つい愛玩動物としてのサガが!?」」
配信すれば激バズ間違いなしの動画が撮れたはずだった。
ただ、あいにくとこの竹林にいるのは一頭のジャイアントパンダだけだ。
彼は、ぜいはあと荒い息を吐きながら、竹槍の山を抱えて身構える二匹のレッサーパンダに歩み寄った。
「も、もうやめよう。名前なんて、どのみち人間が勝手につけて呼んでるだけじゃないか」
「な、なんじゃぁワレぇ。今更手打ちになんぞできるかぃ」
「さっきの芸、すごく可愛かったよ。僕たちにはできない」
「じゃ、じゃかぁしいわ。急になんじゃぁワレぇ」
パンダは両腕を開き、そのもふもふとした毛皮を広げた。
「僕たち、お互い人間に愛玩される仲間じゃないか。役割の違いさ。ぼくはゆったりした動きとこの独特の毛皮模様で人気を集める。君たちはそのちょこまかした動きで愛嬌を振りまく。どっちが優れているとか劣っているとかじゃないはずだよ」
「ふ、ふん! 何を当たり前のことを言うとるんじゃ」
「最初からこっちはそげなこと分かっとるっちゅうんじゃ」
目の前の小さな襲撃者たちが徐々に落ち着きを取り戻し、心を開き始めている感触にパンダはしめしめと内心でほくそ笑んだ。
「僕たち、人間の創作物の中でも人気じゃないか。僕はほら、格闘ゲームにも出てるんだ。あれのモデルになった子、知り合いでさ。君たちだってすごいよね。アベンジャーズに出ちゃうんだもん」
「「ん??」」
「いやあ、そこはこっちの負けだよね。僕らの仲間もまだアメコミでは活躍して、ない、から……」
「「あれは……」」
「え? あの、二人とも?」
「「あれはアライグマじゃぁぁああボケぇぇぇえええ!!!!」」
竹槍の投擲が再開された。
「ええ!? ご、ごめん! 小さいから見分けつかなくって!」
「そういうとこじゃ言うとるじゃろうがドブカスごるぅあああ!!!」
一頭と二匹の追いかけっこは、まだまだ続くようであった。
とっぴんぱらりのぷぅ。