その歩行者専用道と国道が交わる交差点は、オフィス街のど真ん中にある。
ほぼ東西に走る国道と、それに対して直角に交わる歩行者道。
正午を少し過ぎたこの時間、高層ビルの陰は歩行者道に対して斜めに差し、わずかでも涼を求める人々はその日陰の中に入るように群れながら信号が変わるのを待っている。
歩行者信号は進め止まれのイコンの両脇に棒グラフ状に残り時間が表示されるタイプ。
俺たちサラリーマンは次の仕事先に急ぐべく、その点灯部分が少しずつ減っていくのを斜に構えた表情で見ている。
俺たちが着ている「クールビズ」は、まるで揃って誂えたスポーツウェアのようで色違いや柄違いでありつつ画一的だ。
ふと車のエンジン音が、競艇場《ボートレース》のモーターの爆音と重なった気がした。
操作するのはハンドルとスロットルのみ、バックギヤどころかブレーキすらない競技専用のボート。
レースはスタート前から始まっている。
ひとたびモーターを動かし始めたらどんなにゆっくりでも前進し始めてしまうから、決められたスタート時間にスタートラインに同時に飛び込めるよう、各々が位置取りと動き始めるタイミングを計らなければならない。
そんなボートが、体や心を壊して潰れるか定年を迎えるまで走り続けるしかない俺たちサラリーマンの姿と重なる。
車道の信号が黄色になる。
歩行者信号のカウントダウンが残りふたつになる。
ビルの陰の一番車道から遠いところにいた連中がゆっくりと歩き出す。
歩行者信号のカウントダウンが残りひとつになる。
遠いところにいた連中は歩く速度を上げて、中ほどにいた連中も歩き出す。
車道の信号が赤になる。
歩行者信号のカウントダウン、最後のひとつはまだ消えていない。
だがビルの日陰、一番車道に近い位置にいた俺たちも交差点に向けて歩き出す。
歩行者信号が青になった瞬間、俺たちサラリーマンの群れは、1秒のズレもなく横一線で横断歩道に踏み出した。
ボートレース式フライングスタートがキレイに決まった夏の日の午後だった。