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『隅の麗人』後書き

 職場が近くでほぼ毎日のように通う場所ということもあり、丸の内という土地には僕は深い思い入れがあります。

 2015年春のとても天気の良い、しかし風の強いある日のことでした。東北は秋田の出身である僕は、東京の街歩きが趣味で、その日も休日に地下鉄千代田線の二重橋前駅で降りて、皇居のお堀を散策がてら行幸通りを東京駅の方へと歩いていました。その当時の東京駅の丸の内側といえば丸の内駅前広場はまだその名前で呼ばれてはおらず、工事用の仮囲いや重機もたくさんあった時のことです。

 現在の行幸通りを一望できる丸の内駅前広場の雄大な景色を夢想し 、美しくも荘厳で立派な丸の内のビル群を眺めつつ、夜のバーで大人の空間とバーボンの芳醇な香りに酔いしれ、ほろ酔い気分で地下の動輪の広場にたどり着いた時には、既にこの作品の登場人物や構想、大まかなプロットはある程度、形になっていたと思います。

 それは正に降ってきたという感覚に近いもので、丸の内という土地柄がそうさせた、きわめて粋な天の采配かとワクワクしたものでした。

 拙作タロットシリーズとはかなり毛色の違ったミステリーとなりましたが『隅の麗人』。読者の皆様、いかがだったでしょうか? 料理に喩えるのも変ですが一度で三度美味しい、形も趣も異なる濃厚にして濃密な中編ミステリー集という触れ込みの三つのフルコースをご用意したつもりです。

 既に一部の読者の皆様からは一話辺りの尺が長編並みに長い、読む人を選ぶ脱力系、無駄な薀蓄が多い、一人称の解説が煩わしい、表現がくどいといった厳しくも有り難いご評価やご意見を頂いております。

 また、本作のトリックや背景その他の描写の仕方や所在に関してもあまり類を見ない形式であろうかと思います。テーマその他にセンシティブな部分や表現も多く、けして奇を衒った炎上や悪意ある目的で仕上げた作品ではないという点は、作者として強調しておきたいと感じ、蛇足の極みですが巻末に一筆添えさせて頂きます。

 本作は本格ミステリーと謳いながらも舞台その他はリアル。フィクションとノンフィクションの比率は7対3ほど。あくまでも本格式と社会派式という枠を越えてエンターテイメントの一つとして描けば、ミステリーはこんなこともできるという内容を盛り込んでおります。

 また、X(元twitter )のツイートやアルファポリスの連載では既に周知されているところなのですが、この作品は物語に画像や実際の写真を挿入したり作者側が実際の俳優の方々をキャスティングし、ドラマ風の画像やカットイン、登場人物の紹介などを作中に挿入するなどした上で話を展開するという手法を取り入れています。

 デザインには『Sketch Guru』というアプリケーションを使わせて頂きました。およそ実現不可能な豪華すぎる俳優やキャスト陣をモデルにしているので、見る人が見れば一目で解ってしまうところでしょう。

 このライター側のキャスティングという手法はweb小説以外ではまず出来ない手法であり、いわゆるドラマや映像作品のワンシーンを追うように読み手側は場面や展開を想像しやすく、書き手側もキャラクターを現実のドラマや映画のように映像作品に寄せた上で会話を展開させやすく、読み手側は想像しやすいという利点があります。

 これは昨今、世間を騒がせた原作者を蔑ろにした脚本家による改変や二次創作を脚本として悪用されない為の措置というよりは、原作者側も実写を想定した場合こういうキャスティングや演出はどうでしょうか、という読み手への新しい提示の形をとった演出の一つです。実質的には挿絵や漫画のキャラクター紹介と遜色のない作りになっています。

 商業目的でない実写画像を二次加工して取り込んだものは静物画やスケッチと同じ扱いで、著作権や肖像権その他の侵害にはあたらない、というある意味で非常にグレーゾーンな部分を逆手に取って描いた形式なのですが、読者の皆様には作者の押し付けがましい一方的な配慮と眉をひそめず、数多あるミステリー作品の一つの表現として自由に物語を想像しながら読んで頂けたら幸いです。

 最終的に描きたかったものは、やはり探偵小説であり、あくまで作品の方向性としては本格ミステリーのカテゴリーに入ってもらいたいというのが作者の願望ですが、最終的な可否や良否の判断はもちろん、読んでくださった読者の方々にお任せするところです。

 ここで今後のシリーズの方向性について少し触れておきたいと思います。書き手側にとっては言わずもがなですが、ミステリーには幾つもの型があり、先達のあらゆる秀逸で重厚な作品群のように、ライトなものからマニアックなもの、難解なものや結末の後味の良さや悪さなども含めて、ミステリーは実に自由でバラエティーに富んだ表現が許された文学であると考えています。

 本作ではミステリーの不変のテーマであるところの死体に主眼を置き、七つの大罪の名に準えて物語が展開し、ガチガチの本格モノの複層的な謎解きに挑戦して頂く“死体シリーズ”。

 第二話のような作中作や暗号やミッシングリンクといったバラエティー性に富んだ謎解きに挑戦して頂くタイプのミステリー。

 そして、第三話のような登場人物達による駆け引きや心理戦、バトルやアクションやドラマ性を重視したタイプのナンバリングに関するミステリーと、それぞれのパートでテーマやミステリーの型、そして謎や物語の傾向をハッキリと分けているのが特徴です。

 ワトソン役の東城達也を記録係に据えハードボイルド風な西園寺和也というアクの強い刑事や警察組織を用い、名探偵と物語の展開を楽しむ伝統的なスタイルを踏襲してはいますが、シリーズ作品としては最初からライト層向けに配慮した作品にはなっておりません。謎解きミステリーでありながら難易度のハードルは非常に高く、それはゲームにたとえるなら、俗に“死にゲー”と呼ばれる、初見でクリアするのはほぼ不可能なジャンルに近いカテゴリーであろうと思います。

 とかく複雑で難解なイメージを与えてしまいがちな読み物という性質上、そうしたマニアックな部分は今後も変わらないだろうと思いますが、読者の皆様に置かれましては、これに懲りずに今後とも難解な事件の謎解きに挑戦して頂きたいと考えております。

 僕が心の師と仰ぐ、とある先生の作品の本は、その分厚さからよく“鈍器”という愛称で親しまれているのですが、この作品は奇想の御大と呼ばれている、とある偉大な先達と我が心の師へのオマージュをweb小説で描いた作品でもあります。私の作風が素晴らしき先達の模倣から始まっている点や作品の傾向から見ても、これも読む人が読めば元ネタが一目で分かってしまうことでしょう。

 食中りを起こしかねない長大な作品となってしまいましたが、無事読者の皆様の胃袋を満足させられたか否か、きっちりとストライクゾーンに収まったのか、やり過ぎのビーンボールで作者が退場となってしまうかどうか、作者としては甚だ不安ではありますが、感想や評価等お待ちしております。

 また、本作の執筆にあたり、素人作家の無茶な要望を快く聞いてくださり、本作の素敵なカバーイラストを描いてくださったイラストレーターの歩いちごさんには、この場を借りて篤く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

 長丁場に渡って連載して参りましたが、最後にここまで読んで支えてくださったすべての読者の方々へ。改めまして最大級の感謝を込めてこの作品を捧げます。本書を読んでくださった全ての皆様にアマリリスと赤煉瓦の大いなる祝福があらんことを…。

 また次回作でお会いしましょう。

2024年7月

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