【番外編:この世界のバレンタイン事情】
中学二年生の三学期。
俺がこの世界に転移してきて初めて迎えた二月でもある。
さて、二月といえば学生には無視できないイベントが存在するね。
「二月十四日、今日はバレンタインか」
教室のカレンダーを見ながら俺はそう呟く。
バレンタインといえば、日本では女子が意中の男子にチョコレートを送るイベント。
まぁ最近は友チョコとか何か色々あるらしいけど、俺にはよくわからん。
そしてこの世界でも基本的な文化は変わっていない。
いないのだが……流石はサモン至上主義世界と言うべきか。
この世界はバレンタインですら、一味違うらしい。
「涼宮さん! 俺にチョコをくれー!」
「はぁ? 誰がアンタみたいな不男にチョコをあげたがるのよ」
「だったらバレンタインチョコを賭けて、俺とファイトしてくれー!」
「上等よ。五分以内に倒してあげるわ」
教室のある一角では、男子が女子からチョコを貰う為にサモンファイトを仕掛けているし。
「高杉君。好きです! チョコ受け取ってください!」
「ごめん。僕には他に好きな子がいるから」
「そんな……だったら、私とファイトしてください! 私が勝ったら、このチョコを受け取ってください!」
「仕方ない。本気で勝ちにいかせてもらうよ」
ある一角では、女子が意中の男子にチョコを渡す為にサモンファイトを仕掛けている。
「ヒャッハー! バレンタインがなんぼのもんじゃー!」
「おいテメェ、チョコ貰ってるだろ? そのチョコ賭けて俺らとファイトしろや!」
「モテる男はサモンで殲滅じゃー!」
廊下ではモテない悲しみが生み出した、悲しき世紀末モンスターが暴れている。
そう、これこそがこの世界おけるバレンタインデー。
チョコを得るも渡すも、サモンファイトで決着をつける。
物騒かつカオスなイベントである。
えっ? 先生は止めないのかって?
……それはね、こういう事なんだよ。
「川井先生! 今年こそチョコ勝ち取ってみせます!」
「武田先生。それなら召喚器を抜いてください。早々に終わらせますんで」
はい、このザマです。
聞くところによると、バレンタインの日はどこの学校もこんな調子らしい。
道理で今日は一日自習のはずだよ!
「はいソラ。今年友チョコでーす」
「わー、ありがとうございます」
「今年は中々の自信作じゃぞ」
それに引き換え、ソラの周りは平和だなぁ。
普通に友チョコ送りあっている。
なんか見てて癒されるわ。
ずっとそんな癒し光景を見ていたいのだけど……どうやらそれは許されないらしい。
「天川君! チョコ受け取ってください!」
「チョコは歓迎です」
「あと付き合ってください!」
「それはお断りします」
ほら来たぞ、追っかけミーハー女子だ。
校内ランキングで二位になってからというもの、こういう女子が後を絶たないんだよ。
「天川君! 私もチョコ持ってきたんだけど!」
「天川君。本命チョコです! 受け取ってください!」
「一所懸命手作りしました! 付き合ってください!」
「将来玉の輿な気がするんで、今のうちに唾つけさせてください!」
信じられるか? これでもまだマシになった方なんだぜ。
あと最後の女子、欲望が漏れてるぞ。
「もう一度言うけど、チョコは歓迎。お付き合いはごめんなさい」
ショックを受ける女子軍団。
だってしょうがないじゃん! 今はサモンが楽しいんだもん!
「それじゃあ」
「チョコと交際を賭けて」
「私と」
「ファイトして!」
うん。この流れになるのは知ってた。
仕方ないよね、サモン至上主義世界だもんね。
「じゃあまず私から」
「ちょっと、何抜け駆けしようとしてんのよ」
「最初は私からよ!」
あーあーもう面倒くさいなぁ。
俺はため息をつきながら、召喚器を取り出す。
「とりあえず全員校庭に出ようや。まとめて相手してやる」
というわけで俺は女子軍団を連れて校庭に行ったのだが……まぁ何をしたかは全員の想像した通りだと思う。
「〈ケリュケイオン〉を召喚! 魔法カード〈召喚爆撃!〉発動! 手っ取り早く無限ダメージであざっしたー!」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
女子軍団:ライフ10→0
ツルギ:一人だけWIN
いや、あのさ……挑むなら効果ダメージ対策くらいしようぜ?
モンスター・サモナーには効果ダメージ対策カードいっぱいあるんだよ?
なんか毎回ワンサイドゲームをすると、俺も少し罪悪感を感じるよ。
「えっと、とりあえずお付き合いは無しで」
「「「でもチョコは貰ってください!」」」
「……はい」
断れない圧力を感じた。
まぁチョコくらいなら歓迎なんだけどね。
そして俺に敗れた同級生女子軍団は、皆で慰め合いながら校庭を後にした。
うーん、なんか悪者になった感じがして心が痛むな。
「さて、じゃあ教室に」
「天川先輩!」
「私たちとも!」
「ファイトお願いします!」
「……」
間髪入れず現れたのは、一年生の女子軍団。
えっ? まだ続くのこれ?
「……あの、時間かかるから全員まとめてでも良い?」
「「「はい!」」」
いいんだ。
じゃあ遠慮なくやらせていただきましょう。
そして数分後。
「〈【紅玉獣】カーバンクル〉を100回破壊。ヒットを100まで上げた〈アサルト・ユニコーン〉で【貫通】ありの連続攻撃です。お疲れ様でしたー」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
一年生女子軍団:ライフ10→0
ツルギ:再び一人だけWIN
だからお前ら少しは対策練れよ!
下手か! 防御思考下手くそなのか!?
このコンボは一回攻撃止められたら終わる、ガバガバコンボなんだぞ!
「……とりあえずこれで、お付き合いは無しということで」
「「「でもチョコは受け取ってください!」」」
「……はい」
だから女子集団による圧は怖いんだよ。
結局チョコ受け取っちゃったよ。
なんか申し訳ないんだけどなぁ。
「さぁ今度こそ教室に戻るぞ」
「「「天川君!」」」
「知ってたよ! 三年生の集団だろ!」
「「「チョコとファイトを」」」
「先輩方もまとめてかかって来いやぁぁぁ!!!」
もうこうなりゃヤケだ。
後先考えずに暴れてやる!
◆
で、三十分後。
「つ……疲れた」
俺はようやく自分の教室に戻っていた。
大量のチョコという荷物付きでだがな。
今、俺の机の上には豪華なチョコレートによる山ができている。
……これどうやって持って帰ろうか。
「モテモテだな、天川」
「速水、少し分けてやろうか?」
「断る。俺も流石に命は惜しいからな」
「薄情者め」
しかし、バレンタインデーだというのに、速水は変わらず勉強している。
前の世界と変わらず、真面目の化身だな。
「速水はどうなんだ? チョコ貰えたのか?」
「色恋には興味がない」
「堅物だなぁ」
「堅物結構。今は受験勉強が大事だ」
まぁその受験勉強にサモンが含まれているんですけどね。
そう考えたらギャグに思えてくるな。
真面目な話だけど、少し笑いそうになる。
すると、教室の扉付近から速水を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい委員長! 一年の子が来てるぞー!」
扉の方に目をやると、速水に似た真面目タイプであろう女子が立っていた。
手には明らかにチョコレートらしきものを持っている。
速水は至って平然とした様子で彼女の元へ行き、チョコを受け取った。
「なんだよ。お前もモテるじゃんか」
「義理だろ。彼女は図書室で勉強を教えただけの後輩だ」
「どうだかねぇ?」
でもまぁ、ファイト無しでチョコが行き渡ってたあたり、あの一年生は幸運な子だろう。
うん……なんか感覚が狂ってきたな。
怖い怖い。
「それで、天川はそのチョコレートの山、どうするんだ?」
「仕方ないだろぉ、頑張って持って帰るさ」
手作りとか食べ切れるかな?
量が量なだけに、滅茶苦茶不安だ。
というかどうやって持って帰ろうか。
俺が頭抱えていると、見慣れた白い髪女の子が近づいてきた。
「す、すごい量のチョコですね」
「ソラ……お前もか」
女子が近づいてきただけで、俺は無意識に召喚器へと手が伸びていた。
「違いますよ! ファイトしに来たんじゃないです!」
「そ、そうか。すまん、ちょっと疑心暗鬼になっていた」
「すごい心労ですね。流石はツルギくんといいますか……」
「こんな事で流石とか言わないでくれ」
普通に疲れたんだよ。
「で、ソラは何用で?」
「はい。ツルギくんには本当にお世話になりましたから、バレンタインのプレゼントです」
そう言ってソラは、可愛くラッピングされた袋を差し出してきた。
「……チョコレート?」
「違いますよ。中を見てください」
俺は言われるがままに、袋を開けてみる。
中から出てきたのはチョコレートではなかった。
「これ、コーヒー豆?」
「はい。ツルギくんコーヒー好きでしたよね」
「そうだけど、なんでコーヒー?」
「えっと、その。きっとツルギくん、色んな人からチョコを貰って、甘いのに飽き飽きしていると思ったんです。だからチョコに合う何かの方が喜んでもらえるかなーって思ったんです」
顔を少し赤らめながら、ソラはそう言う。
ソラさん可愛いな。
いやそれよりも……俺は感動の涙が止まらんぞ。
「ひゃあ!? ツルギくんどうしたんですか!?」
「優しさとか思いやりが、めちゃくちゃ沁みてるんだ」
「そ、そうなんですか」
「ありがとうソラ。めちゃくちゃ嬉しいよ」
俺がそう言うと、ソラの顔が真っ赤になった。
なんで?
「あ、あの、そのぉ、ツルギくんが喜んでくれたのなら、私もすごく嬉しいです」
「本当にありがとう。このままだと糖分の過剰摂取になるところだったよ」
「いや天川。コーヒーを飲んでも糖分の摂取量は変わらないが」
「気持ちの問題だよ」
まぁ実際問題この量チョコを消費するのは大変なのだけど……
ふと、俺の頭の中に一つの閃きがきた!
「なぁソラ、甘いの好き?」
「えっ、はい。好きですけど」
「頼みがあるんだ。今日俺の家に来てくれない?」
「ふぇ!? ツルギくんの家にですか」
「うん。一緒にこのチョコを消費するの手伝って欲しいんだ」
「えっと、それは、いいんでしょうか?」
「だからこうやって小声で頼んでるんだよ。コーヒー豆のお礼もしたいしな」
「そ、それじゃあ。お邪魔させていただきます」
俺は小さくガッツポーズをした。
これでチョコを消費できる!
えっ? 速水は誘わないのかって?
アイツはアイツでチョコ消費する使命はあるので、今日は除外。
「ツルギくんの家、久しぶりですね」
「チョコとコーヒー味わいながら、サモンを語ろうぜ」
「はい!」
満面の笑みで返してくるソラ。
本当にこの子は笑うと可愛いな。
まぁ今は、チョコを消費する目処が立ってた事を喜ぶとしよう。
「赤翼、見かけによらず策士だな」
速水が小声で何か言った気がするが、きっと気のせいだろう。
こうして新しい世界でのバレンタインデーが過ぎていくのだった。