先日行ったアンケートで最も希望が多かったSSです。
剣術大会になりました。
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剣術大会を含む武術大会の催しが近づいている。
生徒会主催で着々と準備を進めているが、特に大きな問題もなく限りなく順調に進んでいた。この生徒会のメンバーで滞ることなど、まず考えられないか。
男子生徒達の中でも、騎士を目指す人間にとっては特別なイベントだ。
将軍の前で腕を披露できる滅多にない機会ということで、ピリピリした雰囲気があちこちに漂っている。
大会の手伝いをしてくれる騎士達は、少し前の自分の姿を思い出し、重ね『青春時代の良い思い出』として和やかに協力してくれている。温度差は大きいけれど。
大会の予選が行われる少し前まで、アーサーは葛藤を続けていた。
だが意を決して、シリウスに相談を持ち掛けたのだ。
折角の剣術大会、自分だって予選から参加したいと言う望みはあった。
だがそれはシリウスが一蹴したようにありえない話だ、ということが分からない程我儘ではない。
王子である自分に剣を向ける貴族の御曹司などいるはずがないし、仮に怪我でもさせたら――と委縮させ、不戦勝になるだろう。
自分の存在で大会自体を台無しにしてしまう可能性を多分に秘めているのだから。
しかしこれはまたとない機会でもある、とも漠然と考えていた。
以前カサンドラが堂々と『身を盾にしても王子を守る』と宣言をした時からずっと抱いていたモヤモヤを、何とか解消したかった。
どんな事態があっても、こちらの都合で彼女の身を危険に晒すのはあり得ないと思う。
そんな覚悟など彼女には必要ない事だ。
自分一人の身の安全くらい確保するだけの自信は持っている。
だが……カサンドラはとても真面目で、責任感の強い女性だ。
いざという時に、本当に身を挺して庇うなんて行動に出てしまうのではないかと、そんな風に考えて落ち着かない日々を過ごしている。
カサンドラと婚約者でいる間に何事もなければいいが、王子という立場は常に危険に備えなければいけない難儀な職業。
いくらお飾りの王族でも、頭の上に王冠を被る可能性がある以上常に敵対勢力は存在するものなのだ、絶対誰にも命を狙われないなんて確約は出来ない。
剣術大会に出れば、カサンドラの前で実際に相応の実力があるから安易に自己犠牲精神を発揮する必要は無い、と理解してもらうことができる。
いくら言葉で尽くしても、こればかりは目で見てもらわなければ彼女も納得してくれないように思えた。
彼女の身の安全を守るという意味で、単独で戦えるだけの技量はあることを知って欲しい。
……だが、それには条件がある。
今、真正面で訝しそうな顔をしてアーサーの言葉を待っている彼を頷かせる必要があった。
無理に我を通して飛び入りで参加なんかしたら後々問題しか残らない。
いや、”察しの良い”シリウスのことを信じ、もう一つの参加動機を彼に勘付いてもらい、納得させなければいけなかったのだ。
「何度も相談を持ち掛けて申し訳ない。
だけど私も、何らかの形で剣術大会に参加したいと思っている」
「――お前も大概しつこいな、アーサー」
シリウスは大きく嘆息をつく。うんざりとした彼に、もう一度素知らぬ顔で打診してみることにした。
「別にトーナメントに最初から参加しようなんて思ってないよ。
もしもジェイクが優勝したら、特別試合の機会を設けて欲しいというだけで。
ジェイク相手なら、シリウスだって文句は無いだろう?」
「もしも、か。
あいつが優勝しない可能性など無いだろうが」
なんだかんだ、シリウスも正確にジェイクの純粋な強さに関しては一目置いている。
彼より剣の腕で”優れた”生徒など学園にはいない、と言う絶対の信頼を持っていた。まぁ、結果など火を見るよりも明らかな話か。
だから仮定の話なんて意味がない、と。
ジェイクが優勝することを前提に、シリウスとしても『特別試合』が行われる心積もりをしなければいけないわけだ。確かに手間を増やすことになる。
「何故そうまでして、たかが学園の行事に乱入する必要がある」
「……いや、大きな意味はないのだけどね。
大会には――将軍も来るだろう?」
そう、意味深長に言葉を選ぶ。
出来るだけ彼に深読みしてもらえるように。
見当違いの覚悟を固めるカサンドラへの示威行為であると同時に、もう一つの理由があった。
シリウスならきっと、|それ《・・》を察してくれる。
互いに相反する内実を伴い、アーサーを葛藤させるに十分な……目的。
「………。
そうか。
……まぁ……お前が、そうしたいというのなら敢えて止めはしないがな。
ジェイク相手なら、お前も慣れているだろう。
好きにしろ」
シリウスの言う「好きにしろ」はそのまま許可の言葉、大会進行のタイムスケジュールに組み込んで、時間内に収まるよう彼が手を回してくれるのだろう。
彼の理解を得られたことは、とても大きい。
「ありがとう、私一人だけ除け者状態も落ち着かないからね」
「……あぁ、そうか」
彼は視線を逸らし、眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
――もう一つの、アーサーの目的。
ずっと悩んでいた事だ。
この条件を満たせるなら、剣術大会に無理矢理参加する大きな意味が出てくる。
条件は、将軍の前で『ジェイクに勝たないこと』。
王太子候補であるアーサーという人間は、三家の人間に対して決して牙を向ける人間ではない、それだけ突出した能力は”ない”。
縦《よ》しんばあったとしても逆らうつもりはないというメッセージを、行動に起こしてダグラスに伝える事が出来るまたとない機会である。
生誕祭のラルフとの合奏でもそうだったが、間違っても『主役』を食うような真似をしてはいけない。
分かってる。
本当は参加などせず、後方で控えて手を叩いていれば目立つことも無いし、三家当主に警戒されることもない。
表舞台に立つのは危険だ、ということくらい。
だが逆に表舞台で一歩下がって相手に花を持たせることが出来るなら――最大限の彼らへの恭順のメッセージになる。
それなりの成果は出す。
が、出来る限り相手の方が一歩上を行くよう印象付けることで、相手に侮られ危険性を持たれないよう立ちまわることが出来れば良い。
そういうアピールをするつもりか、とシリウスが察したのは流石事情やアーサーの事を良く知っている親友だ。敢えて口に出して確認はしない、できやしない。
シリウスは……
これから自分が行う事を『命乞い』だと察してくれたのか。
危険視するまでもない、操り人形になることを受けれるから――
どうか不要な人間として”殺さないでくれ”、と。
母や弟のように、切り捨てられる可能性をなくすためには、彼らの機嫌を伺わなければいけない。
将軍の前で綺麗にジェイクに負けることが出来れば、それは彼にとって最も愉快な見世物になるだろう。
「……そこまでする必要があるのか?」
気まずそうな、シリウスの言葉。
本来言うべき言葉を呑み込み、ぼそっと独り言のように漏らす声。
「折角将軍がいるのだから、ね」
「……変わった奴だな、お前は」
眉間に皺を寄せ、シリウスは腰に手を当てた。
シリウスから見ればアーサーのダグラスに媚びるようなやり方に思うこともあっただろう。
それに特別試合がアーサーにとって奏功するか、ギャンブルに近い。
だが互いに深い裏側の事情を言及するわけでもなく、言葉遊びに終始する。
※
当日になっても、まだ迷っていた。
かなり難しい条件だ。
カサンドラに自分に対し護衛など必要ないと分かってもらいたい、どうか自分自身の安全を最優先に考えて欲しい。
でも……あからさまに無様な姿を見られたいわけではない。
――更に厳しいことに、何も事情を知らないのだろうジェイクに不審がられるような手の抜き方も出来なかった。
本気を出しているように見せかけつつ、イメージを損なわず、負ける事は難しい。
ジェイクがお遊びの試合とは言え、真面目にかかってくれればいいのだけど。
あからさまに手を抜かれてしまったら、負ける事が出来たとしても場の空気は盛り下がるだろう。
勝負事にはいつも真剣な彼の事だから心配するだけ無駄かも知れないが、試合用の防具を身に着けている時まで、ずっと「これでよかったのだろうか」と気持ちは晴れない。
表に出ない方が三家の当主から、無難に”加点”をもらえていたのではないか。
目立てばきっと、疎ましがられる。
全生徒の脚光を浴びる場所に、自分が特別な存在として登場すること自体ダグラスの機嫌を損ねないだろうか?
……だがシリウスにああまで言った以上、今更臆するような言動は出来ない。
一度自分で「そうしたい」と決めた事だ。
「アーサー、用意できたか?」
声を掛けてきたジェイクに応え、アーサーは立ち上がった。
こちらの我儘に彼を付き合わせてしまったようなものだが、快く彼が頷いてくれたのは有り難い。
アーサーが言わなければ、土壇場で呼び出してやろうと考えていたくらいだ、と。ジェイクは笑って快諾してくれた。
それはそれで、身の処し方を決めておらず困ったことになったかもしれないけれど。
彼の分かりやすく、素直な反応が心を落ち着かせてくれる。
「じゃあ、行こうか。
皆を待たせるのも悪いからね」
微笑み返したが――
その直後、二人とも無言で気を引き締める。視線を合わせ、同じタイミングで決闘場へ向かった。
成功すれば見返りは大きい。
自分は立場を弁え、逆らうつもりはないと三家の当主の眼前で伝えるができる。
メッセージ性のインパクトを考えれば、賭けに出る価値はある、と思う。
だがそれはちゃんとシリウスのように言外のメッセージをくみ取り、察することが出来る相手にしか伝わらない。
こんなところにまでしゃしゃりでてきて、そこまでロンバルドに歯向かいたいのか? と思われたら心象は悪化する。
波風を立てないのなら、引っ込んでいる方が良い。
分かっているのに、何故……?
低い円柱状の白い石床の上に、足を乗せてジェイクを向き合った。
だがジェイクは楽しそうに笑っていた、それはいつも通りで。
今更躊躇っていても、棄権するわけにはいかない。
少なくとも、カサンドラの前でそれなりの姿を見せて。
客観的に見て”いい試合”を行えばそれでいい。
ジェイクが手練れであることは誰よりもアーサーが一番理解している。
こんな迷いのある状態で勝てる算段はつかない、どう動くべきか脳内であれこれと考えすぎて目が回りそうだった。
彼に剣で勝つビジョン……?
鍛練の時にものの弾みでそういう状況になったことはあるが、こんな晴れの舞台で彼が勘を鈍らせるとも思えない。
勝ったらどうしよう、なんてそんな心配などもとより杞憂だ。
自分がやると決めたことを、やればいい!
合図役を引き受けてくれた騎士が、手を高らかに上げて叫ぶ。
「――始め!」
細かい事を考えることなく、自然と吸い寄せられるように体は動く。
何年も前から、彼と剣を交えてきた回数分身に動きが刻み込まれている。
どう剣を振ればそう反応するかなど、互いに知り尽くしているようなものだ。
やはり彼の一撃はとても重たく、今日も本試合を行った後とは思えない頑健ぶりを披露している。
真面目に、真剣に。
でも……
互いに『本気』にはなれない。
アーサーはダグラスの目があるから。
ジェイクは、相手が王子《アーサー》で衆人環視の状況だから。
致命傷を負わせるなど以ての外、だから真剣だが相手を捻じ伏せるような戦い方にはならない。
手を抜いているわけではないが、皆の目にはどう映っているのだろう。
剣を合わせるリズム、長年培ってきたタイミングの計り方は剣舞にも見えただろうか。
実際に彼と手合わせをするのは楽しく、これが特別な舞台なのだと忘れそうになってくるほどだ。
緊張などとうに失せ、彼と幾度も剣を重ねていく。
疲労は増していく一方だ。
体力の差はいかんともしがたく、どうしてもこちらに分が悪すぎる。
『王子!』
大きな歓声の渦の中、確かに近くから彼女の声が聴こえた気がした。
まるでその瞬間だけ他に誰も声を発しなかったのかと思う程、酷くハッキリと耳に届く。
剣を持つ手に、一層力が籠る。
自分一人だけ、特別免除で裏に引っ込んでいるのは情けない。
様々な葛藤を差し置いても、この場で剣の実力を”見て欲しい”。
……カサンドラに対し、ジェイクにだって大きく後れを取らない腕を持っていると分かって欲しかったのかもしれない。
だから意地になって、ダグラスの前にノコノコ姿を現わし”命乞い”を選択するような真似をして。
でも自分にだって|矜持《プライド》がある、絶対にこの行動が悲壮と呼べる状態であることを他の誰にも悟られるわけにはいかない。
特にカサンドラには絶対知られたくない。
この茶番じみた特別試合に籠めたメッセージが、剣の達人で――この国の裏事情、王家の現状を全て知るダグラスにのみ伝わって欲しい。望みはそれだけだ。
「……っ……」
眉を顰める。
銀色の剣の切っ先が空気を裂いて、眼前でピタッと制止した。
完全に行動を読まれていたようで――ジェイクのその寸止めは、はっきりとした勝敗を周囲に示すものだっただろう。
王家の価値を徒に貶めることもなく、ジェイクに勝たなかった、という結果を得られ。
そしてカサンドラに声を掛けられ、応援してもらえたことがとても嬉しかった。
決闘場の段差を降り、控室に戻る直前。
後ろ髪を引かれる想いで、チラっと本部席がある方に視線を遣った。
「と、とても素晴らしかったです……!」
いつもの彼女に比べ、珍しく声を張り上げてそう評してもらえたことが――自分でも吃驚するくらい嬉しかった。
自分は良い格好しいなのかも知れないな、と。
表情が緩まないようにするのに、必死だった。
ジェイクと並んで建物内へ退場している最中、彼が小さくぼやいた。
「めっちゃ楽しかったけどさぁ。
お前、本気じゃなかっただろ」
「……そんなことはない、私は本気だったよ」
本気ではないと言われるのは心外だ、本気だった。
上手く”勝たずに終わる”よう必死だったのだから。
まぁ、流石に実際に相対して剣を合わせていたジェイクの目は誤魔化せない。
しかし……本気でなかったなど、良くも言う。
ジェイクも同じことだろうに。
リゼの前ということもある、もっと全力でかかって来てもおかしくなかったはずだ。
互いに思うところがあっての今日の試合。
結果的にアーサーにとって最良の結果になったことは、僥倖に違いない。
「――へぇ」
彼は深く追求してくることはなかった。
言葉にしてしまったら終わってしまう、色々な感情を呑み込んだのだろう。
結局のところ、いくら友人関係でも互いに触れてはならない、知られたくない領域がある。
自分の気持ちに折り合いをつけ、納得させる事が出来るのは自分自身だけだ。
ジェイクは無言で、歩みを速めた。
※
自分は彼女の身を危険に晒しているだけで、何もしてあげることも出来ない。
いくら好意を感じても、それを受け入れることは出来ない。
いずれ婚約者”だった”相手に変わる者同士。
それなのに――彼女の真っ直ぐな好意がこんなにも嬉しいことに気づき、アーサーは大きく動揺した。
自分にとって、彼女は……… どういう存在なのだろうか、と。
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SSのアンケート、ありがとうございました!