(おまけSS・王宮舞踏会)
夏休みが始まってすぐ、国王陛下より舞踏会の招待状を受け取った国中の貴族達が一堂に会する。
地方貴族だろうがそれは変わらず、レンドール地方の領地の一部を所領に持つガルド子爵家も同じであった。
わざわざレンドールという遠い場所から、彼女――デイジーの家族がやってくる。
同じレンドール出身のカサンドラが次期王妃だということでこの辺りの貴族達は大変浮き足立っているようだった。
浮かれているというよりは、今までのように新参者で外様の地方だからと爵位の高低を度外視し、中央の貴族に対して常に相手の反応を伺うような態度から変わったように思う。
卑屈な態度が減ったというのか。
レンドール侯爵家の娘が国の正妃に立ったからといってその一代で何かが大きく変わるわけでも、ましてや中央御三家の権勢が陰りを見せるわけではない。
仮に世継ぎが産まれたとしても、二代続けてレンドールの人間が王妃に立つなどありえないだろうし。
結局はその新しい世継ぎも中央の支配下に呑み込まれていくことは明白だ。
だから自領の姫が取り立てられたからといって、我が世の春というには烏滸がましい。
それでも多少気が大きくなるのは人の心理としておかしくないことだ。
デイジーとしても、親兄弟がたまたまカサンドラと同い年で同じクラスであるから取り巻きとしてカサンドラに取り入って誼を結べと命じた理由もわかる。
自分を庇護してくれる上位貴族の娘が王妃になると言えば、そう言わない親がどこにいるかレベルで当たり前の話だ。
それは構わない。
だが……
デイジーは舞踏会前の待機室にて、従姉妹たちに取り囲まれていた。
同じ学園に通う年齢の従姉は幸か不幸か従姉にはいない。既に学園卒業した従姉達、そして再来年に学園に入学する予定の従妹がいるくらいだ。
彼女達はそれぞれレンドールや、少し離れた所領を持つ地方貴族に嫁いでいたり、また婚約済の従姉妹たちがやいのやいのとデイジーをつついてくる。
まだ正式な婚約者の決まっていないデイジーをからかいにきたというところだ。
デイジー自身は親が未だ決め兼ねているとか何とかで意見を求められているが、一切合切興味が無い。
異性関係のことでデイジーが全く反応しないことにムッと気分を害したらしい従姉の一人が、今度はカサンドラのことでこちらを煽るようなことを言ってくる。
「あんたも大変ねぇ。
我儘お嬢さんの腰巾着なんて嫌ーな役目を任されちゃってさ」
「王妃って言っても大したことできるわけでもないのにねぇ」
「あの性格だし、中央の貴族にチョー嫌われて、側室でも立てられるんじゃないの?
わー、立場なさそう!」
「あはは、それはあるかもね。王様が決めたって言ってもねー。
御三家とか良い気はしないでしょ? 絶対邪魔入るじゃん。
先の無いお妃さまに付き従わないといけないって大変ねー」
散々っぱら言いたい放題の彼女達をデイジーは生温い視線で無言で見渡すことしかしなかった。
もしも自分がカサンドラと同じ学園に通わなければ――同じクラスで、過去に会った知人という立場だけの立場で彼女を判断していたら。
口には出さずとも、従姉妹たちと同じことを考えていただろう。
本当に入学前までは憂鬱な想いがあったのだ。
あまり社交界に顔を出すタイプではないから辛うじてそれなりの対面は保っているが、彼女の評判は決して良いとは言えなかった。
権力を嵩に、地方と言う国王様の目が届かない場所で我儘放題のお姫様のようだと言われていた。
決して優しい人ではなかったし、乱暴な行為こそなかったが嫌味だったり偉そうだったり、まさしく友達にはなりたくないタイプ。
ナチュラルに人を見下す人だなぁ、と遠巻きに思っていたものだ。
うん、良い人ではなかった。それはよく覚えている。
そろそろ、ペアを持つ招待客は会場に降りなければいけない。
婚約者のまだ定まっていないデイジーには、最初の曲を誰かと踊ることは出来ず、二階のバルコニーから会場の様子を眺めるしか出来ないわけだが――
それぞれ旦那や婚約者を伴って待機室から会場に降りていく従姉妹達を見送る。
彼女達は「お先に~」とこちらを見下すような視線でこれみよがしにパートナーと腕を組んでドレスを引きずりながら去って行った。
カサンドラに振り回されて、折角学園に通っているのに男を探したり漁ったりできなくて可哀そうね、と。
デイジーも血縁者ながら引いてしまうような発言を残し、彼女達は姿を消した。
とにかくデイジーはそれどころではない。
カサンドラの晴れ舞台。この日をとっても待ちわびていたのだ。
生憎正式なパートナーがいないので、初曲を彼女の傍で踊る事は叶わないが、その姿は目に焼き付けておかなければ。
※
「ちょっとデイジー!」
舞踏会が終わるやいなや、デイジーは血相を変えた従姉妹たちに再び取り囲まれていた。
今度は全く状況が違う。
彼女達は泡を食ったような様子を隠せず、手を組んで必死にデイジーに祈るように縋ってくるではないか。
「貴女、カサンドラ様とお友達なんでしょう!?
だったら私のことも当然紹介してくれるわよね?」
「私以前一回お会いしたきりだから、その、話しかけづらくて……
デイジーちゃん、従妹同士の誼で取り持って欲しいのー。
私、全然知らなかったのよー」
「貴女、派閥の中じゃあそれなりに良いポジションなんじゃないの? 入学前からの知り合いなんだし!」
「………。」
開場前から今に至るまで、デイジーは一言も彼女達と会話を交わしていない。
ただただ、半笑いを浮かべ彼女達の態度のビフォーアフターに感心していただけだ。
彼女達が目を飛び出させる程驚いたのは、カサンドラが王子と一曲踊った後に連続してジェイクとラルフ、そしてシリウスと踊ったせいだと思われる。
何故に彼らがカサンドラと踊ったのか詳しい理由は分からないが、まぁ生徒会の縁もあろうし。
カサンドラは随分彼らと個人的な親交を持っているようだ。
王子の後にすんなりと誘い、踊るということは彼らの信認を得ていることに等しい。
彼らはカサンドラの事を無視し一切何も関わらないという選択肢があったにも関わらず真っ先に声を掛けたのだ。
嫌っていたり、孤立させようと思えばいくらでもできるのにそれをしなかった。
恐らく学園に通っていた生徒は、そういう光景を納得できたかもしれない。
だがそうでない人間にとっては大きな大きな衝撃だったのだろう。
これを機に、王子に側室を薦めるような動きも止むだろうなと素直に思った。
御三家の意思に反していると思われては彼らも都合が悪かろう。
一体全体、ジェイクがどういうつもりで最初にカサンドラに声を掛けたのかは遠目からなので全く分からない。
あの人は舞踏会など好きではないだろうし、カサンドラが最も話しかけやすいという気まぐれからの行動だったのかもしれない。
それがラルフやシリウスやらもカサンドラに声を掛けるきっかけになったのだとしたら?
……あまり彼の事は好きではない、というか苦手な印象しかないデイジーだが――
この時ばかりは、話は別だ。
「大変残念ながら、カサンドラ様は取り巻きや派閥というものを嫌うお方なんです。
親しくなりたいのなら、直接ご本人とお話をされてはいかが?」
ここにきて初めてデイジーは――満面の笑みを浮かべ、にっこりとそう言い放つ。
ジェイク様、グッジョブ! と。
心の中で彼の”気まぐれ”に感謝しながら。