185話の更新は3日になります。
こちらのお話が10/2更新分ということにさせてください!(←185話を間違って上書き保存した人)
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今年卒業を迎える、最上級生の生徒会役員ビクター。
彼はエルディム派の中でもかなり影響力を持つ伯爵家の次男坊。
妹のシャルロッテという女生徒を一つ下の学年に持つお坊ちゃまである。
生徒会の役員として去年まで副会長を務めていた。
だが今年は王子と共に御三家の御曹司達が揃って入学し、彼らが生徒会の運営の一切を取り仕切るということは事前に決められていたことだった。
現在はただの学級委員として生徒会に名を連ねている。
自他ともに真面目で堅実な青年で、良く言えば誠実。悪く言えば面白みのない男子である。
一応親に決められた婚約者のお嬢さんが一つ下にいるものの、彼女は自分の事をあまり好いてくれていないのか――
ビクターのことなど見向きもせず、シリウスに対してかなりの執心ぶりのご様子だ。
そのあたりを歩いている適当な男子生徒に秋波を送られていては業腹で両家の当主が揃って話し合いという事態にも発展しただろう。
だが相手がシリウスということで、もはや何とも言えずに口を噤んで薄ら笑いを浮かべる他ない。
ビクターはシリウスの事を嫌いではない。むしろ好意的に思っている。
逆に他のエルディム家当主の座を虎視眈々と未だに狙っている他の面々の誰を見ても嫌だ。
自分の兄がもしも後継者に指名されたらと思うとぞっとする。
宰相の嫡男と雖も、彼の後継ぎとなれば優秀でなければ話にならない。
エルディムの当主としてシリウスが他の候補と比べ図抜けて有能な人間であったことは幸いだ。跡目争いの面で大変スムーズで助かる話でもあった。
当主の子が端にも棒にもかからない人材だったら家が傾く、ということでエルディム家は代々当主嫡男への目が厳しい。
シリウスが当主の器にあらずなんて言われてしまっては、人間性があまりにもどうかと思う兄などが選定の場に出てきてしまう可能性があった。
その機会を潰してもらえただけでもシリウスには感謝しているのだ。
有無を言わせず周囲を従えるシリウスという存在に、自分の婚約者が目を奪われるのはある意味当然のことであり。
シリウス当人が一切全く数多の女生徒を歯牙にもかけていないわけで、些末な事で一々憤るような関係性でもないのだ。
ビクターは容姿はそれなりに整っているけれど、平均的に整っているがゆえの凡庸で目立たない生徒である。
彼は黙々と十月の始めに開催されるイベント、『収穫祭』の事前準備を行っていた。
とはいっても、大まかな指示は全てシリウスが出してくれている。
ビクターはその指示を違えることのないよう、細心の注意を払って確認していく。
昼休憩の今、ビクターが生徒会室にお邪魔して行っているのは、週末の試食会に関わることだ。
五十以上の品数が並ぶ当日のイベントの予行演習でもあるその試食会で、それぞれ生徒会のメンバーが試食するメニューを割り振っていた。
一人が全部のメニューを食べることは困難で、必ず一つの品目につき二人以上の試食要員を配置する。
中でもメインのメニューは数人で必ず味を利く必要があり、メニュー一覧を前にペンを動かしていた。
役員の誰もが、適当に割り振ってくれて構わないというものだから……
何でも良いというのが一番困るのだよなぁ、とビクターは眉を顰めて一覧表と睨めっこを続けていた。
本当はシリウスに肉料理は当てたくないが、メインの味から外されれば彼はムッとするかもしれない。
だから魚料理にしてみたが、こちらは味付けが若干辛み成分があるという……大丈夫かな、とビクビクしながら欄内に名前を埋める。
「やぁ、ビクター。
随分難しい顔をしているけれど、どうかしたのかな」
爽やかな笑顔と共に、生徒会室の端っこで眉根を寄せるビクターに話しかけてくる人がいた。
「あ、アーサー王子!」
予想外の人物に、ビクターは慌てた。
役員会ではないのに、昼休憩の時間生徒会室を使う自分の姿が珍しいと思ったのか。邪魔だから寮の部屋に持ち帰れとお怒りなのだろうか。
ぎゃあ、と肩を跳ね上げる。
生徒会室内には先程までラルフと王子、シリウスが自席で書類の確認を行っていた。
だがラルフとシリウスの二人は目が疲れたと呟いた後、休憩だとサロン内に入って行った。それは目で追っていたので知っている。
王子もそこに合流するべく立ち上がったは良いものの――コソコソと端っこで作業をする自分が鬱陶しいと声を掛けて来たのか?
去年までこの生徒会室を半ば我が物顔で使っていたビクターにとって、王子が在室する今の生徒会室は一年前までと全く別空間に変わってしまったようだった。
「大丈夫です!
その、試食会の担当を考えていただけですので」
「ああ、成程。もう今週末だったね。
……メニューも全て問題なく作成できるようで良かったよ」
「そうですね、素材が必要数揃わなければできない料理があってもおかしくなかったですが。
今年は不作などで入手困難という報告は上がっていません」
まさか王子に話しかけられるとは。
遠目から見ても綺麗な人だが、近くで見ると本当にぞっとするほど奇跡の容姿を持っているのだと感嘆する。
同性なのに、何故か無駄に心拍数が高くなった。
「少し我儘を言っても良いだろうか?」
「……?」
一体彼が何を言い出すのかと、ヒヤッと背中が冷えていく。
彼が直接ビクターに頼み事だと……?
全く考えづらい事態に、頭の中が一瞬真っ白にポンっと弾けた。
「私は、キノコ料理が好きでね。
……確かシリウスもそうだったと思う」
「はぁ」
王子がキノコ好きとは知らなかった。
だがシリウスは、言われてみればそうだろうと思う。
あの人は濃い味付けがあまり好きではなく、キノコの淡白さは好ましく感じるだろうと予想が出来るからだ。
「出来れば、一種でも多く私とシリウスに回してもらえるとありがたいのだけど。
……君の采配で、それが可能だろうか?」
「はい、確かに承りました。そのように配置いたします」
その程度の注文なら注文の内に入らない。
「我儘を言って申し訳ない」
「いえ、逆ですよ!
むしろ希望を教えて頂けた方が助かります」
皆わざわざメニュー一覧を見てこれとこれ、なんて指してくれない。
言えば相手をしてくれるだろうが、平の役員であるビクターには中々そのような一任された案件で彼らの時間を煩わせるということが難しかったのだ。
一応、好みに合わせたいとは思っているが……
彼らと親しくないので、好き嫌いなど分からない。
「特に女性陣、カサンドラ様やアイリス様は品数が多すぎては困るでしょうし」
「それならスープやサラダなどを主に担当してもらえばいいのではないかな。
分担されたメニューが終われば、気にせず好きな料理を採ることが出来るのだし」
「そう……ですね、ご意見ありがとうございます」
ビクターは深々と頭を下げる。
すると彼はそのまま隣室であるサロンに入り、彼らとの歓談に移ったようだ。
「ええと、王子とシリウス様は……うーん、確かにキノコがメインのメニューは多いからお願いして……
全部サラダと言うわけにはいかないから、パイ包みはカサンドラ様とアイリス様で……」
彼の手許の紙に、名前がさらさらと埋まっていく。
余ったところに自分の名前を適当に入れれば完成だ。
王子から直接希望があった事は大変ありがたい事だ。
こちらから話しかけるのは難しい、困っている自分を見かねたのだろう王子の厚意にビクターは心から感謝した。
お陰で今日の昼休憩中には何とかシリウスに提出できそうだ。
※
そろそろ試食会も終わろうかと言う、当日のお昼のことだった。
「――アーサー」
若干辟易した様子で、シリウスは隣に立つ王子に小声で話しかけている。
「何かな?」
「いくら秋で……収穫祭とは言え、キノコが多すぎないか?」
「でもシリウスはキノコが好きだろう?」
にっこりと彼は微笑み、彼の疑問を笑い飛ばそうとした。
「……限度がある。」
シリウスはうんざりした様子だ。それでも最後の分担メニューを自身の皿の上に乗せてもらうことに迷いはない。
決められたことを理由なく拒絶しルールを違反するなど、彼には考え付きもしないことだ。
ビクターが作成した分担表を確認し、そのまま裁可したのは自分である。
まさかこんなに偏りがあるなんて思いもしなかった。気づかなかった自分のミスでもあるのだ。
種々様々なキノコがそのままの姿で焼かれ、シリウスの前にごろんと豪快に転がった。