【異世界探偵オリト 第九話 血縁の鎖(仮題)】
(冒頭)
あと一時間したら 言うだけ
お茶しませんかって 言うだけなのに
言えないの ないの ないの ないないないの!
だって だって だって だてだてだって!
言えないんだもんの もんの もんの もんもんもんの!
あたまぐるぐるぐるりの 六時限目
ああもう!
チャイムが鳴っちゃうのに!
六人組女性アイドルグループ『ティエールス』のメンバー、フリエラ・カドナ・シエレツ・ヒディエゴの、第十一世界のアイドルでは最高峰と称される歌声がソロパートを熱く歌い上げ、『ティエールス』の人気曲の一つである『あと一時間!』の一コーラス目のサビを締め括る。
そして始まった間奏に合わせて、軽い身のこなしでひらりひらりと舞い踊り観客を魅了するフリエラを見つめながら、客席のオリトは思う。
ヤン君、かわいい。
(途中)
重い音――。
車?
……まあ、農地もあるし、その持ち主か――。
こちらに向かってくる車に道を譲ろうと、アドハルトがフリエラたちの前に手を出すが、少年が何故かそれを止める。
「迎えです」
異世界探偵社クワツには、こんなところにも味方がいるのか。
アドハルトは手を下ろし、フリエラたちと共に、走ってくる車に正対する。
その車の運転席の窓から、骨格の細い、しかし筋肉の付いた腕が伸びる。
日に焼けた肌に、無数の、獣に噛まれたような傷跡――。
しかし、その痛々しい腕は元気よく動いて手を振り始める。
「おー、こんな所でどうしたー? 迷子かー? 乗っけてってやろうかー?」
アドハルトには、中型のバンを運転する男の言葉が分からなかったが、完全にふざけている調子のその声の主は、がははと大声を上げて笑い、アドハルトたちの前に車を停める。
二十代と見られるその男は第十世界人で、袖無しの腕だけでなく、顔や首、半ズボンの足にも噛まれたような傷があった。
「旅行、です。セム村の、民宿に」
少年がわざと片言にしたナガカル語で答える前に、運転席の青年は「あーそりゃ丁度いいや! 俺、セム村に帰るとこなんだ!」と変わらずふざけながら言って、ぶんぶんと手招きをしていた。
――これが本当に味方なのか?
よくある、ヒッチハイク詐欺師ではないのか?
しかし、思い切り怪しむアドハルトに、少年は大丈夫と頷いてみせる。
自分の娘役の少女も、ぱちりとアイドル顔負けのウインクをしてみせる。
――フリエラ様の行く所ならば、どこへだって行くのだ。
アドハルトは、フリエラとピノを護衛しながら、怪しい男の、泥だらけのバンに乗り込んだ。
【ペット探偵 花岡正治(仮題)】
(冒頭)
「先生! フウが、ぐったりしていて……!」
『夜間救急動物病院はなおか』の夜は、いつも慌ただしい。
今夜も、急に具合の悪くなったペットを抱えた飼い主が駆け込んできた──。
獣医師一人、動物看護師二人が営む『夜間救急動物病院はなおか』は、小さな命を救うべく奔走する。
「志賀くん、フウちゃんを診察室に」
獣医師の花岡昇は、青い医療用ゴム手袋を両手に着けつつ、動物看護師の志賀悠生に指示を出す。
「フウちゃん」
志賀は、ぐったりとして死んだように動かないフウ──白黒・短毛のボーダーコリーの男の子を、ペット用キャリーケースごと静かに抱き上げ、診察室へと運ぶ。
「田中さん、フウちゃんはいつからこんな様子でしたか?」
もう一人の動物看護師、佐々木理香子はフウの飼い主である田中夫妻を待合室から診察室に案内しつつ、患者の様子を聞き込む。
「ええと、夜の七時頃、私たちが仕事から帰ったら、家が二階まで全部ぐちゃぐちゃで」
「それで、リビングの隅っこで動かなくなっていて」
田中夫妻――美沙子と祐一は、勧められた椅子にも座らず、青い顔で必死に説明する。
(途中)
「なめ子はお風呂入らないもん」
花岡の話を聞いているんだかいないんだか、正治(しょうじ)は、首に掛けた、なめ子専用おでかけポーチをうっとりと撫でる。
ポーチ上部のメッシュの隙間から何か動いているのが見えないことからして、なめ子は眠っているらしい。
「なめ子はその代わりに、脱皮をするでしょう。兄さんは脱皮ができないんだから、お風呂に入るんです」
花岡は医療用ガーゼで兄の顔の汚れをどうにか拭こうと奮闘しながら、正論を言う。
「ぼくも脱皮できるもん!」
正治は急にかっと目を見開いてそう叫ぶと、汚い部屋着のズボンに両手を突っ込む。
「ほら!」
ズボンから出てきた正治の手は、薄い何かをつまんでいるが――。
「そんなものを人様に見せるんじゃありません!」
正治に負けない大声で言った花岡は、正治の背中を押して、一緒に処置室から出ていった。
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『異世界探偵オリト』の第九話には、特別ゲストが登場予定です(*'ω'*)
『ペット探偵 花岡正治』の方は、今のところは短編になる予定です。
「ピノ」や「なめ子」の正体もお楽しみに!