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勇者、僕と魔王。③ 6269字

 一度村長宅に戻った僕達はミロちゃんに旅の準備をさせることにした。これから命がけの旅に出るというのにさすがにジャージはきつい。顔に塗りたくられたペンキも剥がさないと駄目だ。

「それじゃあ勇者様、リビングで待っていてください」
「言っておくけど、ホットパンツにニーソックスとか、スカートにロングブーツとか、およそ旅に相応しくない格好はしないでくれよ。旅を舐めちゃ駄目だ」
「パーカーにジーパンの人がそれを言いますか」

 そう言えばそうだった。五回目だから旅を舐めきっていた。
 改めて自分の服装を確認していると、ミロちゃんはフッと笑って部屋に消えていった。リビングに僕とキト、そして石像のように固まる村長と息子夫婦が残る。

「でも師匠、本当に良かったんでしょうか」
「何がだい、キト」
「だってミロさん、このままご両親に挨拶もなしに出ちゃうつもりなんでしょう? じゃないとわざわざ時間を止めてなんて師匠に頼まないでしょうし」

 この家の中の時間は止まっていた。僕がミロちゃんに頼まれて時間を一時的に止める魔法を使ったのだ。効力は約一時間である。

「まぁ勇者と旅に出るなんて言ったらろくなことにならないだろうからね。アリネクさん達には悪いけど僕達はあの洞窟もろとも死んだことにしておこう」

 ミロちゃんも就寝中にいつの間にか生贄にされて、両親を見限ったのだろう。これを機に完全に縁を断つつもりなのかもしれない。

「お待たせしました、勇者様、キト」
「早かったね、ミロちゃ……」

 出てきた彼女の姿をみて言葉に詰まる。
 ミリタリーブーツにカーゴパンツ、そしてマウンテンパーカー。
 ガチだった。
 本気で旅に出る人の格好ですやん。ペンキも綺麗に剥がれている。どうやったんだ。これが女子力か。女子ってすごい。

「うわぁ、ミロさん格好いいですね!」キトがはしゃぐ。
「キト、そんなに褒められたら照れるわ」

 ミロちゃんは優しく笑みを浮かべたあと、僕のほうを恥ずかしそうに見つめてくる。

「ど、どうでしょうか、勇者様」

 僕はぐっと親指を立てた。

「ギターとか、似合いそうだよね」

 ◯

 村を出た僕たち旅の一行は次の目的地へと足を運んだ。もう夕暮れである。急がねば夜になってしまう。本当は村で一晩休むつもりだったのに、なんだかゴタゴタして宿泊どころではなくなってしまった。散々だ。

「それで師匠、次はどこに向かうんです?」
「就職センターだよ」
「就職センター? 何ですのその給食センター的なノリの施設名は」
「平たく言えば職業案内所だよ。自分の適性職を調べてくれたり、職業に関して色々教えてくれるだけでなく転職案内もしてもらえる。生業を立たせる以外に、旅でも職業っていうのは必要不可欠だからね」
「旅に職業ってそんなに重要なんですか?」
「旅で重要なのは職業による役割分担と、自分のステータスを把握することだ。僕がよく自分の強さを具体的な数値で表しているだろう? あれは就職センターで鑑定してもらうんだよ。まぁあくまで目安でしかないけど、自分の強さを測り間違えないと言う点でも重要ではある」
「へぇ……、ちょっと面白そうですね。自分の能力値や適性を調べてくれるなんて」ミロちゃんが目を輝かせる。自分の故郷からそう離れてもいない施設の存在すら知らないなんて、田舎者はこれだから困る。

 就職センターには随分お世話になった。僕の職業が何故か介護士だった事は今でも忘れない。
 歩く中でいつしか陽は沈み、空は宵の色に染まる。微弱な光を放ちながら星が瞬き、無数の欠片として空を埋め尽くしていた。
 僕達は果てない草原をただ歩く。草原には一本だけ真っ直ぐに伸びた道があった。多くの人がその土を踏むことで作られた道だ。そしてこの道は、就職センターへと続いている。
 夜道を歩いていると、やがて大きな館が見えてきた。一面ガラス張りになった窓からは光が漏れ、多くの旅人が中でくつろいでいるのが分かる。

 ここが就職センターである。
「す、すごい大きさですね」

 キトが目を丸くした。

「この国一番の職業案内所だからね。モンスターがうろうろしているこの地域でガラス張りって言うのもどうかと思うけど。さあまずは宿を取ろう。鑑定してもらうのはそれからだ」

 扉を開けると広いフロントが広がる。高い天井には大きなライトがあり、館内を明るく照らす。全四階建てとなった建物は吹き抜けとなっていて、階段を上る人の姿や上階で椅子に座っておしゃべりしている旅人達の姿が目に入った。
 就職センターは宿屋も兼ね備えている。就職や転職が目的でなくとも、多くの旅人が寄ることの出来る施設でもあるのだ。
 僕たちも宿を取るため受付で簡単な手続きを済ます。こんなときの為に印鑑を持ってきておいて良かった。まさか未成年が利用する時は保護者印がいるなんて。僕が未成年だった時も仲間が印鑑を持っていたのだろう。まさか人の苦労をこんな場所で知ることになるとは。
 無事手続きを済ませた僕達はまず部屋に行って荷物を整理することにした。大きいベッドが室内に三つ。安価の割に結構豪勢だ。
 しかしミロちゃんは露骨に顔を強張らせる。

「勇者様、まさか三人部屋ですの?」
「そうだけど、何か問題が?」
「だって……」

 渋るミロちゃん。年頃の娘だ。男の人と一緒の部屋と言う事に抵抗があるのだろう。だけど、そういう問題じゃない。僕はガックリと肩を落とした。

「あのねミロちゃん。これから旅をするんだよ? 言ったよね、遊びじゃないって」
「……はい」
「宿が取れずに野宿する事だってこれからあるかもしれない。こういうのは今のうちに慣れておかないと。お風呂にだって数日入れないこともあるんだから」
「そうですよ、ミロさん。これだけ広い部屋が取れたんだし、文句はなしです」
「……ですわね」ミロちゃんは眉を下げながら弱々しく微笑む。どうやら納得はしてくれたらしい。

 すこし可哀想ではあったが、ここは僕も心を鬼にしないと。それにしても今夜が楽しみですな。はははこやつめ、あははははは。
 部屋を出て廊下を進むとそこには食堂がある。高い天井に、大きな窓。そこから眺めることの出来る夜の草原は美しい。

「ご、豪勢ですわね。造りも、食べ物も」

 和食、イタリアン、フレンチ、ファーストフード、メニューにはなんでも並んでいる。

「でも値段は安いんだよ。美味いしね」

 夕食を食べた僕達は館内にある職業案内所に足を運んだ。宿泊施設と間逆の方向にあり、フロントを抜けたさらに奥側にある。
 魔王を倒して景気が好況であれば人も多いのだが、いざ足を運んでみると思ったより空いていた。さすがに魔王が支配するこの時期にわざわざここまで来る人間は少ない。この辺りは魔物が多い訳ではないが、腕に覚えがない限り来るだけでも命がけだろう。

 ◯

 職業案内所に入るとまず目に入るのがいくつかのカウンターだ。それぞれ仕切りがなされている簡易的な相談所となっており、職業診断士が仕事の話を聞いてくれる。
 相談所を眺めていると、顔見知りである職業診断士のおばさんがいた。僕とはすっかり馴染みの人だ。今まで転職する時は毎回この人に頼んだ。おばさんもこちらの存在に気付いたのか、部屋に入るとカウンターの向こうから手招きして僕らを呼ぶ。

「勇者さん久しぶりだねぇ。どうだい景気は」
「ぼちぼちですな」
「そういえばあんたの街から何人か旅人が来たよ」
「王様からお触れが出ましたからね。野心を抱いた若者がやってきたんでしょう」
「こうやって定期的にお触れを出してくれたらうちももっと繁盛するんだけどね」
「あはははは」

 笑えない。
 苦笑いしているとおばさんはふと後ろにいるキトとミロちゃんに視線をやって、さもおかしそうにニヤリと口元を押さえた。

「それで、今日は若妻と息子さん連れて旅行かい?」
「わ、若妻?」ミロちゃんが声を震わせる。歓喜の声だろう。
「違うのかい?」

 するとミロちゃんはにっこりと上品な笑みを浮かべた。

「そうです。私が勇者様の正妻にして唯一妻、ミロともうしま」「違います! 僕は師匠の弟子でキトと言います! この人はミロさん。師匠に片想い中の恋する乙女です」

 最高に空気を読まないキトの発言でミロちゃんは固まる。仕方ないので僕は彼女をなだめる為、ポンポンと肩を叩いてあげる。

「残念だったね、片想いガール」

 これほど壮絶な顔で絶句する十八歳を生涯見ることはないだろう。隙さえあれば既成事実を作ろうとするのは親譲りなのか。いずれにせよ性質が悪い。

「それでおばさん。この二人を診て欲しいんだけど。現在の職業とか、適性とか、これから冒険のヒントになるような事、何か分からないかな」
「現在の職業?」おばさんは目を光らせてミロちゃんを眺める。「生贄だね」
「やっぱりか……」
「職業生贄の私って一体……」
「まぁ元気だしなよ。それが適正職って訳じゃないんだしさ」

 肩を落としていたミロちゃんは僕の言葉に弱々しく笑った。

「そうですよね。それで、私の適正職って一体何ですの?」
「事務職だね。総務とか経理とか向いてるよ」
「事務、職?」ミロちゃんが膝から崩れ落ちる。見るに耐えない。もはや戦闘要員ですらない。これから領収書の管理はこの子に任せることにした。

 心をズタボロにされた人間とはこのような事を言うのだろう。ここまで張り切った格好で付いてきたのにまさか言い渡されたのが事務職とは。苦労して手に入れた武器が装備できないと知った時と同じだ。

「おばさん、事務職って魔物との戦闘につかえる特技とか身につくの?」
「雑巾コーヒーとか作れるようになるよ」嫌な技だ。

 あからさまに落ち込むミロちゃんを見てかわいそうに思ったのかおばさんは場をとりなす。

「まぁそう落ち込むこともない。私も今まで色々人を見ているけれど、ここまで事務職が向いている子も珍しいもんだよ。それに職はスキルを重ねて更に強力な職に付く事ができる。事務職で修行を積んで税理士、公認会計士、社会労務士、秘書と幅は色々あるもんさ」
「おばさん、逆効果だよ」

 もはやミロちゃんはボロ雑巾のように床に横たわっている。

「最近の若者は贅沢だねぇ。この不況時に」

 そういう問題ではない。

「まぁこれでミロちゃんは事務職に決定だな。今後は経理とかやってもらうから」

 カーゴパンツ、マウンテンパーカー、ミリタリーブーツの経理がここに誕生した。

「それじゃ次にこの少年を見てくれないかな」

 キトをそっとおばさんの前に連れてくると彼は「よろしくおねがいします!」と威勢の良い声を出した。

「ふふ、元気な子だね」
「元気だけが取り柄ですから」
「何で師匠が言うんですか」
「じゃあおばさん、頼むよ」

 キトを無視して話を進めると、おばさんはそっと目を細めた。
 人を値踏みする目つき。
 この目で見つめられた物は酷い不快感に襲われる。
 しばらく沈黙が漂った。ミロちゃんの診断が会話するついでに終わらされていた事を考えると随分長い。確か僕のときもこれだけ時間が掛かったっけ。そして鑑定し終わったおばさんは驚いたように目を見開くのだ。
 ほら、丁度こんなふうに。
 そして言う。

「驚いたね」

 と。

「こんな真っ直ぐな子は見た事がないよ。この子には光が宿っている。この目は導く目だ」
「導く目? なんか僕のときもそんな事言ってなかったっけ」
「あんたとはジャンルが違うよ。あんたは天才型、この子は運命型。つまり本物って事さ」
「本物?」
「ああ」おばさんは壮絶な表情で頷くと、キトを真っ直ぐ見つめる。
「この子は本物の勇者だよ」

 ◯

 勇者は二人いた! 僕らの間に微妙な沈黙と果てしない衝撃が走った。

「ちょっと待ってくれ」僕は少しよろめくとカウンターに手を付く。「つまり何、僕は偽者だって事?」
「いや、あんたも勇者だ」
「じゃあ僕は勇者じゃないんですか?」キトが首をかしげる。
「いや、あんたも勇者」

 意味が分からん。もっとまともな解説をして欲しいところだ。視線を察したのか、おばさんはやれやれと面倒くさそうに肩をすくめる。

「つまりね、系統が違うって事だよ」

 系統ってなんだ。そういえば運命型とか言っていたな。

「キト、あんたは時が来たら運命に導かれる事になる。そして望んでも望まなくてもあんたは勇者になるんだよ。そして勇者以外に適性職はない。私ら職業診断士はそれを運命型と呼んでるんだ」
「つまりキトは天然の勇者って事か……。すると僕は」
「養殖の勇者だよ。あんたは生まれつきどの職業でも適性があった。だから勇者になれた。ただそれだけ。オールラウンダーだから勇者と言う職にも対応できた。つまり天才型」
「マジかよ……」
「国を動かすのはあんたみたいな何でも出来る人間だよ」

 キトが仲間を導くとすれば、私は国の方でしたか。落ち込めばいいのやら喜んでいいのやらまるで分からん。
 そこでふと気になった事があった。

「そう言えば運命に導かれるとか言ってたけど、具体的にはどういう事がきっかけになりうるのさ?」
「そうだね、わたしゃ占い師じゃないから確定的な事は言えないけど、覚醒すれば目覚めると言われてるね」
「覚醒?」

 おばさんは手元にある分厚い資料を開く。『イケメン大辞典』と書かれているが一体それはなんの資料だと問いたい。

「過去にあった覚醒の状況には共通点がある。それは強く感情を揺さぶられる事。代表的なのが恐怖、怒り、悲しみ。いわゆる負の感情だ。例えば大切な仲間が傷ついた時、この子はずっと強くなるよ」

 まぁ仲間が死んで主人公が急に強くなるのは漫画や映画においてよくある話である。いや、違う。これではまるでキトが主役みたいではないか。四回も魔王倒して今更あなたはかませ犬なのよなんて言われたら僕は発狂しますよ。

「ん? ちょっと待ってくれ。この子は村を魔物に滅ぼされている。覚醒してるならとっくにしてるんじゃないか? 両親が死んでるんだ」
「師匠! 何を言うんです! 父も母も妹のヨシコも死んでなんかいません!」

 耳を疑った。何故妹だけ和名なのだ。

「でも村を全滅させられたって……」
「家を壊されただけです! 村のみんなは近くの山に隠れ里を作って割と幸せに暮らしています! 結界も張ってるからもう魔物が近づくことは絶対にありません!」
「村の敵を取るとかって言うのは」
「私物もろとも壊されたんです! 敵でしょう! 隣のじいちゃんなんて二十万した入れ歯をつぶされたし、父さんはローンで買った家が……僕だってフィギュアを何体壊されたか」

 そんなもんの為に命かけて旅に出たのか。確かにある種の勇者ではあるな。

「まぁ僕は当然死なないし、そうなるとキトが覚醒するにはミロちゃんが死ぬしかありえないのか」
「不吉なこと言わないで下さい!」ようやく立ち直ったのかミロちゃんが叫ぶ。
「そもそもあんたがいる限り仲間が死ぬなんて中々ないんじゃないのかい?」
「中々って言うか、絶対ないね。死んでも五分くらいで生き返らすし」
「勇者様、命を何だと思ってるんですか……」
「いやはは、復活の魔法なんて覚えたのが運の尽きだよね。老衰以外は全部呪文で治せる」
「すごいや師匠!」
「キト! 褒めちゃだめよ! 倫理観とかしっかりもって!」
「まぁ僕の弟子だからね。それは難しいんじゃないの」
「まだ弟子入りして一日でしょうが!」
「そういえばそうだ」

 あっはっはっは、と途端に重々しい場の空気が和やかになる。僕は優しくキトの肩に手を乗せた。キトも笑顔で視線を返す。ミロちゃんも飽きれ顔で立ち上がり、おばさんもなんだかよく分からないがとりあえずと言う様子で全力の優しい愛想笑いを浮かべた。
 覚醒か……。

「キト」
「はい、師匠」

 僕はそっとキトに言った。

「諦めろ」

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