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勇者、僕と魔王。② 6692字

 城下町を抜けるとそこが入り口となっている。我が故郷が魔物に攻められないのは街自体が強力な城壁に囲まれているためだ。高い壁で、分厚い。

「勇者様、門は開けておきましたよ。いってらっしゃい」
「あ、あぁ、どうも。いってきます」

 門番が言う。城の扉は閉まっていたくせに何故街の入り口は開けっ放しなのだ。警備体制がザルである。いってらっしゃいじゃありませんよ。
 こうして僕の冒険は始まった。五回目だからワクワク感とかまるでない。
 まずはここより北に十キロほど歩いたところにある村に行かねばならない。あそこは何故かいつも魔物に脅されて生贄を捧げている気の毒な村である。しかし村人が引っ越す様子はまるでない。全員ドMではないかと言うのが僕の見識だ。
 果てない空と風に揺れる草原をゆらゆらと歩く。至極平和だ。本当に復活したのか魔王。もしやかつがれているのではと不安に思っていると、不意にどこからか助けを呼ぶ声がした。見ると平原で少年が一人、魔物に囲まれている。さっきから全然魔物に遭遇しないと思ったらなるほど、のこのことやってきたエサを狙って集結していたのか。

 スライムが七十五匹。
 対して少年が一人。

 悲鳴も上げるわ。そりゃあ上げますよ。
 仕方なく魔法でそれらの魔物を一掃した。全体魔法。MPを四百ほど使ってしまったが、僕のMPは八万飛んで七百二あるので出し惜しみはしない。寝れば全回復する。
 魔力をええ塩梅で放出すると強い光が魔物を包み込み、その肉体を浄化した。
 突然脅威となる存在が消え、呆然とする少年に僕は近づく。少年はボロボロのクサビかたびらに、鍋を頭にかぶっていた。新手の芸人に見えなくもない。

「大丈夫かい、君」
「あ、はい。大丈夫です」
「気をつけたほうが良いよ。ここらへんエサが少ないし、一度見つけられると全部寄ってきちゃうから」
「き、肝に銘じます。……あなたが助けてくれたんですか?」
「うむ」

 すると少年はキラキラと目を輝かせた。

「すごい、あの数の魔物を一瞬で……」

 そのとき、僕の体を一陣の風が突き抜けた。
 なんだ。
 なんだこの高まりは。

「なんて強いんだ。尊敬します!」

 ドクン。
 ドクン、ドクン。

 僕は天を仰いだ。
 魔王が世界に魔物を放ったとされるのが八年前。
 僕が初めて魔王討伐に出たのが五年前。
 当時僕はまだ十八歳だった。今はもう二十三。魔物を片付けても魔王を倒しても勇者なんだから出来て当然だよね的な扱いしか受けなくなってしまった。
 これだよ。
 僕が求めていた本来受けるべき賞賛はこれなんだよ。

「尊敬だなんて、そんな」

 もっと敬え。

「謙遜しないで下さい。僕は今まであなたほど強い人に出会った事がありません」
「言いすぎだよ」

 胸が高まる。鼻息が荒くなるのを感じた。フゴフゴと鼻が鳴る。
 僕が歓喜の感情に体を震わせていると少年は正座をし、地面に両手をついた。

「お願いします。僕を弟子にしてください!」
「弟子だって?」
「僕、強くなりたいんです。住んでいた村を魔物に滅ぼされて……。村の敵が討ちたくて旅に出たんですけど、やっぱり弱くて。まだ魔物を倒したことないんです。でも、あなたについていけばきっと強くなるって、そんな気がして。お願いです! 師と呼ばせてください!」
「あかんて」
「お、お願いします!」
「あきませんて。これ以上はあきませんて」
「強くなりたいんです! お願いします! 師匠」
「ハフゥ……」

 すごい。あまりの感覚に乳首が立つのが分かる。俗に言う鳥肌である。

「修行は、厳しいぞ……」

 気がつけばそう言っていた。
 そう、僕は褒められることに飢えていた。

「えっ? じゃあ」
「少年よ、名は何と言う」
「キト、と言います」
「ではキトよ。私の弟子になったからには強くなってもらう。数ヶ月もすれば貴様は『地獄から現れた現世における巨大精霊と言う名のハデス』という無駄に壮大な二つ名で恐れられるだろう」
「なんだか知らないけどすごいや! 師匠! これからよろしくお願いします!」
「よろしくな、キトよ」

 挨拶も終わらないうちに先ほどのスライムたちが落としたお金を這いつくばりながら回収した。計七百五十ゴールド。僕が悪いのではない。二ゴールドしか与えなかった王様が悪いのである。

 出発してわずか十分でさっそく仲間を作った僕は無事に北の村へと到着した。
 村に入り、キトも安心したのかホッと息をつく。

「いやぁ危なかったですねぇ師匠。もうちょっとでスライムに腕を溶かされるところでした」
「君がね」
「ほら、森を歩いている時に出会ったゴブリン。あいつのこん棒で頭をしばかれたら、もうひとたまりもないですよね」
「君はね」

 キトが頭にかぶっていた鍋は見事にスライムのエサになった。
 とりあえず村に入ったからには今日の宿を確保しなければならない。しかし村の店は全て閉店しており、道行く人の姿すらない。どうせいつもの事態に陥っているのだろうなぁと察しがつく。村が魔物に襲われると途端に引きこもりだす住民達。全力で引きこもられるとこちらとしてはどうしようもない。
 仕方がないので僕は村長の家を訪ねた。コンコン、とノックすると中から老人が姿を現す。

「誰じゃ、こんな夜中に……」
「まだ午後二時ですよ、村長」

 こいつも痴呆か。僕の姿をみるなり、村長は目を見開く。

「これは……勇者殿!」
「勇者?」キトが首を傾げる。「師匠、もしかしてあの勇者様なんですか?」
「そだよー」
「すごいや師匠!」
「フヒヒ、もっと言って」
「勇者殿、笑い方がモイキー。ところで、その方は息子さんですか」

 無駄に現代用語を織り交ぜようとする村長にそこはかとない殺意を覚えたが流すことにする。

「この子はキト。弟子です」
「キトと申します! よろしくお願いします、村長さん!」
「なんと元気の良い。それに目が綺麗だ。良いお弟子さんを作られましたな。勇者殿」
「まぁまだ知り合って一日経っていないですが」
「ほっほ、じゃあこれからですな。さ、とりあえず中に入ってくだされ。息子達も喜びます」

 僕達は村長の家へと通された。フローリングの床は歩くとキュッキュと音がする。廊下を抜けて、そのままリビングへと入った。
 テーブルには村長の息子アリネクさんとその嫁が座っていた。彼らは僕の姿を見るとガタリと椅子を倒して立ち上がる。

「勇者様! よくぞおいでくださいました!」
「アリネクさん。また娘さんを生贄にしたんですか」
「村を守るにはこれしかなくて……!」

 ちなみにこの人たちは過去四回娘を生贄に差し出している。四回とも僕が助けた。年頃の娘なのでそろそろグレるのではないかと心配になる。

「お願いです勇者様。お礼は一泊の宿で応じます。どうか娘を、ミロを助けてください」

 何でお礼が一泊の宿限定なんだよ。お金とか、宝とか、たぶんこれ以上の褒美を求めるとひんしゅくを買うのだろう。それと毎回娘の名前を強調してくるのは娘を僕の嫁にしようとしているのではないか。村から勇者の嫁が出たらこれ以上の村興しはないだろう。

「別に助けるのはいいんですけどね……」
「何が不服だと言うのですか?」そこでアリネクさんはハッとする。「まさかミロを? ミロを嫁にしたいと?」
「いや、それは結構ですよ」
「いいでしょう。勇者様の頼みとあっては。ミロを差し上げます。だからどうか、どうかミロを、ミロを助けてください。そしてその場で子作りをして魔王も速攻で倒してお城で盛大なパーティーをした挙句ゆるぎない地位と権力を娘に、娘に……!」

 果てしない欲望を吐露するアリネクさん。何かと娘を差し出すのが好きな奴である。こんな義親はいらない。

「それで、ミロちゃんはどこに?」
「いつもの洞窟です」

 いつもので通じる辺りが悲しい。

「ところで勇者様、さっきから気になっていたのですが、そちらの子は一体?」
「勇者様のお弟子さんで、キト君と言うそうじゃ」僕の代わりに村長が答える。

 それを聞いてアリネクさんは目つきを変えた。

「勇者様の弟子……? すると将来的な地位は」

 僕は家を出た。

「師匠、今の人たちは……」

 キトが困惑した表情で僕を見上げる。

「この村の村長と、その息子夫婦だよ。彼らの娘がミロちゃんって言う女の子でね。魔物に食われそうになっているのを毎回助けてるんだ」
「だからもう助けてもらうのが当然みたいに思ってるんですね」
「そうなんだよ」

 弟子にそれなりの良識があってよかったとほっとした。

 ◯

 村を襲う魔物たちは村から北に歩いたところの洞窟に巣食っている。風が中に吸い込まれ、明かり一つない奥底へと消えていく。不気味なことこの上ない。
 ギュッと手の平に強い力を受け、見るとキトが僕の手を握っていた。かすかに震えている。

「キト、怖いのなら村長の家で待っていても良いんだぞ」

 しかしキトはフルフルと首をふった。

「僕は師匠の弟子になったんです。しかも師匠は勇者。こんな序盤のダンジョンで躓いていたら、敵討ちはおろか、魔王討伐のお手伝いなんて出来るわけありません」
「キト……」

 魔王討伐まで一緒に来るつもりだったのか。何と言う衝撃的事実。献身的な子。

「それに、あんな欲望に支配された人々と一緒にいて正気を保てる気もしません」
「お前を弟子にして良かったよ」

 ぐっと、恐怖を内に押し殺すキトの姿は見ていて愛しさすら覚えた。この子が女の子だったらどれだけ良かったか。いや、違う。僕はロリコンでなければそんなショタがロリに変貌して欲しいなんて言う特殊性癖の持ち主でもない。それだけは紛れもない事実だ。

「キト、手を離すなよ」
「はい、師匠」

 しばらく進むと外の光はあっという間に消えうせ、僕らを完全な暗闇が包んだ。足場は割と安定しているから転ぶ心配は少ないが、いつどこから襲われるとも知れない。

「し、師匠、何も見えないです……」
「まぁそう慌てなさんな」

 そっと魔力を放出すると、辺りにある岩が薄く光りだした。

「なんですかこれ?」
「鉱石だよ。僕の魔力と反応させてるんだ。こうするとMPの消費が少ないからね」
「へぇ、すごい」

 ちなみに消費するMPは一歩で一ポイントである。普通の冒険者なら途中で終わる。
 洞窟を奥へ進むと様々な魔物が僕らの前に現れた。ガーゴイル、ミニドラゴン、大きな目玉を持つ植物などだ。
 キトはそれらの魔物を見かけるたびに泣き叫んでいた。僕はおよそこの子が強くなることは永遠にないのではないかと感じた。

「キト、逃げ回っていたら成長しないぞ。戦うんだ。肉弾戦でも良い。経験を積め」

 洞窟の中腹までやってきて、キトに注意する。

「でも師匠、あんな怪物にちょっとでも攻撃されたら」
「死ぬ」
「師匠!」
「大丈夫だよ。何とかなる。僕も最初はそんな感じだった。仲間に守られながら、スライムやベヒーモスを少しずつ攻撃して慣れていったんだ」
「師匠、スライムとベヒーモスって桁が違いますけど」
「うん。七人中三人死んだ」
「師匠!」
「落ち着きたまえよ。ちゃんと教会で生き返らせたから」
「そんな問題なんですか……」
「痛みを重ねて人は成長するんだよ」

 よく考えたらこの子は魔物に村を襲われている。軽いトラウマがあるのかもしれない。それに心の痛みは誰よりも知っているはずだ。それなのにここまで真っ直ぐで素直。こんな子は中々稀有だ。

「もしかしたらキトはもう十分成長出来るだけの痛みを抱えているのかもしれないね」
「えっ? 師匠、今なんて言ったんですか?」
「なんでもないよ」

 やがて洞窟の最深部に到達した。人工的な造りの泉の広場には美しい装飾の柱がいくつも連なっている。今は魔力を放出しているからその幻想的な光景を目にする事が出来ているが、普段なら暗くて何も見えない状態だ。一体誰がこんな装飾を施したのか。ここだけに限らず、ダンジョンでは不可解な事が多い。
 村娘のミロちゃんは柱に鎖で手をつながれていた。全身緑色のジャージを着たまま気絶している。思いっきり部屋着だ。

「ミロさん!」

 キトが思わず叫ぶ。なんて事を。魔物に見つかる前に不意打ちして倒そうとしたのに。
 しかしよくよく辺りを見ると魔物の姿が見当たらない。出かけているのだろうか。僕達は周囲に警戒しながらミロちゃんに近づく。

「師匠、ミロさん顔が青ざめてます」
「落ち着くんだキト。顔面にペンキを塗りたくられているだけだよ」

 一体何の嫌がらせだ。
 彼女の頬をつつくと乾いたペンキの感触がした。かぴかぴである。洗顔剤で洗って落ちるかどうか。

「今は魔物がいない。とりあえずミロちゃんを連れて村に戻ろう」

 ついでに魔物も倒しておきたかったが仕方ない。あとで洞窟もろとも滅ぼしてくれる。六度目はないぞ。

「でも師匠、こんなに頑丈そうな鎖が」
「外れないの?」

 よく見ると鎖には鍵が付いている。こういう鍵は得てして魔物が管理している物である。倒したらお宝として手に入るのだ。お宝といえば聞こえは良いが、実際は身包みを剥ぐ行為のことである。旅とはきれい事だけでまかり通らない。
 そういえば昔ピクシーの身包みを剥いだ事があった。十八歳の女性と同じ姿かたちをしており、それはそれはもう眠らせて身包みを剥ぐのが最高に楽しかったそうな。グフヘヘヒヒイ。

「師匠、帰ってきてください、師匠」

 腕を引っ張られようやく我に返る。そうだ、鎖だったな。魔物を待つのも面倒なので魔法で外してしまおう。僕は魔力を込めて鍵が開くよう念じた。しかし反応がない。鎖はうんともすんとも言わない。

「どうしたんですか? 師匠」
「おかしいな、鎖が外れん。ひょっとして魔法が効かないように作られているのかな?」

 ガチャガチャと鎖を引っ張る。うむ、外れん。

「でも師匠、ミロさんを置いていく訳にはいきませんよ」
「わかってるさ。あんな親でもこの子に罪はないからね」
「じゃあどうするんです?」
「キト、僕の力は何ポイントだと思う?」
「えっ? に、二百くらいですか?」
「二十億だ」

 僕は鎖を引き千切った。すごいや師匠! キトが叫ぶ。もっと叫べ。ちなみに二百ポイントの力があればもはや魔王と対等な戦いが出来るレベルだ。つまり僕にとって魔王とは鼻くそ以下の存在である。
 そのときミロちゃんが小さくうめき声を上げて目を覚ました。

「ん……あ、勇者様」
「気がついたかい、ミロちゃん」
「ここは?」
「いつもの洞窟だよ。気付いてなかったのかい?」
「前日、夜中までゲームをして爆睡してましたから。私また生贄にされたんですのね」

 娘が寝ている隙に生贄として差し出すとは残虐非道な両親である。

「でもよかったですわ。また勇者様が助けに来てくれて」
「今回は僕だけじゃない。弟子のキトも一緒なんだ」
「キトと言います。ミロさん、無事でよかったです!」
「キト君ね。よろしく、キト君。あ、でも年下だからキトで良いでしょうか。よろしく、キト」

 特に言う事はないが、えらいなれなれしい女だなとは思った。
 ミロちゃんの意識がはっきりしたのを確認して、僕らは洞窟の入り口へと歩き出す。

「そう言えば勇者様、魔物はもう?」
「いや、探したけど見当たらなかったんだ。もう面倒くさいから洞窟もろとも破壊したらどうにかなるんじゃないかって発想が僕の中にある」
「さすがです師匠!」
「もっと褒めて良いよ」
「あら、二人とも随分仲がよろしいのね?」
「出会ってまだ半日だよ」
「実はそうなんです!」
「……やっぱり仲良いですわね」
「良かったですね師匠! ミロさんが焼きもち焼いてくれましたよ」
「醤油つけて喰ったら美味そうだな」
「だ、誰が焼きもちなんか!」
「こんな可愛い人に焼きもち焼いてもらえるなんて師匠さすがです!」
「親はアレだけどな」
「ふふふ、勇者よ、まんまと現れよって馬鹿め」
「勇者様、私、もう家を出ようかと思っているんです」
「そうしたほうが身のためだよ」
「貴様の命もこれまでだ! 勇者よ!」
「このまま私も旅に連れて行ってくれませんか?」
「ギャルと少年を抱えて魔王城か。ちょっときついかな」
「でも、もっと外の世界を見てみたいんです。お願いします勇者様。それに私、もっと勇者様と一緒に居たいんです」
「師匠、モテる男は辛いですね」
「止まれい! 勇者よ!」
「まぁ女の子がパーティーに加わることでちょっとは冒険に色も出るかな」
「師匠、色とは?」
「少年にはまだ早いさ。宿屋でのシャワートラブルとか、ベッドで触れる柔らかいものとか、魔物の酸で服が中途半端に溶かされたり」
「あら、勇者様? 私にそういうのを求めていらっしゃるの?」
「例えば、の話だよ。はははこやつめ、ははは」
「勇者! 待って! 止まって!」
「あ、師匠、喋りながら歩いてたらいつの間にやら洞窟の入り口ですよ」
「お、やっと着いたな。やれやれだ」

 その後僕は魔法を使い洞窟を破壊した。
 六度目はない。

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