お祖父様のテントから出ると、出立の準備が始まる。
ダリル辺境伯は土魔法の使い手で、地中からこの結界を超えてきたと言う。母様が用意した朝食のパンケーキを山盛りにして食べていき、他の一族の人と顔を合わせる前にそのまま地中に潜り去っていった。行き場所は、多分国境門の砦だろう。
(地中からとは盲点だった…)
地面にまで結界を施すとは思いもよらなかった。もしかしたら今までツクヨミのサンクチュアリは地面もしくは地中まで及んでいたのかもしれない。見える所しか見ないなんて…己の力を過信しすぎなのかツクヨミに頼りすぎなのか。
今回は敵意が無い者だったので助かったが、もし敵意が有る侵入者の侵入を許してしまったらと思うとゾッとした。
そんな心の内をポロリとお祖父様に溢すと、お祖父様が、
「嘆く事はない。誰しもが失敗をし、そこから学んでいく。人生はそうやって積み重ねられる。失敗があるからこそ人は学べ成長するのだ。私も何度も失敗をし絶望を味わい今がある」
長年一族を率いてきた公爵家の頭領なだけはある。言葉が重い。お祖父様は生まれた時からどれ程選択を迫られたのか。一歩間違えば直ぐに命を落とす世界だ。
のほほんと50年以上、命のやり取りもなく、何不自由する事なく、バブルにあやかったバブル世代として比較的楽に生きて来た俺よりもずっと多いのだろう。
「それにダリルの土魔法の使い方は変人だけあって特殊なだけだ。誰も結界を地中から越えようとは思わんしな。私も勉強になった」
お祖父様はそう言っていたが、もしかしたら、ダリル辺境伯以外にも地中から現れる人や魔物も少数ながらいるかもしれない。
今回の事で学習はしたが、俺自身もいつまでもツクヨミに頼らないで成長しなければと思った。地面にも結界を張り巡らし考える。
ツクヨミがいつも言う様に鑑定もしよう。プライバシーの侵害だなんて思わず人物も主要なところだけを鑑定する様にすればいいのだ。気づいたら身近な人が殺されていたなんて事になりかねない。魔法を自分なりに使いこなす…自分の心に刻みつけ馬車に乗り込んだ。
ゆっくり馬車が動き出すと、伝令に来た門番に止められ、俺たち一行は国境門の砦まで引き返すようにと言われた。
これもダリル辺境伯の提案通りだ。このままダリル辺境伯から寄付の礼を受け、転移門でダリル辺境伯の治める街へいく。と言う筋書きだ。
俺たちは一度断りはしたものの辺境伯様が言うなら…という体で行くらしい。
公爵だと名乗らず商人のまままどろっこしくしてるのは、騒がれたくないと言う思いもあるし貴族が自身の領地を越えて動く為の面倒な手続きを省きたい思いもある様だ。国から出て身分を偽って入国していたわけだしね。
来た道を戻り国境門付近まで行くと、門兵達が常駐する砦の方に案内された。
お祖父様と母様は辺境伯がいるであろう部屋まで連れて行かれ、残った俺たちは前庭でお祖父様たちを待つことになった。
昨夜カレーを食べに来たであろう人たちに次々「美味かった!」「また作りに来てくれ!」など言われ、調理3人組はそれに応える。特にカレースパイスを調合した女性陣…イルザさんとエルミナさんはガッツポーズを小さくし「これはいい商売になるわね…」と頷き合っていた。どうやら彼女達の商魂に火をつけてしまったらしい。貴族の女性達が商売を出来る環境がこの国にあるのかはわからないが、いろいろと落ち着いてからだけど店を作るなら応援してあげたいなと思いつつ、お祖父様と母様を待つ。
しばらくすると、朝出会った時と変わって、貴族らしいお仕着せに身を包んだダリル辺境伯と共にお祖父様と母様が現れ、「転移門で一度辺境伯邸へ移動することになった」と皆んなに伝える。予定通りだ。
一族の皆んなは知らないので、長旅を覚悟していた女性陣達の顔は、何処となくホッとゆるんだ様に見えた。若干2名カレーを広めようと企んだのか、イルザさんとエルミナさんはちょっとガッカリした感じだったけど。
隊商の隊列を直し、門兵達に手を振られながら辺境伯の騎馬と共に転移門へ向かう。
転移門は砦の地下にあり、様相はザシークレットガーデンのアンダーザローズに行くフラットな魔法陣と全く違う…すり鉢状の地面に魔法陣というか、ごちゃごちゃと幾何学模様が彫られ、天井も同じく模様が描かれている場所だった。各都市によって転移門の場所は室内だったり外だったりと違うそうだが、だいたい摺鉢状の同じ形状らしい。この砦の転移門が地下にあるのは、敵に攻められた際に撤退しながら転移門を崩す為らしい。
階段を降り、摺鉢状の一番窪んだところに(兵士や貴族団体が入れる様にか、かなり広い!)案内され周りの魔法使いと思わしき何人かの兵士らが魔力を込める。込められた魔力に反応する様に魔法陣は輝き始め、お?、っと思った時には転移が終了していた。
ダリル辺境伯が先導し、外へ出ると、土色の殺風景だった砦とは打って変わって、海が近いのか懐かしい潮の匂いと、人が営む街の色が目に飛び込んできた。
「ようこそ、ダリル辺境伯領首都ヤクトシュタインへ」