• 異世界ファンタジー

非有の皇子×辺境伯

 日の光が、顔に当たる気配にふと目覚めた。

(ここは…)

 ボーッとする頭で周囲を見回すと目の前に拳が見える。

(…えーと)

 ティーモ兄様の拳が俺の顔を直撃し、俺の短い右足がティーモ兄様の鳩尾にキまっているようだ。
 うつらうつらした寝起きから徐々に覚醒し、ここが馬車の箱の中だと思い出した。
 きっちりお腹の上にかけた毛布も、ハジの方へ追いやられている。どうやら昨夜は寝ながらにして大運動会だったらしい。俺の左にいた母様は既にいない。

 コシコシ目を擦りながら馬車から出ると護衛代わりの…なんと言ったか…そうだ、エルノさんだ。がっしり体型のワイルド系なエルノさんが朝の挨拶をしてくれて、温かい濡れた手巾で顔を丁寧に拭いてくれた。お礼を言うと、すかさず片腕で俺を抱えて朝食の席に連れて行ってくれる。
 なんと言うか至れり尽くせりである。

 ちょこんと座った目の前には、出来たての小さめな2枚の薄いパンケーキ。ベリーのソースに、空気を含ませた軽いバター。横には自分で好きなだけかけれる様に蜂蜜の瓶が添えられていた。

 木のカップには新鮮な我が家の裏の泉の聖水と、搾りたて果物の果汁にバターを作った後に残ったミルク(俗に言うバターミルクというやつだ)と混ぜられ蜂蜜で甘味を足されたものが並んでいた。

(クヴァルさんに食材の入ったマジックバッグを渡してあるから、また食材入れておかねばだな)

 ザシークレットガーデンを俺の収納魔法で収納するので、フォレストハニービーの従魔契約を一旦終わらせ、記憶の森の、花が沢山咲いている良い感じの所に棲家を作り、「また落ち着いたらお仕事お願いします」と、言葉を残し(また受け入れてくれるかはわからないけど)実った野菜や果物を片っ端から収穫し、聖水の泉の水も出来るだけ収納し、アンダーザローズ内の時間を完全に停止させ、ダイナミック収納したのだった。

 その時収納した食料を、腐らない様に小出しにして、クヴァルさんが持っているマジックバッグに入れ替えている。そこからクヴァルさんがバターやジャム、飲み物などをチョイスしたのであろう。

 昨夜はクヴァルさんとパンケーキの種だけ作って(帝国にも同じ様な食べ物があるので説明は要らなかった)、改造荷馬車に備え付けてある小型の食糧庫に入れて寝かせたのだ。卵白を泡立てた、分厚いしゅわふわほぼ空気パンケーキも、見た目がいいけど卵白の味が少し濃いから俺はあまり好きではないが、クヴァルさんにも一応変わり種として教えておいたので、そのうち朝食かおやつで出るかもしれない。

 甘いものが苦手な人は、たまごを炒ったものや、ベーコンなどを乗せて食べていたのか、自由に取れる様、大きなプレートに炒めた野菜やベーコン、卵がまだ残っていた。そちらも美味しそうではある。しょっぱい肉類と、ケチャップと蜂蜜をかけたパンケーキの甘塩ッぱいアメリカンな朝食もまた良い…でも悲しいかな、今の俺の胃はそんなに受け付けない。

 もそもそ一人パンケーキを食べていると、遅ればせながらティーモ兄様が起き出し朝食を食べにやってきた。

「ナユタ、おはよう」

「ティーモ兄様、おはようございます」

「お祖父様が、朝食が終わったらテントに来て欲しいと言っていたよ」

「はい、わかりました。お伝え頂きありがとうございます」

 はて?なんだろう。これからの事かな?
 パンケーキのカケラを飲み込み、木のカップのドリンクを飲み切るのを見計らって、またエルノさんが抱っこしてお祖父様のテントへ運んでくれた。
 2度目の至れり尽くせりである。

 俺が乗っていた馬車の近くにある、お祖父様のテントの前に下ろしてもらい、エルノさんに御礼を言い、声をかける。

「お祖父様、おはようございます。ナユタです」

 バサリとテントの出入り口が開けられ、母様が「いらっしゃい」と手招きする。
 お祖父様のテントはゆったりと大きく、大人が2、3人入ってもまだ広い。
 招かれ入ると正面にお祖父様が、右横に母様が、左横に……あれ?誰だろ?

 母様に挨拶をしながら、横にちょこんと座り、初めましてと見知らぬ男に挨拶をする。あれ?俺寝る前に結界張っていたよな…今も張れてるし。結界内出入り移動が出来ない様にしたんだけど…寝てる間に解けてしまったのか?

「こいつぁ驚いた。痩せてはいるが、人形の子供の時と瓜二つだ。色は左眼以外はグラキエグレイペウス家の物だな。ランガルト、アネットちゃん…いや、皇妃よ。疑ってすまなかった。しかしこんな小さな子供が結界をね…」

「ダリル辺境伯。不敬だ。そしてナユタは今この領地にいる誰よりも強い。ナユタ。彼は、この地一帯を護るダリル辺境伯だ」

「またまたまた!誰よりも強いとか話盛っちゃって!ご紹介に与りましたエルラフリート・ファロ・ブルクハルク・ダリルでございます」

 男はテントの中で、座りながらも優雅な貴族的な礼をしてくれ、言葉はちゃらい…軽い?がこうすると彼も貴族なのだと妙な説得感があった。
 ダリル辺境伯はピンク…いやピンクブロンドか?の髪に、榛色の瞳の垂れ目の体格の良い伊達男さんだ。

「ご丁寧にありがとうございます。那由多と申します」

 俺も同じ様に母様に教わった礼返すと、伊達男さん…いやダリル辺境伯に目を見張られ、お祖父様へ視線が移る。お祖父様はコクリと頷き、ダリル辺境伯の言葉を促せる。
 ダリル辺境伯もヤケクソ気味というかなんと言うか、俺に帝国の現状などを教えてくれた。

 お祖父様達も母様も一族は貴族のまま犯罪者ではない事、母様達を呪った人たちのこと、俺の身体の父…すなわち今の皇帝だが、息をするだけの人形となっていることなど。

 お祖父様一族は門番を護る貴族ではない為、知らなかった事らしいが、国境門には魔道具が仕掛けられ、犯罪者を入国または出国できない様になっているそうな。秘匿事項なので黙っていてくれと言われたけど、なんてこった。今までの変装などの準備が水の泡である。まぁ、備えあれば憂いなしとも言うし…いいか。糞女神の教会の件は済んでないしな。

 とりあえず俺は、ツクヨミが安心してまた左眼に戻って来れる様に、糞女神の教会を潰して行くと宣言した。

「わぉ!過激派!でも魔力の高い者達の命を欲しがる神なんて糞喰らえだな。じゃんじゃん解体していこう。そして中のものは全て売ろう!」

 と言って賛同してくれた。今回のことで教会について議題に上がっていた様だ。皇帝がこんな調子なので、今は帝政から貴族制に変え、国を運営している様だ。この数年で随分国庫が減り、財政難で暫くギリギリの予算でやっていくしかなく、国境も今まで通り魔物を狩ってなんとかしろと無茶振りを言われていたので寄付が助かったとかボヤキを入れつつ、今回の呪い返しで、邪魔な…というか無能な官僚は減ったが今度は人員不足で、てんやわんやしている様だ。

 今日は、ダリル辺境伯の治める街へ赴き、教会を解体し、そのまま転移門へ入り帝都まで行こうと言うことになった。

(ちょっと旅も楽しみにしていたんだけど…)

 そのことをお祖父様に言ったら、とりあえず皇帝の様子を見てから、他の領地を巡って教会をなんとかしようと言うことになった。言ってみるもんだわ。
 教会を潰しながら、ついでに貯めまくった商品やら何やら、ちりめん問屋のご隠居さんの様に諸国を漫遊し、商品を売り捌くのだ。ふふっ。
 やはり印籠は作ったほうがいいのか。無駄に印籠のデザインを考えつつ、ダリル辺境伯の今後の提案に耳を傾けた。

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