• 異世界ファンタジー

非有の皇子と筋肉


 お祖父様達の呪いが解けてから半月ほど経った。俺がこの世界にやってきて2ヶ月ほどだ。いろいろな事があって、随分長くいるような気もするけど、まだ2ヶ月ほどなんだよな。
 季節は、若葉に風吹き抜け薫る頃と言ったところか。風が気持ちいい季節だ。
 ツクヨミ曰く、妖精の箱庭は、気候さえコントロールする事が可能だそうだが、今は外界周囲の季節に合わせている。

 人の体へと戻ったお祖父様達は、役割分担を決めて屋敷の運用をしていた。
 流石お祖父様。采配が的確だ。こんなに広い屋敷と敷地に隅々まで人の手が入り込み、俺が浄化の魔法をかけるまでも無く、あらゆる所が整えられ、屋敷の至る所に切花さえも飾られて華やかになっていた。更にはレースなどのちょっとした手芸品も増えていた。

(あの殺風景だった屋敷が、どんどん高級ホテルの趣になって行ってる…)

 美的感覚という物は、生まれが物を言うと言うのか。美術品もそうだ。俺は置く必要がないと思って、箪笥の肥やしならぬ、空き部屋の肥やしというか、まぁ…壊れていなかった物を、乱雑にかためて置いておいたのだが…絵画や謎の工芸品?、そして壺も、目に煩くない配置で飾られていた。

 日々趣を変え変わりゆく屋敷に加え、畑や田んぼなどもどんどん広がっていた。外敵が侵入してこないので警備の者は必要がない。手の空いている者がどんどん畑を作ってくれるのだ。手伝ってくれる方曰く、普段使っていなかった筋肉が鍛えられて良いとの事だ。
 ツクヨミがそのうち皆さん…筋肉と、どうなんだい?とか話しだすのでしょうか?とか言っていた。それは…うんまぁいいや。本当に会話してるのかもしれないし。とりあえず肯定しておいたらツクヨミが、筋肉と話せるなんて…そんなスキルが…とか驚愕していた。ふふっ。筋肉は裏切らないって言うしね。
 俺も鍛えてみたいけど、この歳で過剰な筋肉をつけたら筋肉によって骨の成長が阻害されてしまって背が伸びなくなってしまうので、とりあえず肉と脂肪をつけることに専念している。

 そして畑が広がったら俺も調子に乗って、記憶の森からあらゆる果物の木を丸ごと採ってきて果樹園なんかも作ってしまった。
 ツクヨミが、城の方に葡萄の木などもありますよ、と言っていたので探しに行き、葡萄の木なども此方へ移植した。果物が大量にあるならば蜜蜂などの昆虫類も必要になってくる。城の葡萄畑に設置されていた巣箱を何個か貰い、温厚な蜜蜂を捕まえて来なければ…と記憶の森に出て、従魔契約に応じてくれたフォレストビーに来てもらい6個のコロニーを作った。お祖父様達は、フォレストビーにめちゃくちゃ緊張していたけど(実は凶暴らしい)、従魔契約をしてこの地アンダーザローズの者を傷つけないことを約束したと言ったら安心していた。フォレストビー的には外敵から巣を守っただけと主張していたけどね。従魔契約をしたせいか彼女らフォレストビーの言いたいことは何となくだけど感覚でわかるようになった。ありがたいことに蜂蜜も分けてくれるらしい。

 あと茶園。野生種の茶の木があったから試しに植えてみたのだ。先に新芽を摘んで収納してあるので、後程緑茶を作ろうと企んでる。

 そんな平和なスローライフな時を過ごしていたある日の午後、首から下げていたクリスタルが光った。

(お?副ギルドマスターかな)

 慌ててクリスタル通信機器を持ち上げ、魔力を少し入れると人の姿が段々と鮮明に浮かび上がってきた。

(あれ?ギルドマスターだ)

 オークション開催地から帰ってきたのか。

『ナユタさん、いかがお過ごしでしょうか?件くだんの、ヴェルミクルム氏ですが、北の帝国が混乱しているらしく、奴隷などを仕入れる場合ではないのか、彼の出入りしている業者でも連絡も途絶えているそうで。もし宜しければ、聖水の納品などをお願いしたいのですが…』

 ギルドマスターからの動画?を観終えた俺は折返し、明日フマラセッパへ伺う事をクリスタルに録画?し商業ギルドへ動画?を返した。
 このクリスタルは電話ではなく動画メールの様な物だった。コレなら手が空いてない時でもあとで見れたりするのでなかなか良い機能だ。

 しかし…

(北の帝国が混乱とは…)

『やはり国を動かす者の中に、呪返しを受けた者がいたと言うことですね。一応元公爵達にも伝えておきましょう』

「そうだな。急いで知らせよう」

 狩りに出ているお祖父様達を、ツクヨミに場所を特定してもらい一気に転移。

「…!!突然どうしたのだ?ナユタ」

 目の前に忽然と現れた俺を、ちょっと驚いたお祖父様が目を白黒させてキャッチしてくれた。

「お祖父様!実は先ほど…」

 フマラセッパの ギルドマスターから少しだけ聞いた話をし、明日フマラセッパへ行く事を伝えた。

「…そうか。しかし今の私たちはナユタの僕…ナユタが我らの国であり支えるべき主君なのだ…」

 お祖父様は、葛藤しながらなのか自分に言い聞かせているのか、目を少しだけ彷徨わせ俺にそう言った。そんなことを言ったって、生まれた時から貴族として国を護ると言う前提で教育を受け、育ってきたお祖父様達だ。そんな直ぐには国の一大事と知って無視できるほど軽い物教育でも無いはずだ。
 フマラセッパへ行く度、北の帝国の噂をしている人に、大きな耳を傾けて話を聞いたりしていたのは知ってる。
 だから俺は最強のカードを切った。

「ならば、北の帝国、私が生まれた大地を、私の為に平定して下さい。明日フマラセッパへ一緒にいき、北の帝国の情報を聞きます。那由多のお願いです」

「ナユタ…様…かしこまりました」

 小さく…ありがとう。と言われた。いえいえ。
 あとは母様に伝えておかねばと転移をしようとしたが、何と母様も男の格好をして狩りの場にいた。え?気が付かなかったのですが。思わず二度見をしてしまったが母様だった。片手に魔物の血が付いたスモールソードを持っている。

「母様…狩りをしていたのですか?」

「ええ、ここ何年かお城に籠って運動していなかったので、お父様と共にならばと許してもらえたのです。城下町に行った時、ナユタにお小遣いを貰ったでしょう?良い感じの剣がありましたの。光りますのよ、この剣」

 クラウソラスと名づけましたの。うふふ、と楽しそうに言う母様。
 俺の母様は、おっとりとした貴婦人かと思っていたら、ただの戦闘民族でした。実家の家紋が盾と剣と魔法の杖だもんな…。
 どうやら魔法の使えなかった母様は、お祖父様の様に強くなりたいと、幼い頃からお祖父様から剣技を仕込まれていたそうだ。
 それを聞いて慌てた当時遠縁だった皇妃様が、女主人のお仕事を学びませんか?と、女子がやる裁縫や手芸、お茶なども教え始めたそうだが、剣技の方が楽しいし体が引き締まるから体にメリハリが出来て良かったと言っている。母様は筋肉は裏切らない派閥の一員だった。お祖父様やその他ここにいる方々も、うんうんと頷いて、やはり筋肉は裏切らない派閥の一員だった。

 その血がこの身に入って居るのか…何とも言えない複雑な思いを抱きつつも、母様に明日の予定を聞きフマラセッパへ同行する事が決定した。
 これは母様の能力スキル【クロトー】でも予測した事でもある様だ。
 母様は先々の事が見えて居るそうだが、概ね今のまま現状を維持すれば、特異なことは起きないとのことだ。

 とりあえず、明日フマラセッパの商業ギルドに行く準備をしながら、緩やかに1日が過ぎていった。

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