目が回るのが治った俺は、なぜ帝国の家臣であったはずのお祖父様達が、俺の家臣になる事ができたのか?とか、右手の六花と盾の紋章の意味とかがわからなくてお祖父様に聞いてみた。
本来ならば、皇太子が皇位につく【践祚の儀】にて、各領地に散った貴族達を召喚し、皇帝の証となるレガリア…インペリアルクラウン、セプター、シグネットリング、などが継承されたのを見届けさせ、正当な皇帝として貴族達に認められたら貴族達から皇帝への【忠誠の儀】が始まるのだそうだが、今代の皇帝はちょっと理由があって、継承した事を国民に宣言するだけの【即位の儀】しかしていないそうだ。
因みに六花と盾はグラキエグレイペウス家一門の基本の家紋らしい。お祖父様の家の家紋は、この基本の家紋に、剣と魔法の杖が交差する物が描かれているそうだが、狼に改めようかな?って笑いながら言っていた。
と言うことはだ。
(帝国の貴族達は、誰も今の皇帝には忠誠を誓ってないって事?)
『話を聞く限りそうみたいですね…なんと言う愚かな…しかしそのおかげで、那由多に家臣が出来たので万々歳です。一度誓いを立てたらどちらか逝去する迄解けない、ある種の呪いですから』
うわ。また呪いかよ。でもツクヨミさんよ。何が万々歳なのか。仇討ちとか国取りでもおっ始めよう物なら戦力になるし、わからないでもないけど。俺はか弱い平和を愛する無邪気な幼児ですよ?
(でもよく考えたら母様が元皇后という事は、俺の身体の父親と言うことになるのか…そんなんで大丈夫なのか?俺の身体の親父殿は…国の運営やっていけてるのか、ちょっと心配になってきたわ)
『まぁ無理でしょうね。操られてる可能性もあるし。今回、那由多が呪返しを実行して、跳ね返された対象者が国の中枢を担っていたとしたら、国はさらに混乱してるでしょうね』
うーん。フマラセッパへ行く度に、お祖父様も帝国の事気にしていたし。近々様子を見に行った方が良いのかもしれないな。でも糞女神に見つからない様にしなければならない。
だけど今だけは!憂鬱なことは置いておいて、
(一族の皆さんが元に戻れたパーティーしちゃいましょうか!)
周りは古代ローマや古代ギリシャの人々のように、布を巻いただけな感じになっていて、男性はムキムキな筋骨逞しい身体を晒し(むさすぎてあまり見たくない)、女性は恥ずかしそうにしている。
俺は着替えましょうかと屋敷に皆を呼び寄せ、どんどん収納していた衣類や下着(母様とお祖父様が選んだ)を玄関ホールのソファー等に出しまくって、至る所に衣類のお店を広げた。
特に女性陣はいち早くわらわらと集まったけど、バーゲンセール会場の歴戦の主婦みたいにならないのはやはり貴族という者なのか。
自分に合いそうな物を選んだ人々は、早速各々の部屋へ行き御着替えタイムだ。
そのまま俺は、皆さんに一階のメインダイニングに集まって下さいと伝言を残し、メインダイニング横のキッチンに来た。
(火の魔石をセットして…)
屋敷のキッチンは使っていなかったので、コンロやオーブン、そして上下水道など…必要な魔石をどんどんセットしていく。
(後で各階の水場やなんかにも魔石仕込まないとな…)
粗方魔石を仕込んだら、お次は調理だ。
フマラセッパにいく度、あらゆる屋台や食堂で大口の予約して回ったので、ある程度の食料は確保している。因みにその間幸運な事に、お得意さんになって、気安く声をかけて貰ったりオマケして貰えたりした。
『あのド・ケチなドワーフがオマケなんて…天変地異の前触れですかね?』
とか、ツクヨミはブツブツ何かを言いながら動揺していたけど。ツクヨミが人間だった時、ドワーフとの信頼関係構築の失敗でもしたのかな?
ともあれ、パーティーと言ったらアレだよな。
ケーキ!
マジックハンドを操作し、とりあえず、オーブンの試運転に、大量の卵白を空中で高速回転させメレンゲを作り、チャチャっとスポンジケーキの生地を作って行く。
田舎に住んでいた子供の頃、遠く離れた街に行かなければ洒落たケーキ屋なんか無かったから、小さな妹がテレビを見てケーキが食べたいとぐずれば、母さんがちゃちゃっとお菓子やケーキを作ってくれたんだ。因みに祖母は、我儘言わんで煎餅か羊羹でも食っとき!って自分の大切な虎の子の羊羹を出して、妹をさらに泣かせていたっけ。祖母の心、孫に届かず。
俺も味見をしたいが為に、手伝いと称して母さんとケーキを一緒に作っていた。今思えば相当に邪魔だったろう。
しかしその甲斐あってか、三つ子の魂百までもではないが、割と数種類の、簡単なお菓子の作り方を覚えている。追憶の日々を思い出しながら日本にいるかつての母親に感謝し、この大きな屋敷の収納人数を賄える巨大な天板に生地を流し込んで、基となるスポンジケーキを仕込んでいった。
この世界のオーブンは、魔石の魔力で制御された魔道具なので、庫内を温めるという初期動作がない。魔法のあるファンタジーな世界だから、オーブンの扉を開けるとサラマンダーがいて…とかツクヨミに妄想を語ったが、ツクヨミに
『何億年の前の話をしてるんですか?』
と笑われた。
何億年前かはそうだったみたいだ。そっちの方が夢があって良いなと言ったら、
『では、火山地帯でサラマンダーをとっ捕まえに行きますか?』
だって。とっ捕まえるとか言い方があれすぎて。まぁ無理やり連れてくるのも可哀想だからやめておくよ。とお断りしておいた。
閑話休題。
数機のオーブンに、どんどん仕込んだ天板を入れていき焼成を開始する。
その間に、フマラセッパで生乳を購入し、収納魔法で収納してから脂肪分と蛋白質を取り出したクリームを泡立て、フォレストハネーと合わせる。
焼き上がるまでまだ時間があるから、ローストビーフも仕込む。仕込むと言っても事前に塩とハーブを刷り込んだ肉塊が何個か収納してあるので、5個くらい取り出して香味野菜で囲い、肉用のグリルに入れ焼いて行く。
そうこうしてる間にスポンジケーキがこんがりと良い色になったので、オーブンから取り出し、粗熱を取るために放置する。
その間にメインダイニングの準備をする。
すでに何名かの方達が着替え終わった様で、俺に気付くと優雅に礼をし、お手伝いを申し出てくれた。元騎士の方々は着替えるのを早く訓練しているみたいだ。日本の自衛隊員も、寝起き数秒で着替え、キチンとホテル並みに先程まで寝ていたベットを整える訓練してるもんな。
運良くキッチン経験のある方もいたので、ケーキの飾り付けや、ローストしたフォレストブルの肉塊の盛り付けなどをお願いし、他の人にはテーブルのセッティングと食器を用意してもらった。勿論俺とティーモ兄様用の椅子も上座にセットしてくれていたよ。
そして中央に用意されたテーブルとは別に、壁側に用意したテーブルにどんどんフマラセッパで購入したお惣菜たちを出して行く。熱いスープやシチューやなんかも解禁だ。
今回は無礼講という事で、好きな物を各々でとりわける方式にした。
中央のテーブルの真ん中には、庭園に咲いていた花も花瓶に行けられ添えられた。その間にフマラセッパで購入したワインやシードルといった果実酒や蒸留酒などの大人の飲み物や、ワイン生産者から譲ってもらったフェーダーヴァイサーに果実の搾り汁、俺の家の裏の泉の聖水などをおいていった。
テーブルはナイフやフォークなどの銀器や、陶器の食器で溢れ、今までとは違う人間の営みというかある種の異様な雰囲気に飲まれた。
着替え終わった人たちが続々と現れ、俺に礼をして行く。なんだか慣れないけど名前を聞きながら、全員覚えられるか不安になりながらも俺も挨拶を返す。
いざ、お祝いのはじまりだ!
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街娘の様な衣類など…
ふくらはぎを晒すなんて…
あら。貴方たち。私が選んだ服を着れないというの?
ア…アネット様…!!
その様なことは決して…!!!
那由多も一生懸命お金を貯めて、皆さんのためにって買ってくれたのよ?私の愛しき子息の心まで無下にするつもりかしら?
その様なつもりなど…!!
あの小さな那由多さまが…
それだったら早く着替えて、那由多にお礼を言って下さいね。では、私も晩餐の為に着替えてきます。
…
……
あら貴方!そのワンピースは私が狙っていたものよ?
貴方こそ!その手に握っているブラウス、私が狙っていたものだわ!
あらあらあら!
まぁまぁまぁ!!
那由多が気が付かない水面下で、こんな事があったり無かったり…したりして。