ミナミは謎の角をすり鉢で擦っていた。
ゴリゴリゴリ、という音がキッチンに響いている。
「おはようございます」
とアニーは言った。
早朝の3時である。
早い時間から調理しないと料理が完成しないと思ったミナミは早朝にアニーが来るように呼び出していた。
「ようやく来たのね」
「ミナミ様は何時から来られているのですか?」
「私もさっき来たところよ」
大量の謎の角が調理台に置かれていた。
「何を作っているんでしょうか?」
とアニーが尋ねた。
「あら、見てわからない」
とミナミが言う。
見てわからないからアニーは尋ねているのだ。
「カレーよ」
とミナミが言った。
「カレーって小次郎様の料理の、ですか?」
と恐る恐るアニーが尋ねた。
「それ以外にカレーってあった?」
「私が知るかぎりはございません」
「じゃあ、そのカレーよ」
「でもカレーに、角なんて、、、、」
「隠し味よ」
「こんなに大量の角をですか?」
「そうよ」
「隠しきれますか?」
とアニーが尋ねた。
「なぜ隠す必要があるのよ」
「そうですね」
とアニーは言葉を飲み込んだ。
本当は隠し味なのだから、隠さないといけないのではないか? そう思ったけど言わない方がいいような気がした。
カレーと聞いたアニーは、鍋に水を入れ、湯を沸かした。
小次郎様が作ってくれたカレーを何度か食べたことがある。
だから具材は何となくわかっていた。
アニーは食材が置いている倉庫に行って、ジャガイモやらにんじんやらタマネギを持って来た。
「それはなに?」
とミナミが尋ねた。
「カレーの具材です」
「それは滋養強壮にいいのかしら?」
「滋養強壮?」とアニーが首を傾げる。
「貴方バカね」
とミナミは言った。
「みんな疲れているのよ。滋養強壮にいい食べ物を入れてあげないと」
そう言ってミナミはカレーの具材を没収した。
「そういえば」とアニーは思い出したことを口にした。「滋養強壮なら鹿の内臓がいいらしいですよ」
たぶん、これはアニーの間違った知識である。
誰かが言っていたような気がする程度の話だった。
すぐにアニーは後悔することになる。
「鹿を捕まえて来るから、ちょっと待ってなさい」とミナミが言ったのだ。
ミナミはワープホールを使って消えた。
そして殺した鹿を一瞬で連れて来たのだ。
「貴方はこれを解体して内臓を取り出しなさい」
アニーは愕然とした。
だけど自分が言ったことなのだ。
アニーは包丁を握りしめ、やったこともない鹿の解体を始めた。
「滋養強壮」「滋養強壮」と自然とアニーは呟いている。
ミナミは謎の角をゴリゴリと削っている。
誰がどう見ても2人が料理をしている姿には見えなかった。
アニーは取り出した鹿の臓器を鍋に入れた。
ちゃんと処理ができていたいので、糞尿の匂いが鍋からした。
「滋養強壮によさそうね」
とミナミが言った。
アニーは何も言わなかった。
内臓をぶちまけた鍋の中に、ミナミは謎の角の粉末を入れた。
そしてグツグツと煮込んでいく。
「味見する?」とミナミが尋ねた。
「私は結構です。ミナミ様どうぞ」
ミナミはスプーンでスープを掬って、口に入れようとした。だけど辞めた。
「美味しいと思う」
とスープも飲んでいないのにミナミが言う。
「よかったです」
とアニーが言った。
彼女の目は、明後日の方向をむいている。
今の現実を直視することができなかった。
「そういえばアニーって、もう少しで15歳なんでしょう?」
急に話題が変わってアニーは驚く。
「はい」とアニーが頷く。
昨日、たまたま誕生日の話をしていたのだ。
生年月日占いで小次郎様との相性を女子2人で確認していたのだ。
「何かほしいものはないの?」
「……あの、キスしたいです」
「キス? 私と?」
アニーが首を横に振る。
「小次郎様と」
「したらいいじゃない」
「でもミナミ様の了承を得ないと、してはいけないような気がしまして」
「16歳になったらヤルんでしょう?」
アニーが顔を真っ赤にさせた。
「同じ妻同士なんだから、別に照れなくてもいいのよ」
「……はい」
「今日は頑張ってくれたし、来年の前借りってことでキスしてもいいよ」
「ありがとうございます」
とアニーは深く頭をさげた。
アニーは体が暑かった。
「そういえばバッタを粉末にして入れると滋養強壮にいいみたいですよ」
エルフの里で言い伝えられている元気になる秘薬を、照れ隠しで言った。
すぐにミナミはバッタを捕まえて来た。
なぜかバッタにミミズもくっ付いている。
「たしかミミズも滋養強壮によかったような」とミナミが言い始める。
バッタとミミズは火で炙って粉末にした。
「匂いがすごいですね」
とアニーは言って、鼻を抑えた。
「大丈夫。トイレで使っている消臭剤を持って来たから」
消臭剤というのは花である。
「トイレも消臭できるもの。料理の匂いぐらい消せるわ」とミナミが言って、消臭剤を鍋に入れた。
そして出来上がった料理が絶品カレーだった。