推敲と並行して手が勝手に書いてた。そして書いてる間、僕はずっと考えていた。これは誰の話なんだろう、少年兵だった男の話でもなくて、でも僕の話でもなくて、じゃあ誰なんだって考えて、答えが出ないまま指だけ動かして、誰でもないから書けたんだと思う、たぶんそれで合ってる。
カンボジア。元ポル・ポト派の少年兵だった男が、昔の戦友に呼ばれて、かつて人を殺した場所まで歩く。それだけだ。それだけしか書いていない。「ポル・ポト」の言葉は本文のどこにもない。国の名前も出てこない。クメール文字の看板とか、それくらいしか手がかりはない。説明したら死ぬと思った、大げさに聞こえるかもしれないけど本当にそう思って、だから説明しなかった、しないまま最後まで押し切った。
エンタメ性は徹底的に排した。盛り上がりも、転がる展開も、泣かせにいく場面も、全部要らないと思って削った。読みやすくしようとか、次のページをめくらせようとか、そういうことを一度も考えなかった。走る場面はあるけど、あれは疾走感を演出するためじゃなくて、ただ体が止まらなかったから書いた。カタルシスもない。主人公は最後まで何も解決しない。それでいいと思って、それでいいままにした。
罪の話にはしたくなかった。赦しの話にも、贖罪の話にも。じゃあ何の話かって言われるとうまく言えなくて、うまく言えないまま書き進めて、たぶん体の話だった。頭は覚えていない。覚えていないはずなのに足が動いて腕が動いて勝手に前へ出て、校庭にボールが転がってきて、蹴って、少年兵の蹴り方で蹴っていて、頭で選んでない、選ぶ前にもう蹴ってる、それを見た男が「変わらねえな」と言って、それだけで主人公の中の何かが持っていかれる。説明なんかいらない。説明できない。
テオ・アンゲロプロスに捧げた。彼の映画、特に『ユリシーズの瞳』には大いに影響を受けた。歴史を喋らせずに風景に積もらせて、積もらせたまま歩かせるあのやり方を小説でやってみたかった。目的地に向かって歩いているつもりで、いつのまにか時間の中を歩いていて、死んだ奴と生きてる奴が同じ道の上に並んでいて、誰も驚かない、驚かないことが一番怖い。8,700字弱、そのために全部使った。
「何人殺した?」
「数えたことない」
「俺も」
これ以上は言わない。言えない。少年が薬莢を取り返しにきて、「それ、俺のだよ」と言って、主人公は何も考えずに手を伸ばして渡して、少年は走って、子供たちの列に紛れて、どれが誰か分からなくなるまで、分からなくなるまで見ていた。
帰り道、サイドミラーに少年兵が立っていた。もう一度見た。ただの子供だった。主人公はそこでミラーを見るのをやめた。それだけ書いて、僕も、画面から目を離した。
読んでもらえたら嬉しい。
https://kakuyomu.jp/works/11054822662515814472/episodes/11054822662515928646