ちょっと聞いてほしい、僕はこれから貴仁の話をします。誰だよそれって思うよね、僕でもそう思う。でも書いてるうちに気づいたんだ、こいつは僕だ、いや僕じゃないんだけど、僕の知ってる速度で走る奴だ、他人の欠落を数えることでしか自分の輪郭を保てない十四歳の傲慢な少年が、大内裏という反響しかしない建物から、追儺の夜、屋根裏を突っ切って飛び出す。それだけの物語だ。それだけのはずだった。
でも外に出たら化外があって、足跡を覚えない土があって、犬がいて、恩寵があって、母がいなくて、あいつもいなくて、赤子がいて、名前がなくて——気づいたら怎岸まで来ていた。どこなんだろう、そこ。僕にもよくわからない。「怎」って字、変換で一発で出なくて、毎回「なぜ」で変換してから怎に直す作業を、何百回やったか数えていない。数える気力もなかった。いつのまにか指が覚えていた。指のほうが、僕より賢いのかもしれない。
全三部の連作短篇。恩寵は説明しない。名前は最後まで呼ばせない。暴力は一瞬で終わる、でもその一瞬がすべてを持っていく。静かな話なんだけど、走っている話でもある。矛盾してるかな、って自分でも思う。でも、矛盾したまま走ることが、この話にとって一番大事な技だった気がする。
足跡は残る。でも、どこにも届かない。それでも歩く。それが父になるということだったのかもしれない。
というわけで「白羊の君と、怎岸の父」、置きました。よかったら読んでもらえたら嬉しいです。
あ、言い忘れていた。ひとつだけ。
これを読んで「説明が足りないな」って感じる人が、たぶんいると思う。いや、普通はそうだろ。うん、わかる。でもそれ、たぶん不備じゃなくて、そうするしかなかった結果なんです。
最初に書いたバージョンは、今の倍くらいの分量があった。ちゃんとエンタメで、ちゃんとダークファンタジーで、伏線もきちんと回収されていて、白羊の君が何なのかも、たぶん説明されていたと思う。読みやすかったはずだ。今よりずっと。
でも直しているうちに、なんだか違うな、と感じるようになった。理由はうまく言えない。ただ、貴仁って、他人の欠落を数えることでしか自分を保てない、狭くて歪んだ十四歳の話をしているはずなのに、その貴仁が見ている世界だけが、やけに丁寧に説明されていて、輪郭もくっきりしていて——それって、なんだか変じゃないか、と思ったんだ。説明が行き届いた傲慢な少年って、それはもう、ただの賢い子供じゃないか。僕が書きたかったのは、たぶんそれじゃなかった。
だってあの子は、自分のことしか見えていない。名前も聞かない。自分でもなぜそうするのか、わかっていない。それなのに読者にだけは全部わかるように書くというのは、なんだか少し、誠実じゃない気がした。
だから削った。半分近く削った。わかりやすさでもない。伏線の回収でもない。白羊の君の正体でもない。削ったのはそのどれでもなくて、でもそのどれでもないものが、結局それら全部だった——そんな削り方をした。今の形になった。狭くて、歪んでいて、自分のことしか見えていない。それが貴仁の見ている世界だから、読者に見せる世界も、それに合わせることにした。
これが小説としてちゃんとしているのかどうかは、正直、僕にもわからない。エンタメとしては不親切だと思うし、不親切なまま出すのは、今でも少し怖い。でも、狭くて歪んで自分しか見えていない十四歳の視界を書くなら、たぶんこの形が正しいんだと思う。少なくとも、今の僕には、そう思えている。
というわけで、わかりにくいところは、たぶんそのままです。ごめんなさい、というか——たぶん、ごめんなさいではないのかもしれない。それでいいと思って、置いています。
わからないまま差し出すことが、一番誠実な気がしたので、あまり説明はしません。よかったら、走りながら確かめてもらえたら嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/2912051605332788539