『The Yale Review』に掲載されたナミ・ムン(Nami Mun)の『Hermit(隠者)』を読み終えて、喉元にはあの冬の夜の凍てつく感覚が、歴史という名の暴力が執拗に締め上げてきた指の跡が、今も生々しく残っている。著者の語り口は一見すれば静謐を極めているけれど、その皮膚の下には、剥き出しの生が放つ熱狂的な熱と、心臓の鼓動が行間をそのまま突き進んでいくような切迫した筆致が、ドクドクと脈打っている。
主人公サンハは十五歳にして名前を奪われ、凌辱され、手首に「逃」という焼印を刻まれる。暴力の真っ只中で彼女が必死に唱えるカウントは、意識を肉体から引き剥がして遠くへ飛ばすための、あまりにも冷酷で切実な生存技術にほかならない。だが、この物語の真の地獄はその後に訪れる。彼女は寺に赤子を託す直前、父の形見である印章を炭火で熱し、自分と、そして愛する幼子の肌にそれを押し当てる。それはいつか再会するための、祈るような約束であると同時に、愛という名の「呪い」の刻印だった。
極限状態の中で雪が白ではなく「青」に見えるあの瞬間、灼けた真鍮が皮膚を焼く音と赤子の哭声は、読者の感覚をダイレクトに直撃してくる。ここで描かれているのは、歴史の身体化という避けがたい運命だ。ナミ・ムンは、愛が加害へと反転するこの倫理的逆説を、逃げ場のない美しさで結晶化させている。
物語はそこから、戦後を生き延びる彼女の数十年間を、独白の奔流のような勢いで駆け抜ける。日本統治や朝鮮戦争といった歴史の巨大なうねりすら、ここでは個人の内面に刻まれた傷を炙り出すための背景でしかない。三十五歳になり、奉公先で「ハルモニ」と呼ばれる平穏を得てもなお、彼女の耳には土の下から泣き叫ぶ赤子の声が響き続ける。
“Time had the power to lessen grief, but guilt, a mother’s guilt, was immortal.”
(時間は悲しみを和らげる力を持っているが、母の罪悪感は不滅である)
この一節が突きつけてくる通り、悲しみはいつか風化しても、母としての罪は不滅だ。彼女を苛むのは歴史という外圧などではなく、自ら愛する者に刻んでしまった「傷」という名の内なる審判なのだ。
かつて「逃(ランナー)」という烙印を強制された女は、ついに自ら逃げることをやめ、湿った土へと身を横たえる。その姿は、痛ましいほどに「隠者(Hermit)」であり、罪と共に生きる人間の究極の肖像だ。
本作は、単なる歴史的悲劇なんかじゃない。言葉にできないほどの苦痛の中で、それでも誰かを愛そうとして「傷跡」を残すしかなかった、暴力的なまでに純粋な魂の記録だ。ナミ・ムンは、暴力と母性の間に横たわる深い淵を、硬質かつ叙情的な筆致で見事に描ききってみせた。
作品情報
• Title: Hermit
• Author: Nami Mun
• Source: The Yale Review (Vol. 111, No. 4)