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雑録・5番目。適当に考えていたもの。

 なんとなく変なことを考えていたので、それについての適当書きです。
 連載作品などに関する状況共有などはありません。

 ポルノ依存症。
 ドーパミンとモチベーション。
 興奮と発散と賢者モードの流れ。

 かなり変なこと書いてますが、小説を書こうと思った時に、その「小説を書く」ということに対して考えたことです。

 ドーパミンの分泌開始を「興奮」として、それが一定値を超えたところで「発散」として、ドーパミンの分泌が抑制される「賢者モード」に入る。

 ポルノ依存症をあげているのは、この工程が凄くわかりやすく存在するからですね。
 なんかやりたいなー、エロサイトに行く、興奮して発散、賢者モード。繰り返しすぎると無気力になる。

 これには波があるようですが、時間に対して興奮からの発散が早いほど、急激に行われるほど、抑制も強くなるらしいというのも見ました。
 だとするなら、相当ヤバいんだなと。

 小説を書くというところで、この段階にあたるのは何だろうか。

 PV数、星やハートなどの反応で発散を得ているとするなら、「上手く書けた。読んでもらえるかな。反応を貰えるかな」という感じでしょうか。
 この反応自体が興奮の要素で、多いと思う量を貰ったところで、発散を得ているという可能性もありそうですね。

 これだけでやってたら、相当ヤバそうですよね。
 最初から反応なんて気にしてない! という人もいるのでしょうけども。

 発散を繰り返すと、その興奮のためのベースラインも上がっていくらしいですが、これは割とわかりやすい。
 子供のころはパンチラで興奮出来ていた人でも、大人になったころにはそれだけではさすがに発散まで行けないとか、興奮自体しないような。

 もっともっと、と考える。

 最初は1日100PVとかでも喜んでいたのに、いつの間にかそのラインがどんどん上がっていく。
 星やハートなどの反応も、最初は1つでも喜んでいたのに、やっぱりこれの喜ぶラインもどんどん上がっていく。

 これに依存していたとしたら、相当ヤバそうですね。
 web小説サイトの利用者が有限であるように、そのジャンルを求める人も有限なので、PV数とかは無限に増えていくわけではないはずです。

 じゃあ、そういうので喜んだ自覚がある場合、どうしたらいいだろうか?

 即時発散を前提としない興奮を自分が書く小説内に入れてしまうのはどうなのだろう。
 書いている自分がニヤニヤできる要素。
 好きなことを書くというのは簡単だけど、「好きなことを主軸にする」となると有効かは状況に寄りそう。

 あらゆる反応で喜んだ経験があるなら、そこを斬り捨てるのはよくないでしょうしね。

 自分がニヤニヤしながら楽しく書ける物を、そこそこ読んでもらえそうなジャンルでやる。
 要するに、パンチラパンモロ装備破壊、美少女たちがなんか楽しくやってる様子とか突っ込んじゃうのが、強そう。
 
 発散までは前提としない、ちょいエロによる興奮でドーパミンの長期的な蓄積、長期的な蓄積の後の緩やかな発散と抑制。
 それでいい感じにモチベーションって維持できたりするのだろうか。

 なんて変なことをちょっと考えていました。
 友人には「なに言ってんだお前」って笑われてしまいましたが。
 真面目な顔で実用的なパンチラ使用例を語るなと。

 でも、パンチラとか水着、みんなで楽しくやってるところを書くのは、割と楽しいんですよね。
 時と場合と状況に寄らず、恒常的に使える要素で、自分の中のちょい興奮要素を考えてみても良いのだろうか。

コメント

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