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同じところに何度行くか

警察においては「現場百回」という言葉があるそうですが(ほんまかいなといつも思う)、ミステリーでも長編となると探偵役が事件現場に二度、三度と足を運ぶ場合があります。たぶん、そうしないとページ数が足りなくなるからだと思いますが(笑)、最初に行った時には見つからなかった物が、二度目に行くと発見できる、というのは現実にもよくあることです。物自体を見つけることもあれば、「そこにあったのは認識していたが、二度目になってようやくその意味がわかった」なんていうこともあるでしょう。あるいは、現場にあるはずの物がないのを確認しに行く、なんてことも。

で、二度まではよくあること思うのですが、三度目となると「小説として」許されるか? 「引き延ばしすぎ」「同じことの繰り返しは芸がない」「探偵は無能」などという評価を受けてしまうんじゃないですかね。だから、三度目には前回までとは違うアプローチが必要と思うのですよ。同じことを繰り返してはいけない。例えば、人を訪問して話を聞こうとしたら、その人が家にいるはずだったのに、なぜかいなくて話が聞けなかったとか。そうすると、今度は「その人を探す」ということにミッションが変わるわけです。もちろん、「一歩違いでその人が出掛けてしまって、追いかけないといけない」とかだと、やはりただの「引き延ばし」ですから、それはつまらない。行き先がわからないので、尋ねる相手を探す…とかでもほとんど変わりない。何かしら「新たな謎」を設定してやることが必要です。それまでとは違う種類の謎を。そうしないと話が膨らまない。

以前、人捜しミステリーは「バトンを渡す相手を探す障害物リレー」というたとえを出しましたが、障害物の種類は毎回変わる方が望ましい。トラックを何周も回るのであれば、周回ごとに障害物が入れ替わってないといけない。基本、周回すること自体がよくないんですけどね。でも、マラソンや駅伝のようなロードレースでも、都合によってはある場所を周回することもあるわけで、それならそこに変化を持たせないと、走る方も見てる方もつまらないよね、ということです。

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