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労作とは

小説の評論で「よく調べている」という評価があります。現代におけるいろんな物事のこともあれば、過去の事実こともあります。特に過去のことの場合、年配の人が懐かしがって高評価を下したりするんですよね。2000年以前では、戦前・戦中・戦後のことを書くと、文壇の大御所の方からお褒めの言葉があったりしました。要するに「自分が憶えていることと一致している」っていう評価です。最近では「戦争に行った人」がかなり減りましたし(疎開したことある人はまだたくさんいるでしょうが)そういう古いことに間違いが含まれていても(それが勘違いかわざとかに関係なく)あまり指摘もされなくなりました。

それはともかく、いろいろ調べて巻末に参考文献を大量に挙げたりすると「労作」と呼ばれます。特にプロの作家は「労作」に関して評価が高くなります。下駄を履かせてるかと思うくらい。もちろん、調べることの大変さがわかっているからでしょう。しかし、その詳しく書いた内容が、ストーリーと有機的に結びついていないと、単に「調べただけ」で終わってしまいます。いや、終わってしまうはずなんです。ところがそれでも「高評価」する人がいいます。なぜかはよくわかりません。詳しく書くだけなら、ノンフィクションでいいはずなんですけどね。ノンフィクションにして、さらに「ミステリーが添え物」ということになってしまうと、何やってんのと言いたくなるんですが、ある一部の人は「高評価」です。

だいたい、調べることというのは誰でもできるんですよ。時間さえあれば。そこからフィクションを作り出すのなら、「嘘(虚構)」を入れ込まないといけない。ちょっと読んだだけではわからないような「嘘」である必要があります。評価されるべきはその「嘘」のうまさであって、調べた事実でもそれにかけた時間でもない。そもそも「よく調べている」と評価する人でも、実はそのことに全然詳しくない(間違いが含まれてるのに気付かない)場合すらあります。そんなことより、ストーリーの面白さを評価した方がいいと思うんですけど。

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